ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
第375回定期演奏会

サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 Op.22

マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」

指揮:高関 健
ピアノ:奥井紫麻
コンサートマスター:戸澤哲夫

2025年1月17日 東京オペラシティ コンサートホール


マエストロ高関らしい選曲の妙

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の第375回定期演奏会を聴く。演奏の前に常任指揮者・高関健による恒例のトーク。プログラムのサン=サーンスのピアノ協奏曲第2番とマーラーの交響曲第7番「夜の歌」の不思議な選曲について「バロック音楽の影響を受けて作られた作品を組み合わせた」とのこと。本人も「半ば強引」と語っていたが、両作品がバッハ風のカデンツァ(サン=サーンス)、フランス風序曲の付点のリズム(マーラー)で始まる点では、そう言えるかも知れない。

サン=サーンスのピアノ協奏曲第2番は短期間での創作が反映されてか、軽快さと活力を持ち、彼のピアノ協奏曲を代表する1曲である。ピアニストの奥井紫麻(おくい しお)は、第1楽章冒頭カデンツァから堂々と表情豊かに弾き始め、オーケストラは軽妙な音の中に芯の強さを兼ね備えた演奏で両者の息もぴったり。第2楽章ではオーケストラとの掛け合いを楽しんでいるかのようで、第3楽章のタランテラ風舞曲でも情熱的でありながら爽やかに演奏していた。一つひとつの音にもう少し明瞭さを持させれば、この曲の美質をさらに引き出せたのではないだろうか。音量も豊かで有望な逸材なのは間違いない。アンコールのラフマニノフの前奏曲Op..23-2 はロシア留学の経験を持つ彼女らしい力強い演奏。


マーラー演奏にまつわる興味深いエピソードも

マーラー交響曲第7番について高関はプレトークで、次のように語っていた。「ベルリン留学時代にベルリン・フィルの交響曲のエキストラとしてヴィオラ・パートを弾いた。また、マーラーの自筆譜、出版されたスコア、オランダでのマーラー自作自演時に助手として立ち会ったメンゲルベルクが残したスコア書かれたメモ等を研究し、さらには高関が国際マーラー協会の楽譜校訂に参加し校訂協力者として名前が掲載されている」そして「楽譜研究に留まらず、第1楽章開始部の付点のリズムを例にして実際にどのように演奏するのか」という点にも話題が及び聴衆の関心を呼んだ。

演奏は多声的な書法を際立せるべく、さまざまな音色や強弱の対比を調整し、大編成ながらも、それぞれの声部を明晰に聴かせていた。第1楽章の出だしの木管と弦楽器で刻む付点の切れのよいリズム、序奏主題のテナーホルンをはじめ金管楽器群がよく鳴っていた。第2楽章冒頭のホルンの対話も見事。第3楽章「影のように」と指示されたスケルツォは比較的穏やか。第4楽章のみに登場するギターとマンドリンは指揮者の前に座っての演奏でよく聴こえた。第5楽章のロンド主題も切れ味よく、第1楽章の第1主題の回帰も明瞭で、金属系の打楽器とティンパニーもよく響いていた。高関の綿密な楽譜研究とそこから生まれる鋭い解釈に東京シティ・フィルが高い演奏レベルで応えていた演奏であった。なにより、ホルンを筆頭に金管楽器群、木管楽器群、打楽器セクションが素晴らしかった。

(玉川友則)

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
第376回定期演奏会

ブラームス:交響曲第3番 へ長調Op.90

伊福部昭:交響頌偈「釈迦」

指揮:藤岡幸夫
合唱:東京シティ・フィル・コーア
合唱指揮:藤丸崇浩
コンサートマスター:戸澤哲夫

2025年2月14日 東京オペラシティ コンサートホール


時空を超えて響く大作2編

東京シティ・フィルハーモニックの定期演奏会のプレトークは人気があり、早めに会場に来て熱心に聞き入る聴衆が多い。この日の首席客演指揮を務める藤岡幸夫のプレトークも興味深く、楽しいものだった。プログラムの説明や聴いて欲しいポイント等を明るい口調で語っていく。当夜の伊福部昭:交響頌偈「釈迦」とブラームス交響曲第3番の選曲は、藤岡本人が強く希望したもので、両曲とも「幸せを感じさせてくれるシンフォニーだから」という。邦人作曲家の作品を精力的に取り上げてきた藤岡らしい選曲だ。

ブラームス交響曲第3番を「情熱とロマンあふれる」曲と語っていた藤岡だが、そうした解釈に加え、藤岡とオーケストラのエネルギッシュなアンサンブルが熱演を生んだ。第1楽章冒頭こそ、弦楽器群と管楽器群とのバランスが崩れていたが、すぐに持ち直し、強弱のメリハリ、弦楽器群の重厚さや切れの良さが心地よく、ブラームスらしさが表出されていた。第2楽章では木管楽器のソロが美しく、第3楽章はやや早めのテンポで始まり、流麗な歌い回しが魅力的であった。第4楽章は情熱と迫力があり、豪快に鳴るも彫りも深い力強い音楽が伝わる。途中でコンサートマスターの戸澤の弦が切れるというハプニングも演奏のテンションの高さゆえか。


伊福部昭の異色作に挑戦

後半の伊福部昭の交響頌偈(じゅげ)「釈迦」は釈迦が悟りを求め出家し、仏陀となって讃えられるまでをオーケストラと合唱で描く交響詩風の大作である。プレトークで藤岡は「第2楽章“ブダガヤの降魔(ごうま)”の合唱に対し、悪魔(煩悩)が釈迦を誘惑する場面なので、男声には野性的に、女声には誘惑するように歌って欲しい」と指示したと語っていた。実際にはそのようには聞き取れなかったが、東京シティ・フィル・コーアの男声合唱はやや硬い声だったが十分に劇的で、女声合唱は端正な歌い方で悪くはなかった。続く第3楽章「頌偈」では釈迦への讃歌を壮大に歌い上げていた。藤岡とオーケストラは、伊福部独特の旋律美、荘重なリズム、多用されるオスティナートを巧みに表現し、こちらもエネルギッシュな演奏であった。一方でその熱気と勢いに押されたため、この作品に内包されたアジア的、東洋的、仏教的な要素を十分に味わう余裕がなく、曲が終わってしまったように感じた。

(玉川友則)