ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
ミュージック・ペンクラブ・ジャパン

Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第325回定期演奏会

 

 ショスタコーヴィチ:交響詩「十月革命」
 同:ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調(ピアノ:田村響)
 同:交響曲第9番 変ホ長調
 指揮:川瀬賢太郎

5月31日 東京オペラシティ コンサートホール

アーティスト写真 アーティスト写真

 ショスタコーヴィチの管弦楽曲といえば、ピッコロと小太鼓の印象が強い。そして、旧ソ連の社会主義リアリズム。冒頭の「十月革命」はまさにその期待を裏切らなかった。非常に分かりやすい革命讃歌だが、まず冒頭、弦の合奏による革命前の厳しい空気感の表現が見事だった。クラリネットが「パルティザンの歌」を静かに提示した後、盛り上がってやがて後半に入ると、金管と弦、それにティンパニと小太鼓のアンサンブル。どの表現も素敵だった。聴衆はその緊張感に我を忘れた。コンサートの幕開けから大オーケストラのキビキビとした壮大な演奏を聴けて、川瀬の素晴らしいマエストロぶりを感じた。身体全体を使って、手を大きく振り、時には飛び上がる。若さ溢れる熱演は見ても聴いても素晴らしい。ピアノ協奏曲第2番はショスタコーヴィチが19歳になる息子のために書いた。したがって演奏は比較的容易だという。それを楽しんで演奏している田村の気持ちが素直に伝わってきた。第1楽章はペダルのせいか響きがオケに溶け込み過ぎている印象を受けたが、表現自体は伸びやかで大きく広がる世界を感じさせてくれた。第2楽章の静謐な表現は我々に快いノクターンの世界を味合わせてくれた。そして第3楽章での7/8拍子のリズムの面白さとそれを楽しむピアノとオケのノリの良さ。田村はアンコールでショパンのノクターンを弾いたが、ここで、第2楽章を再び感じてほしかったのだろうか、演出としていい選曲だった。
 そして、交響曲第9番。上にも記したピッコロだが、第1,2楽章では筆者の勝手な期待に反して控えめな演奏だった。ショスタコらしくもっと前に出てほしかった。しかし、第3楽章以降の木管(クラリネットなど)やトランペット、トロンボーンなどの金管はそれぞれ存在感を十分に示してくれた。弦とのアンサンブルを含むオケ全体の表現としては少しメリハリに欠ける印象を受けたが、それでも第5楽章のファゴットはそれだけで聴衆を魅了した。このように楽しめるのは生演奏ならではである。定期演奏会にしては珍しくアンコールが演奏された。芥川也寸志の「トリプティーク」だが、全曲の形式感が明確で、後半の頂点を感じさせてくれた表現は見事だった。(石多正男) ©金子力 ©武藤章

CONCERT Review

手話ミュージカル『ムーンライト・セレナーデ』

 

 劇団プリズム・ミュージック
 リリ:忍足亜希子、マーニ:三浦剛、他
 歌と演奏:栗原正典、永井里奈、ミヤモトセツコ、石川豊和

6月9日 ムーブ町屋ムーブホール

アーティスト写真

 言葉をまったく発しない、手話だけのミュージカルとはどんなものだろうと興味津々、出かけた。基本的に手話で話しは進んだが、生バンドは歌っていた、また少しだけ解説的な字幕が出た。手話とミュージカル、両者が融合し総合芸術として成り立っていることが理解できた。確かに細部では理解できない部分があった。しかし、大きなストーリーの流れはつかめた。音楽、ダンス他のさまざまな要素も手伝って、大いに楽しめた。月と地球(そして、宇宙)に暮らす人々に共通する母子の愛、感動的なフィナーレにいたる1時間半はあっという間で、素晴らしい作品になっていた。主役の忍足の存在感。彼女は聾者であるが、聴衆の視線を惹きつける演技は見事だった。夫役の三浦は巧みに彼女を支えていた。その子ども役の蒼山紗矢の熱演。その他、東野克の歌唱力、洞田彩花と岡部香奈子の表情と踊り、宇宙の住民の若い3人の娘たちのコミカルな動きなどなど、聴衆を説得する力を感じた。そして、公演のほとんどを演奏で支えたバンド4人もミュージカルの中に自然に融け込んでいた。彼らは舞台上で演奏していたが、まったく違和感がなかった。これは聴衆の共感を得たことだろう。
 筆者は、手話についてはほとんど知らない。会場の聴衆のうち、どれだけの人々が手話を理解できたのだろうか。終演後、主役の二人(忍足と三浦)へのインタヴューがあった。そこで(恥ずかしながら)はっきり気づいた。手話の情報伝達能力の素晴らしさに。インタヴュアー二人と忍足の会話は完全に手話だけだったが、それを同時通訳する音声が流れた。聴者の会話とまったく同じ情報量が交換されていることが分かり、驚きを禁じえなかった。手話が理解できる人はこのミュージカルがもっともっと楽しいものだったのだろうと痛感した。手話による劇やミュージカルは、聴衆のメインを聾者にせざるを得ないだろう。しかし、聴者にも理解されてこそ広まるのではないかと思った。その意味では、まだ工夫の余地があるのではなかろうか。ストーリーをできるだけ単純にするとか、手話にバレエのような大げさな動きによる感情表現を交えるとか。また、月の、宇宙の、そして地球の住人それぞれの衣装を工夫するなどしてより区別が分かるようにするなど。終演時の会場を包んだ大きくて優しい拍手が今後も続くことを期待したい。(石多正男)

CONCERT Review

金井玲子ピアノリサイタルシリーズ ゴーベールの世界Ⅱ
~室内楽作品を集めて~

 

 4つの素描より/3つの小品より/田園風間奏曲/2つの小品/幻想曲/ロマンティックな小品/夏の歌/異教徒の夜/タランテラ舞曲/古代のメダル/3つの水彩画
 朴瑛実(ソプラノ)、神谷未穂(ヴァイオリン)、遠藤真理(チェロ)、
 岩下智子(フルート)、広田智之(オーボエ)、三界秀実(クラリネット)

6月14日 東京オペラシティ・リサイタルホール

アーティスト写真

 ゴーベールは19世紀末から20世紀前半に活躍したフランスのフルーティスト、指揮者、作曲家である。とはいえ、フルートを学んでいる人は教則本で知っているかもしれないが、一般にはほとんど忘れられた存在だ。その作品だけで、しかも小品に限って一夜のプログラムが構成されていた。多彩な演奏者による室内楽のさまざまなアンサンブルで、聴衆を飽きさせない工夫がよかった。この企画とこれを実現した金井の熱意に敬意を表したい。演奏された作品は1903年(「タランテラ」)から1934年(「田園風間奏曲」)の間に書かれており、この時期は音楽史的にみると、ドイツ系では12音技法を頂点とする無調音楽、また点描主義などに関心が集まっていた。フランスではヨーロッパ外の音楽の要素を取り入れ、新しい響きの感覚に興味を奪われていた。この観点からするとゴーベールの作曲技法は東洋風の音階を感じさせる点があるとはいえ、保守的な19世紀の前半を想起させるものだった。短めの覚えやすい主題、三部形式的な構造、楽器間の対話など非常に分かりやすかった。同じような曲想の作品が続くという印象を持った方もいたかもしれないが、音楽史に関心を持つ筆者などは大いに楽しめた。
 特に印象に残ったのは、前半ではクラリネット(三界)とピアノ(金井)による幻想曲。クラリネットの非常によくコントロールされた音と表現は素晴らしかった。ゴーベールの作曲意図が明確に感じられた。繊細で奥深い表現が確かなテクニックに支えられ、聴衆の気持ちを惹きつけていた。後半のソプラノ(朴)はピアノとともに歌詞内容の情景描写が素敵だった。ただ、聴衆は詩の原作であるサマン「王女の庭園にて」を知らないので、対訳が配られていたとはいえ、より深く理解することは難しかったのではなかろうか。「タランテラ」以下最後の3曲は3つの楽器によるアンサンブルだったが、「タランテラ」はアンサンブルとしてとても楽しく聴けた。フルート(岩下)とオーボエ(広田)が楽しく踊る様子が感じられた。フルートのピアニシモは美しく聴き惚れた。金井は全プログラムで伴奏に徹していたが、優しく穏やかな響きで演奏のレベルをしっかり支えていた。アンサンブルにおいても熟練を感じさせた。アンコールで2年ほど前にCD録音したというフルートとピアノのための作品が紹介された。ゴーベールが使ったというフルートのモデルが使われ、それによって演奏は作品の特徴、ゴーベールの作曲意図をよく感じさせる説得力あるものだった。ただ、これを聴いてこのリサイタル全体を思い返した。リハーサルと譜読みの時間を十分に取れた曲と取れなかった(と思われる)曲との間にやはり明確な差が出ていたのではないか。マイナーな曲を演奏することの難しさをあらためて感じた。(石多正男)