ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

ヒラリー・ハーン バッハ無伴奏を弾く
<ソナタ&パルティータ全曲演奏会>第1日

12月3日 東京オペラシティコンサートホール

アーティスト写真

 プログラム前半は『神よ、ヒラリー・ハーンという音楽家を我々に与えていただき感謝いたします。』と言いたくなるほど素晴らしい出来栄えだった。
 「ソナタ第1番」第2楽章はダムが水を貯めるようにフーガを厚く積み重ねて行き、コーダで一気に決壊させた。分散和音が連続する第4楽章プレストは火山が噴火するようなすさまじいエネルギーに満ちていた。
 「パルティータ第1番」第2楽章ドゥーブルの厳しい表情を持つ切迫感は神の怒りを思わせる凄みがあった。第4楽章テンポ・ディ・ボレア(ブレー)の荷を背負って歩くような重音とドゥーブルの清らかな響きは、この夜もっとも深い世界に到達していた。
 圧倒的な前半に比べ「パルティータ第2番」は大き過ぎた期待に応えるものではなかった。さすがに<シャコンヌ>は巨大なスケール感があり、終ったあとホールは大喝采に包まれたが、作品全体に関しては発展途上ではないだろうか。外観は完成されているが、中身が吟味されていない。足をステージ上で踏み鳴らし力いっぱい弾く様は、焦りのようなものを感じさせた。
 前半の2曲が素晴らしかった理由は、最新アルバムに収録するため弾きこまれていたためではというのが私の推測だ。アンコールは「ソナタ第2番」第3楽章アンダンテだった。
(長谷川京介)
写真:ヒラリー・ハーン(c)Michel Patrick O'Leary

CONCERT Review

ジョナサン・ノット 東京交響楽団
モーツァルト「歌劇《フィガロの結婚》」(演奏会形式)

12月8日 サントリーホール

アーティスト写真

 今回の《フィガロの結婚》はノット&東響によるダ・ポンテ三部作公演の中でもひときわ輝いていた。最大の功労者のひとりは、アルマヴィーヴァ伯爵夫人を歌ったミア・パーション。第3幕のレチタティーヴォとアリア「甘く喜びの美しい時は」は、凛とした美しい声で夫人の揺れる感情、葛藤、希望を完璧に表現した。
 他の歌手陣も粒ぞろい。スザンナのリディア・トイシャーとフィガロのマルクス・ヴェルバは動き、表情、レチタティーヴォ、歌唱すべてがなんと自然なのだろう。体調が悪いけれど本人の希望で出演しますと事前アナウンスがあったアルマヴィーヴァ伯爵のアシュー・リッチズの頑張りも大絶賛したい。
 バルトロ、アントニオの二役と、演出も監修したアラステア・ミルズの存在は公演の大黒柱。演出は細部まで練り上げられていた。歌手としてもバルトロ、アントニオを見事に歌い分けた。
 マルチェリーナのジェニファー・ラーモアが脇をしっかり固めた。ケルビーノのジュルジータ・アダモナイトは予定されていたエイブリー・アムロウの代役だが、透明感ある歌唱は理想的なケルビーノだった。バジリオとドン・クルツィオの二役を演じたアンジェロ・ポラックの美しいテノールとバルバリーナのローラ・インコの可憐な声にも拍手を贈りたい。
 ノットの指揮とハンマーフリューゲルも冴えわたった。ノンヴィブラートのピリオド奏法を徹底、明晰極まる響きと歌唱が一体化した今回のような《フィガロの結婚》はこの先いつ聴けるのだろうか。(長谷川京介)

CONCERT Review

ダニエル・ハーディング パリ管弦楽団 《田園》&《巨人》

12月18日 サントリーホール

アーティスト写真

 ハーディングに謝らなければいけない。2日前の東京芸術劇場コンサートホールでのマーラー「交響曲第1番《巨人》」は、『常に何かに追われているようで落ち着きがない』と辛口のレヴューを書いた。しかし、今日の細部まで徹底的に磨き抜かれた演奏には脱帽した。
 演奏の印象が大きく異なった要因はつぎの3つがあると思う。
 ひとつはツアー三回目の演奏であり、これまでの瑕疵が全て修正されていたこと。ふたつには会場の違い、音響の違い。三つ目はハーディングの指揮が正面から見られるRA席だったため、手や腕の動き、顔の表情から彼の意図がよく理解できたこと。
 ハーディングは楽曲のすべてが見えすぎるくらい見え、聞こえているに違いない。細部まで思うがままパリ管をコントロールしていた。パリ管もハーディングの指揮に忠実に応えており、両者の間はうまくいっているように感じられた。
 前半のベートーヴェン「交響曲第6番《田園》」は第1楽章と第2楽章がとてもよかった。ノンヴィブラートの肌理細かな弦で主題を歌わせる。パリ管は木管が素晴らしいのでこのふたつの楽章は、天国的といってもいい美しく豊かな音楽で満たされていた。
 しかし、第3楽章以降はハーディングのつくる荒々しい表情が過剰に思えた。第4楽章「嵐、雷雨」には合っていたが、第5楽章は嵐のあとの喜ばしい感謝の気持ちの安らかさがあまり感じられなかった。
 今日はハーディングへのソロ・カーテンコールがあった。札幌公演のさい凍った道路で転倒し右足首を骨折、ステージには車椅子で登場していたが、最後は松葉杖姿で聴衆の拍手に応えていた。若く元気いっぱいのハーディングなので回復も早いだろう。(長谷川京介)
写真:ダニエル・ハーディング(c) Harald Hoffmann