ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
ベートーヴェン ピアノソナタ全曲演奏会Ⅳ

 

ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ 第6番 へ長調 op.10-2
ピアノ・ソナタ 第24番 嬰へ長調 op.78
ピアノ・ソナタ 第16番 ト長調 op.31-1
ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調 op.106《ハンマークラヴィーア》

2024年3月19日 東京文化会館 小ホール

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 東京・春・音楽祭の開幕を飾ったルドルフ・ブッフビンダーの「ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会」の第四夜を聴いた。1日の休みを挟み7日間でピアノ・ソナタ全32曲を弾ききった、77歳の彼の体力と精神力に驚異の念を抱かざるを得ない。ブッフビンダーと言えば、よくウィーンピアノ奏法の伝統を正しく受け継ぐピアニストと形容されるが、今回のリサイタルを聴き、そのことを再認識させられた。例えば、それは鍵盤を指先で「叩く」のではなく「掴む」ことであろう。また弱奏でのレガートも美しかった。鍵盤に触れているだけのようにも見えたが、ひとつひとつの音には芯があり、実に柔らかくレガートを聴かせてくれる。この伝統奏法を基本に、自然な音色を美しく響かせ、ウィーン的とも言える格調高い音楽を作り上げていた。最初の《第6番》第1楽章から彼のそのピアニズムに魅せられた。第3楽章でのスタッカートとレガートの対比も見事であった。♯記号が6つも付くことで有名な嬰へ長調の《第24番》の終結部では力強く一気呵成に終わらせるのではなく、あくまで音楽に寄り添いながら上品に締めくくっていたのが印象的であった。《第16番》第2楽章では優しくいつくしみ深い歌を綿連と紡ぎながら美しい音色を立ち上げていた。終曲は、ベートーヴェンの晩年様式の端緒を飾る「ハンマークラヴィーア」と愛称される《第29番》。圧倒的なスピードと音量で弾き始めた第1楽章から、対旋律を際立たせ熟練の手腕を見せた終楽章のフーガまで作品の構築美をゆるがすことなく、ドラマチックな世界を作り出していた。少し大げさに言えば、ブッフビンダーの音楽的感性と構築の意志とが、深く、自然に結合していたところにその偉大さを聴いた思いがした。アンコール曲はベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第18番 op31-3》から第4楽章であった。(玉川友則)