ミュージック・ペンクラブ音楽賞30周年記念コンサート
「Timeless, Borderless 音楽は時を超え、ジャンルを超え、未来へと生まれ続ける」
日野皓正クインテット(日野皓正tp、加藤一平gt、石井彰pf、杉本智和b、石若駿ds)
タイムファイブ(ジャズコーラス=田井康夫、野口鎮雄、勅使河原貞昭tp、吉村晴哉keyboard+アレンジ、杉江浩平fl)
アントネッロ(古楽アンサンブル=濱田芳通recorder, cornet、石川かおりViola da gamba、西山まりえcem,hp.)
司会:櫻井隆章
11月22日 渋谷区文化総合センター大和田さくらホール
ミュージック・ペンクラブ・ジャパンはクラシック、ポピュラー、オーディオに関わる執筆者たちが設立して50周年、そしてその活動の大きな柱として会員全員の投票で選定してきた「ミュージック・ペンクラブ音楽賞」が30周年を迎えた。受賞者は国内外の多彩で錚々たる音楽関係者(演奏家、作曲・作詞家、評論家、音楽学者、オーディオ制作者など)である。
これを記念した当夜を古楽アンサンブル「アントネッロ」、ジャズコーラス「タイムファイブ」、そして「日野皓正クインテット」が祝った。いずれも本音楽賞の受賞者である。アントネッロは、バロック以前の音楽をリコーダー(あるいはコルネット)、ハープ(あるいはチェンバロ)、そしてヴィオラ・ダ・ガンバで演奏する。古楽の楽譜は骨組み程度しか記されていないので、その演奏は即興の要素が強く、ジャズにも似た面白さを感じさせる。タイムファイブは1968年に結成された男性5人の声楽アンサンブル。アメリカなどの主要ジャズ・フェスティヴァルに出演し、これまでに文部大臣賞をはじめ数々の受賞歴がある。今年結成50周年を迎え、その記念コンサートは好評、アルバムも発表している。日野皓正については、ここで改めて記すことはないだろう。世界に名を轟かせる日本最高のジャズ・トランぺッターである。
さて、第1部「Classic meets Jazz」はチェンバロ(西山)のトッカータで開幕した。トッカータはバロック初期には開幕曲としてのファンファーレ的性格を持つ曲だった。聴衆は典雅に流れるチェンバロの音に心を奪われ、コンサートに導かれた。続いてアントネッロ3人による「コレンテ&カンツォン第1番」(イ・サラヴェルデ)、「ソナタ第2番」(ダリオ・カステッロ)が演奏された。濱田のリコーダーはいにしえの雅な雰囲気と現代的な力強い表現力を合わせ持つ素晴らしいものだった。きらびやかさと大聴衆の心を圧倒するヴィルトゥオーゾ性を兼ね備えていた。バロックハープの音は固かった。しかし、それがかえって力強くダイナミックなバロック精神を思い起こさせてくれた。「今こそ去らねばならぬ」(ジョン・ダウランド)の主題を奏でるリコーダーは前2曲とは違って優しく優美だった。なんと美しい歌を聴かせてくれたことか。しかし、主題が変奏されて主旋律がヴィオラ・ダ・ガンバ(石川)に移ると、そこではアントネッロのアンサンブルの本領が発揮された。主役と脇役の交替が見事だったが、これはアントネッロ結成26年の歴史のなせる業(わざ)と言えるだろう。この後、「グリーンスリーヴス」でタイムファイブが加わると、ホール全体に新たな空気が流れた。古楽アンサンブルとジャズの出会いである。そして、「そよ風吹けば」(フレスコバルディ)で日野が登場。古楽のコルネット(マウスピースはトランペットと同じだが、管は木)と現代のトランペットのコール&レスポンスに聴衆は時に笑いを誘われ、時に両者の素晴らしいテクニックに魅了された。
コンサートの間、舞台の照明が演奏に合わせてしばしば変えられ、控えめだが演奏に彩りを添えていた。主催者の細かい配慮が感じられた。また司会の櫻井と演奏者とのトークは舞台転換の合間だったとはいえ聴衆の気持ちを考えた楽しいものだった。バロック時代のハープはペダルがない代わりに弦が3列に張ってあり、その真ん中の弦を演奏することが難しいとか、また日野がタイムファイブの勅使河原にプレゼントしたというトランペットのマウスピースの裏話など、面白く聞けた。
第2部「Jazz meets Classic」はタイムファイブの美しいハーモニーで始まった。結成50周年とは思えない若々しい声と響き、5人の男声コーラスがこれほど優美だとは。歌だけでなく、「Baubles, Bangles And Beads」では、フルート(杉江)やトランペット(勅使河原)は明るく暖かい雰囲気を届けてくれた。次の「Love For Sale」でもコーラスにフルートとトランペットが融和し、天国に安らぐような暖かさを聴衆に伝えていた。タイムファイブの5人が醸し出す空気は柔らかい、優しい、そして和やか。第1部の日野のトランペットの鋭い音とは対照的だと思った。ところが、日野は次の「りんご追分」で再度登場すると、違った一面を披露した。コーラスに見事に溶け込んだのである。対立ではなく、調和だった。当夜のクライマックスは「川の流れのように」(美空ひばり)が飾った。テーマと即興というジャズの神髄を聴かせてもらった。日野のリーダーシップの下、ギター(加藤)の哲学的なソロ、ピアノ(石井)の和の心を感じさせる優しい響き、ベース(杉本)とドラム(石若)の掛け合い、緊張感が漂う中にも楽しさが満ちていた。突然テナー・サックスがゲストとして飛び入り参加したが、これもジャズの楽しみ方の一つとして歓迎された。
最後に出演者全員がチャップリンの「Smile」を演奏した。ここにいたるまでにホール全体はクラシックとジャズのジャンルを超えた愛に満たされていた。Smileはその再確認だった。満席の観客からは心からの拍手が送られていた。最後にアンコールとして日野が吹いた「故郷(ふるさと)」はすべての聴衆の心をまた一瞬にして捕らえた。日野の言う文化の大切さを痛感させられた。 (石多正男)