ALBUM Review
Dianne Fraser
YOU AND I
Blujazz
ダイアン・フレーザーは、子供の頃、ぺトウラ・クラークの歌う英国の作詞作曲家、レズリー・ブリカスの書いた映画「グッドバイ・ミスター・チップス」の主題歌「You and I」が大好きになり将来ブロードウェイのスターになりたいと思ったという。その後、舞台やTVなどの仕事をして紆余曲折の末、今回、初CDの発表となった。永年の夢、レスリー・ブリカスの作品を歌うもので、ピアノと編曲にトッド・シュローダー、ベースにアダム・コーエン、ドラムスに彼女の姉妹のデニース・フレザーのトリオが参加している。メドレーによる「At The Cross Roads/After Today]に始まり、「Pure Imagination」,「Feeling Good」,「If I Ruled The World」,「This Is The Moment」,「Once In A Lifetime」そして「Two For The Road」とお馴染みのブリカス・チューンをブロッサム・ディアリー、ダリル・シャーマン系のデリケートでキュートな声で一曲一曲を愛情がこもった表現で聞かせる。(高田敬三)
ALBUM Review
Sofia Rubina
I am Soul
Dreams of Tomorrow production
エストニアは、ロシアとフィンランドに挟まれバルト海に面した人口百三十万の小国だが、ジャズをはじめ音楽が大変盛んな国でjaakaar, というジャズ・フェスティバルも毎年行われているという。ソフィア・ルビーナは、そんなエストニアを代表するジャズ・シンガーだ。本アルバムは、彼女の6枚目のアルバムになる。今回は、ジャック・デジョネット、マーカス・ミラー等などと共演のあるロシアの若手のピアニスト、エフゲニー・レべシェフのトリオに曲によってストリング・カルテットの参加するグループとジョージ・デュ―クの「Someday」,チック・コリアの「Open Your Eyes You Can Fly」, ナンシー・ウイルソン、ボニー・レイト等の歌で知られる「I Can’t Make You Love Me」、ゴスペル・グループ、L・スペンサー・スミス・アンド・テスタメントの「Surgery」等の他、彼女が日ごろ感じていること、考えている事を歌にしたエストニア語の歌も含め自作のナンバー7曲をタイトルが示すごとく、ソウルフルに叫ぶように、訴えるように歌う。ジャズ、ソウル、ゴスペル、R&Bが複合した現代的な歌だ。(高田敬三)
ALBUM Review
マキシマム・スウイング
ウェス・モンゴメリー&ウィントン・ケリー・トリオ
キングインターナショナル KKJ-225
ウェス・モンゴメリーは、現代ジャズ・ギターの規範となった先駆者である。ピックを使わず、親指だけで弾き、“オクターブ奏法”を編み出した。即興演奏の能力は、抜群だった。ウェスは1923年生まれで、2023年は、生誕100周年を迎えた。45歳という若さで亡くなってしまったが、今も世界中のジャズ・ギタリストに絶大なる影響を与えて続けている。
本作は、ウェス・モンゴメリーの絶頂期を捉えた貴重なライブ音源が発掘されたものだ。
1965年、ウェス・モンゴメリーは、ウィントン・ケリー・トリオとの歴史的名盤『Smokin' At The Half Note』(邦題:『ハーフノートのウェス・モンゴメリーとウィントン・ケリー』)
を残したが、実際にニューヨークのジャズ・クラブ“ハーフノート”で実況録音されていたのは、2曲(20分弱)だけだった(A面)。残りは、スタジオ録音(B面)だった。
さて、本作『マキシマム・スウイング』(2枚組)には、同年、同クラブでのライブ音源で、なんと2時間以上の名演奏が収録されている。メンバーは、ウェス・モンゴメリー(g)、ウィントン・ケリー(p)、ジミー・コブ(ds)に、4人のベーシスト(ポール・チェンバース、ロン・カーター、ラリー・リドリー、ハーマン・ライツ)が参加している。当時のことをロン・カーターは、こう語っている。「ポール・チェンバースが体調を崩して演奏できなくなってしまったので、代役を頼まれた。その週のベースは、私とラリー・リドリーで分担したんだ。ウェスのギターは、素晴らしいアイデアに満ち溢れていたよ」。
ロン・カーターが参加した3曲は、聴きごたえがある。「インプレッションズ」は、ジョン・コルトレーンが書いたモード曲。ウェスは、火の出るような躍動感に満ちた高速ソロを取る。ロン・カーターは、スイングしまくる。「ミ・コーザ」は、一転してバラード。ウェスのオリジナルだ。ほとんどソロで演奏する。温かい美しい演奏だ。最後は、マイルス・デイヴィスが書いた「ノー・ブルース」。かつて、マイルスは、この曲をよく演奏した。単調な曲だが、ウェス・モンゴメリーとウィントン・ケリーの手にかかると表情豊かな曲になるのだから不思議だ。それだけ二人が、曲をどう発展させていけばよいかがよくわかっているのだろう。前述した『Smokin' At The Half Note』(『ハーフノートのウェス・モンゴメリーとウィントン・ケリー』)の1曲目に、同じ「ノー・ブルース」が収録されているので、聴き比べするのも楽しい。価値ある発掘盤がリリースされたことを祝福したい。(高木信哉)
ALBUM Review
ビリー・ザ・ベスト:ライヴ!
ビリー・ジョエル
SICP31669~70(ソニー・ミュージック ジャパン インターナショナル)
「今さらビリー・ジョエルというのもなぁ」と、この2枚組のCDを前に躊躇しながらも「まぁでもおなじみの曲が並んでいるとはいえライヴ音源集なんでちょっとあれしてみよか」とプレイヤーのトレイにCDを入れてみたら。。。「おっ歌声が若い♪ なんか新鮮な感じがする~」。すっかり聴き入ってしまった。まさかこんなことになるとはなぁ(苦笑)。
ビリーのライヴ・アルバムは過去何枚も出ている。しかし、今回のように各年代におけるライヴ音源をいろいろなところからピック・アップして編集した‘ライヴ音源で聴くベスト盤’がこんなに興味深いものになるとは思わなかった。日本独自の企画で2枚組、全32曲
(世界初CD化13曲+日本初CD化6曲)。収録音源はデビューの1972年を起点に最前線の時代を経たあとヒット戦線から退いてマイ・ペースな2008年までの時期。
収録時からみるとビリーが22歳~59歳の頃。世間的な物差しで言うと大学を出て就職し、懸命に仕事をこなして出世階段を駆け上がり、働き盛りを経て頂点を極めたあとは顧問として会社に残るも悠々自適の日々、といったところかも。聴きながら「これは自分の人生とモロに重なるなぁ」と(勝手ながらも)思えて来た。‘業界デビュー’も前線からの‘離脱’もビリーと似たような時期(こちらは頂点を極めることもなく悠々自適でも何でもないが)。
そう言えばビリーは当方より2学年上で(歳は3つ上)似たような世代。しかし、こちらが高校生の頃、ビリーはアート・ロックなバンドを組んでアルバムを2枚も出していた(のちに米盤を購入)。そのハッスルズ時代の唯一のシングル・ヒット(ヒットと言えるのか?)「ユー・ガット・ミー・ハミン」(1967年11月25日付:BB誌112位/サム&デイヴのカヴァー)もこのライヴ盤で歌われているのが個人的には最もインパクト大♪(収録時期のデータは不明とのことだが解説によると1980年頃らしい)。無名時代も大切にするそんなビリーの姿にも共感。
聴きながらさらに思ったことがある。「この曲の頃ってビリーの髪の毛はどうだったのか?」。2006年の12月6日。11年ぶりというビリーの来日公演を鑑賞した際、自らすっかり薄く、というか‘無くなった’頭髪をネタに「この曲を出した頃はまだ髪の毛がこんなにあったんだよ~」と笑いを誘いながら観客の心を取り込んでいた。そんな頭髪話を軸にして毎日新聞に公演評を書いた(記事はのちにそのままブログに掲載。こんな公演評は世界初かと思うけど♪)。
2022年9月28日付ブログ「ビリー・ジョエルにまだ髪の毛があった頃」
https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1664355496
ちなみに当方の頭髪はまだまだ大丈夫だが(そこだけは唯一ビリーに勝ってる♪)そんなあれこれに思いを馳せさせてくれる意義深いライヴ・ベスト盤であることに改めて気付き、感じ入った次第。(上柴とおる)
ALBUM Review
エレクトリック・コミック・ブック
ブルース・マグース
ODR7240(オールデイズ・レコード)
‘サマー・オブ・ラヴ’の時代と言われた1967年。ヒッピー族やミュージシャン、芸術家などを中心に燃え広がったサイケデリックの炎はムーヴメントとしての終焉と共にほどなく鎮火するも音楽やファッション、アート等の世界においては‘文化’として定着するに至った。‘追体験’を楽しむ若い世代が音楽の世界でも少なからず。
先月こちらで取り上げたオムニバス盤「忘れじのドーナツ盤シリーズ:エミリーはプレイ・ガール サイケデリック編」はまさにそんな世代にも分かり易く親しめる内容かと思うのだが、そのアルバムに入るべくして入ったのがサイケを身に纏ったようなあの時代の典型的なグループ、ブルース・マグース。
元々は名前の通り、ブルースを好んで演奏していたのだがクラブに出演している際に観客がLSDなどドラッグによって恍惚となり陶酔している姿を目の当たりにして‘トリップ感覚’を音楽やステージでのショー構成に取り入れるようになったという。
今回紙ジャケ盤で復刻されたこのアルバム(1967年リリース)は大ヒット「恋する青春:(We Ain't Got) Nothin' Yet)(1967年2月:米5位)を掲げた米Mercuryからのデビュー作に続く2作目。大きなヒットにはならなかったもののタイトルからしてトリップ感覚をサウンド化したようなサイケの本命曲「パイプ・ドリーム」(1967年4月:米60位)を筆頭にサイケ時代の彼らを象徴するようなアルバムとして人気が高い。しかも今回は本体の12曲に加えてボーナス・トラックが11曲(Mercury入社後のシングル・ヒットに加えて邦盤独自のカップリング曲もモノラル音源で収録)。ベスト・アルバム仕様にもなっている。
ブルース・マグースは1966年~1968年にかけて米Mercuryからアルバムを3枚出し、1969年~1970年にかけてはABCから2枚。その後、解散している。メンバーを一新したABC以降はブルース・ロックやジャズ・ロックなどもはや別のグループとしか思えないほどに変貌を遂げており、サイケデリックな彼らの姿は2作目を軸としてMercuryでの3枚のみ。そんな中でも徐々にそのスタイルを変えて行っており、当時ヤマのように登場したサイケデリックなロック・バンドの象徴とも言われた彼らの音楽的な変遷からはサイケな時代というものの実態もまた伺えるように思える。彼らの‘幻覚‘が覚めるのは意外と早かった!? (上柴とおる)
LIVE Review
ダリル・ホール アンド ザ・ダリルズ・ハウス・バンド ウィズ スペシャルゲスト トッド・ラングレン
11月23日 東京ガーデンシアター
半世紀もの交友を誇るダリル・ホールとトッド・ラングレンが、ついに揃って来日。最終日となる東京ガーデンシアターの公演ではコーネリアスがオープニング・アクトを務め、その後トッド主導のセット、ダリル主導のセット(後半でトッド再登場)が繰り広げられた。内容は快いメロディ・ラインと共に、ブラック・ミュージックへの愛情がこれでもかとほとばしるもの。トッドはスモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズの楽曲「ウー・ベイビー・ベイビー」なども含むセットリストをしっとりと歌いあげ、ダリルは「サラ・スマイル」、「プライヴェート・アイズ」といった“ダリル・ホールとジョン・オーツ”時代の必殺ナンバーも交えながら観客を大いに喜ばせた。ホスト役のダリルが、ゲスト・ミュージシャンとパフォーマンスを披露するウェブ・シリーズ「ライヴ・フロム・ダリルズ・ハウス」の出張拡大版ともいえるこのコンサート。私は帰宅後も和やかな雰囲気に包まれっぱなしだった。(原田和典)
photo by Yuka Yamaji
(写真は、すみだトリフォニーホール公演)
LIVE Review
Tenors In Chaos (テナーズ・イン・カオス)
11月30日 丸の内コットンクラブ
2021年に黒田卓也主催のライヴ・イベント「BUNDLE」でデビューを飾った、テナー・サックス3本を軸とするユニット“Tenors In Chaos (テナーズ・イン・カオス)”が、初アルバム『Chaos』のリリース記念ライヴを開催した。フロントに立つのは、陸悠、西口明宏、馬場智章という現代日本ジャズのメイン・フォースたち。自分が3テナーの音楽と接するのは、バディ・テイト~アル・コーン~スコット・ハミルトンの1981年録音『Tour De Force』以来。それは循環コード、リフ・ナンバー、バラード・メドレーを主としたジャム・セッション的な内容だったが、Tenors In Chaosのステージは、構築された中に自由奔放な部分が光る。オリジナル曲が充実していたのはもちろん、ジョン・コルトレーンの古典「ジャイアント・ステップス」がまた、圧巻だった。原曲通りの激しい転調を含むパートと、思いっきりコードの束縛を解いたようなパートを交互に繰り出す馬場のアレンジは、私を何度もサウナ→冷水の間を行き来するような気分にさせた。アンコールでは黒田卓也がサプライズで登場、トランペットの輝かしい響きをつけ加えた。(原田和典)
写真提供/COTTON CLUB
photo by Yuka Yamaji