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愛知芸術劇場芸術監督 勅使川原三郎 2022年度プロデュース公演記者会見

 

<登壇者>
●愛知芸術劇場芸術監督 勅使川原三郎(ダンサー/振付家/演出家)
●ダンスカンパニー「KARAS」佐東利穂子(ダンサー/アーティスティック・コラボレーター)

●進行:藤井明子(愛知芸術劇場企画制作部長)

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【チラシ】『風の又三郎』PDF
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【チラシ】『天上の庭』PDF

 愛知芸術劇場は、2022年度の次のプロデュース2公演について、Zoom記者会見を開催しました(8月19日)。その概要をお伝えします。

① ダンス「風の又三郎」(2022年9月3、4日)
② ライブミュージック&ダンス「天上の庭」(同年9月16、17日)

 ダンス「風の又三郎」(原作:宮沢賢治『風の又三郎』)は、勅使川原三郎が演出・振付・美術・衣装・照明デザイン・音楽編集を手掛け、愛知ゆかりのダンサーとともに制作したものです。昨年7月に初演。今回、新たなダンサーが加わります。

●ダンス/朗読:佐東利穂子
●オーディションで選ばれた地元バレエ・ダンサー11人

 原作は、夏休み明けから数日の子供の姿を生き生きと描きます。本作はそれをダンスと朗読で表現したものです。勅使川原芸術監督は、9月初旬の上演が時宜にかなうと期待します。突然教室に現れた転校生が数日のうちに、忽然とまたいなくなる。「まさに風のようだ」と。

 一方、ライブミュージック&ダンス「天上の庭」は、表現の狙いが異なります。ダンサー2人とチェリスト1人によるコンサート形式のダンスです。

●ダンサー:勅使川原三郎、佐東利穂子
●チェロ:ヨナタン・ローゼマン(1997年生まれ。フィンランド系オランダ人)

<曲目>
●バッハ:無伴奏チェロ組曲より
●カサド:無伴奏チェロ組曲より
●コダーイ:無伴奏チェロ・ソナタ Op.8

 勅使川原によれば、天上とは空をイメージし、「浮世、日常を離れた世界を描きたい」「純粋な音楽とともにダンスする」といいます。「文学的解釈やメッセージは一切なく、純粋音楽と身体によるダンス」。いわば、ダンスによる内省的な表現と捉えられます。

 勅使川原は、昨今の難しい社会状況の中で感じることや煩わしさを語ることに辟易とするといいます。同時に、そこにある精神は何かと自問し、それを「音楽の放つ解放感」と表現します。音楽から人間の力を超えるものが湧き出てダンスになると勅使川原は捉え、音楽に計り知れない力を見出すのです。

 したがって、「天上の庭」とは、「ダンスと音楽が純粋に出会う場所」であり、「庭で遊ぶ、戯れる遊戯性」のイメージを追求したもの。「純粋に音楽とダンスがそこから何を生み出せるのか。これを目指す」。つまり、当プロダクションは、ストーリーを追うダンスの舞台とは別の遊び方、楽しみ方を提示しようとするもの。いわば“勅使川原ワールド”です。

 音楽には天と地を結ぶ構成を考え、天上のバッハ、遊戯性のカサド、重厚とエネルギー溢れるコダーイというユニークな曲を選曲したといいます。

 佐東は、2つの作品を次のように紹介します。
 「風の又三郎」を含む宮沢賢治作品は、決して子供だけのものではない。作品の底流にある「大人になってもずっと心に残る気持ち」に着目します。佐東は、言葉のリズムに子供ながらの寂しさや不安を感じ、ダンス「風の又三郎」は、舞台描写とダンス構成がとてもよく合い、生き生きした作品になっていると強調します。ダンス作品は踊って初めて成長するので、2年連続の上演が嬉しく、今後の上演継続も強く望むといいます。

 新制作「天上の庭」について、佐東は、チェロのヨナタン・ローゼマンと直接会って曲目を決め、リハーサルができたこと、チェロのための作品のみを選んだと強調します。音楽の好き・嫌いを越えて、表現したいことに焦点を合わせて話し合い、互いを理解することができたとも。チェロだけで踊るのは今回が初めて。それだけに今度の初演が楽しみだといいます。

 チェロのローゼマンから届いた手紙を佐東が代読。「これまでにないプロジェクト」に関われる喜びが綴られていました。

 勅使川原は、その手紙を受け止め、唯一無二の舞台を作ることが目的だと付け加えます。今生きている証であり、「たとえクラシック音楽でも、新たに命を吹き込み、今同時に生きている人と価値観を共有することができる。しかし、その価値観は、新たに見出すべきもの」と、この企画のレゾンデートルに触れました。

   宮沢賢治作品を子供の視点で捉えようとする記者の質問に対して、勅使川原の次の答えは示唆に富むでしょう。「家族で見て楽しむだけでなく、むしろ大人が見ることができて、それが子供たちにメッセージとして伝わることの方が大切」「子供に基準を合わせた子供劇場よりも、子供に焦点を合わせすぎないこと。子供扱いするのではなく、共有すべきものとして考えること」「懐かしさや、今風なことを求めるのではなく、人間であるならば感じられるものは何か」、それを考えたといいます。

 勅使川原は、「身体が表現するダンスとして感じられれば、読み物としての宮沢賢治ではないものが生み出されるのではないでしょうか」と、創造者としての核心を伝えます。

 いずれもとても興味深い企画に期待も膨らみます。(宮沢昭男)