ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

長島 萌  ドイツ留学修了記念
ヴァイオリン・リサイタル
〜郷愁の先へ〜

 

チャイコフスキー:懐かしき土地の思い出 Op.42
グリーグ:ヴァイオリンソナタ第3番 ハ短調 Op.45
ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第9番 イ長調 Op.47「クロイツェル」

ピアノ:佐渡建洋

2021年4月23日 川口総合文化センター・リリア 音楽ホール

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 長島萌は、東京藝術大学卒業後2014年に渡独。ドレスデン音楽大学修士課程を修了した。2020年マイスター(国歌演奏家資格)クラス卒業後、ドレスデン・フィルハーモニー研修生を経て、現在シュターツカペレ・ハレ契約団員を務める。

 コロナ禍ロックダウンで、長島は激しく郷愁に駆り立てられたという。留学修了記念に選んだホールは、出身県のリリア音楽ホール。プログラム冒頭にチャイコフスキー「懐かしき土地の思い出」を置き瞑想に始まる。緊張からか、音に気持ちの高ぶりもあるものの、ニ短調の沈み込んだ面持ちの表現に深い味わいを滲ませる。そしてにわかにスピード感を増す展開。ハ短調のスケルツォでは、スタッカートの利いたインパクトある表現が聴き応えを作る。より切れ味が付けばさらに劇的な音楽になるだろう。ピアノの佐渡建洋の表現力も特筆したい。ソロに寄り添うだけでなく、ときにリード役も果たして変幻自在。

 グリーグのソナタでは、2人の力強い開始が印象を深めた。音程がより揃えば申し分ないものの、フレーズのスピード感と高揚は、若い世代の意気込みにあふれる。次楽章冒頭のピアノ・ソロでは、佐渡がロマンティックな表現で長島の出番を作り、徐々に躍動感も高める。まるでバレエのパ・ド・ドゥの流麗さと激しさの交わるイメージが美しい。

 ベートーヴェン「クロイツェル」は、2人の掛け合いと、ともに高揚する意気投合した表現が圧巻だ。変奏部の多彩な音色と、艶も豊かな響きが求心力を放つ。短調の変奏では多少音程に甘さが残るものの、佐渡の巧みな掛け合いにベートーヴェンの風格が色濃く出る。プレストはリズムも際立ち、沸き立つような内面の表情が聴き手の心をつかんで離さない。

 長島は今後もドレスデンを拠点に、シュターツカペレ・ハレほかオーケストラ、室内楽の活動を続け、定期的に日本でリサイタルを開催するという。欧州とわが国で斬新な作品を見つけ出し、双方に伝え合う音楽家像も追求してほしい。(宮沢昭男)

写真提供:新演コンサート

CONCERT Review

濱田芳通「笛の楽園」
ヤコブ・ファン・エイク(1589/90~1657)作品集
リコーダー連続演奏会2021
Vol.2「超絶技巧!リコーダーと歌によるディミニューション」

 

リコーダー:濱田芳通
ソプラノ :中山美紀
オルガン :上羽剛史

2021年5月18日 豊洲シビックセンターホール

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 濱田芳通はリコーダーの達人にして、そのイメージと可能性を変えたといって過言でない。いやむしろ、私たちのほうがこれまで、リコーダーの一面、ごく小さな世界しか聴いていなかったのかもしれない。17世紀オランダの盲目のカリヨン奏者ヤコブ・ファン・エイク作曲「笛の楽園」第1巻、第2巻から選りすぐり、濱田独自の世界を作り上げた。

 鎖国時代も日本は、唯一オランダと外交関係にあった。でも現代の私たちは、オランダについて、チーズとチューリップのほかどこまで意識しているだろう。実に心許ない。濱田たち古楽器を極める芸術家から、オランダは宝の山という声がするようだ。全3回。リコーダーとオランダについて、私たちの常識に風穴を開けるのかもしれない。

 本シリーズは昨年、コロナ禍により1年延期された。今年第1回も6月30日に延期を余儀なくされている。第2回は、リコーダーに歌とオルガンを交え、まるで一つのオペラを観る味わいがする。これまで録音でも、本作はギターとの組み合わせはあっても、歌を交えて聴ける機会はあったのだろうか。私には初めて知る世界だった。

 濱田のリコーダー、上羽のオルガンによる前奏から音楽に勢いがある。さらに中山の歌が加わり、その解放感豊かな声にファン・エイクの世界に魅せられた。歌詞も多言語にわたる。濱田のリコーダーもソプラノ・リコーダーだけでない。その細やかな使い分けが聴き手を飽きさせない。しかし何よりも瞠目は、濱田の運指とタンギング。リコーダーが言葉を発するような超絶技巧と変幻自在な表現力を放ち、ファン・エイクの世界が現代に甦る。ルネサンス、バロックの枠を超え、「酒呑みの歌」「夜には何をしましょうか」など、ブリューゲルの絵画よりも現代人の日常に近い。それが濱田の音楽の世界なのだろう。

 なるほど、これが濱田のいう「ディミニューション」(メロディが流れるように彩られる技法)と、「インプロヴィゼーション」(演奏者の自由な即興性)と受け止めた。上羽のポジティフ・オルガンの軽やかな音色をバックに、中山のコロラトゥーラと濱田の巧みなリコーダーが交わす音のコミュニケーション世界。斬新さは大道芸に迫る音楽に、会場から笑いも溢れてユニークな空間に仕上がった。(宮沢昭男)

CONCERT Review

読売日本交響楽団
第608回定期演奏会

 

マルティヌー:過ぎ去った夢 H.124
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467
マルティヌー:交響曲第3番 H.299

指揮 :下野竜也
ピアノ:藤田真央

2021年5月21日 サントリーホール

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 下野竜也指揮によるマルティヌー2曲とモーツァルトのプログラム。読響は大きなポイントを2つ作った。一つは、ピアノソロに迎えた藤田真央と作り上げたモーツァルト協奏曲。そしてもう一点は、2曲によるマルティヌーの音の世界である。

 最初に、間に挟んだモーツァルトのピアノ協奏曲は第21番。読響は、独奏に迎えた藤田とまたとない演奏を実現。藤田は割と控えめな音で開始した。個性美豊かな鍵盤タッチと読響との掛け合いに、ステージは吸引力を増す。百戦錬磨の読響と、初めての本番曲に臨む藤田は1998年生まれ。双方が経験値の違いを埋めてゆき、下野のタクトが絶妙にそのバランスを取る。極め付けは藤田の自作カデンツァ。曲想は極めて現代性に満ちたもの。先月号でも別の楽団で、日本のピアニストによる自作カデンツァによるベートーヴェンを取り上げた。これがわが国の1990年代ピアニストの流れになってくれば、コンサートは、再びライブに吸引力が蘇る。ホールがまさに一期一会の世界になる。

 2点目のマルティヌー。読響は、チェコ音楽に力を注ぐ下野の要求にピタリと照準を合わせて応えた。マルティヌー2曲は、30歳とそれから四半世紀を過ぎた作品の組み合わせである。その対比が興味深い。「過ぎ去った夢」はドビュッシーの影響も色濃く、官能性豊かにまどろむ音の世界。読響木管パートの表現力と、浮遊感漂う弦5部のアンサンブルが絶妙な響きを醸し出す。それは今思えば、欧州史上「黄金の20年代」といわれた1920年代の音空間を映し出すといえるだろうか。

 というのも後半の交響曲第3番では、読響は衝撃的な響きを次々繰り出し、変化を前面に押し出したから。音の数こそ多くないとはいえ、マルティヌーは変化記号を多用し、スラーを連ねて音がうねる。実に不安な音の世界が聴き手に迫った。直前に音の多いモーツァルトを聴いた後だけに、対比は一層際立つ。偶然か下野のアイデアか。いずれにしても冴えたプログラミング。マルティヌーの、いやそれは第2次世界大戦末期の人類の不安そのものなのだろう。ナチスから難を逃れて米国に渡った身ゆえ、つかんだ音に違いない。

 下野はテンポを大きく揺らす。読響各パートを徐々に積み上げ、トゥッティに到達するや、一気にクレッシェンドで加速する。言葉がなくても音は能弁に語るチェコ音楽の伝統。これを下野=読響は、ものの見事にマルティヌーで表現した。かつて下野の正指揮者時代、読響はドヴォルザーク・プロジェクトを成し遂げた。読響でマルティヌーをさらに聴いてみたい。
(宮沢昭男)

写真:(C)読売日本交響楽団

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
「ニーベルングの指環」ハイライト特別演奏会
~飯守泰次郎 傘寿記念~

 

指揮:飯守泰次郎 合唱:ワーグナー特別演奏会合唱団
序夜『ラインの黄金』より / 第1日『ワルキューレ』より / 第2日『ジークフリート』より / 第3日『神々の黄昏』より
演奏会形式/字幕付

5月16日(日)東京文化会館大ホール

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 飯守泰次郎の傘寿(80歳)記念演奏会だった。傘寿でもワーグナー「ニーベルングの指環」を非の打ちどころなく演奏した。4夜分の長大な楽劇から、いわば美味しいとこ取りの選曲だったが、それでも午後2時に始まり終わったのが6時半。途中休憩が2回あったとはいえ、ほとんど座ることなく指揮していた。ステージいっぱいのオーケストラを意のままに操る技術はゆるぎない。手の振りはそれほど派手ではないのだが、生み出される響きは豊かで、説得力があり、聴衆の心を一気に掴んでしまう。素晴らしいの一言だ。各楽器それぞれの表現はもちろんのこと、それらの音色の変化なども聴いていて楽しかった。例えば、一般の方々にも有名な「ワルキューレの騎行」は硬質な音がワルキューレの力強さを的確に表現していた。次の「ヴォータンの別れと魔の炎の音楽」では燃え盛る炎とそれを見るヴォータンの気持ちが劇場の舞台そのままを彷彿とさせた。また、「ジークフリートの鍛冶の歌」でのハンマーの音を包み込む緊張感、ジークフリートがさすらい人の剣を叩き割ってしまう時の描写などなど、音楽的時間に我を忘れるほどだった。
 歌手は、ワーグナー歌手としてすでに成功を収めているケーラー(ブリュンヒルデ)、グールド(ジークフリート)、コニエチュニー(アルベリヒ/ヴォータン/グンター)を招聘していた。彼らの声量、表現力、演技力に圧倒された。特に一人三役のコニエチュニーは三役それぞれの特徴を巧みに歌い分け、演じ分け、またオケから浮かび上がるような歌唱は絶賛されるべきものだった。彼らに劣らず妻屋(ハーゲン)も高橋(ミーメ)も声がよく通り個性的だった。ラインの乙女の3人はコニエチュニー(アルベリヒ)が登場すると、その存在に圧倒されてしまったが、それでも重唱ではきれいな響きを聴かせてくれた。
 ワーグナーの響きが強く体に残ったまま帰路に着こうとした時、後ろから会話が聞こえてきた。「(ストーリーは)よく分からなかったけど、良かったね」と。確かにストーリーはプログラム・ノートに詳細に書かれていた。さらに字幕も付いていた。しかし、「ニーベルングの指環」全曲をよほどよく聴いている人でないかぎり、ハイライト上演でストーリーを追うのは難しかっただろう。字幕を付けることには賛否があると思う。細かな字幕より簡単な解説を流す方がよかったかもしれない。(石多正男)

CONCERT Review

飯野明日香「新たな出会い」
(サントリー芸術財団佐治敬三賞 推薦コンサート)

第1部「エラールの旅」第2回
A.ベルク:ピアノソナタ / L.ベリオ:「6つのアンコール」より「大気のピアノ」他 / T.ミュライユ:別離の鐘、微笑み~オリヴィエ・メシアンの思い出に / 新実徳英:ロンターノ C. ~尺八とピアノのための(委嘱作品・世界初演)
第2部 和の歌(全曲委嘱新作世界初演)
狭間美帆:コラール「からたちの花」メロディーによる / 篠田昌伸:ゲートキーパー / 鈴木純明:いそいそパラフレーズ / 小出稚子:うさぎのダンス / 川島素晴:白河踊りメタモルフォーゼ / 金子仁美:日本の唱歌「雪」による変奏曲 / 法倉雅紀:茜草指(あかねさす)第3番-独奏ピアノのための / 川上統:夕空の泉に / 山田武彦:七里ヶ浜の哀歌(真白き富士の嶺)による変奏曲 / 平川加恵:ずいずいFantasy

5月22日(土) サントリー・ホール(ブルーローズ)

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 非常に説得力のある充実した演奏会だった。演奏会を開催するにあたって、主催者や演奏家はプログラムの選曲、そしてそれをどう構成するかに工夫を凝らす。ドイツ・フランスの20世紀の難曲に日本人作曲家による11曲の世界初演を加えたこの日のプログラムに飯野の自信が見事に表れていたと思う。第1部は1867年製のフランス・エラールのピアノを使って(これはサントリー・ホール所有)、まずは20世紀の一般的には難解だと思われている作品が演奏された。とはいえ、ベルクのピアノソナタではそこにはっきりストーリーを感じさせてくれた。19世紀のエラールのピアノの音は乾いた少々固い感じがしたが、ベルク自身がこのようなピアノで作品を書いていたのかと思うと、むしろモダンピアノの演奏よりもいいのではないかと感じた。ベリオでは水や大気などの自然の描写にふさわしい雰囲気が醸し出されていた。ミュライユではメシアンの響きをそのまま楽しめた。これらは、いずれも難曲であるが、そうは感じさせず、むしろ深く、味わいある演奏を聴かせてくれた。快い印象すら受けた。新実の新作では、尺八とのアンサンブルとしてはエラールのピアノの方がモダンピアノよりも合っているのではないかと思った。ピアノの冒頭の同音連打では1音1音がはっきりと、意志をもって打楽器のように演奏され、それがロンターノ(鹿)のC(遠音)の空気感をうまく表現していた。尺八の息の音一つ一つがそれぞれ意味を感じさせ、ピアノと非常にいいバランスだった。曲全体にもう少しメロディアスな部分があってもいいのではないかとも思ったが。
 第2部では、モダンピアノにより日本歌曲に基づく10曲が初演された。さまざまな曲想の曲が続くにもかかわらず、最後まで弾き通した飯野の力には頭が下がる。飯野のリズム感、ジャズ的な表現は素晴らしかった。また、ユーモアも交え、シリアスな世界の緊張感あふれる表現など、とにかく楽しめた。狭間「からたちの花」は歌のメロディーが後半になるほどよく分かった。通常の変奏曲とは違う面白さがあった。篠田「ゲートキーパー」は第2部の中でも秀逸した作品であり、演奏だった。それまで以上にモダンピアノの響き、音量がホール全体を快く包み込んでいた。飯野のダイナミックで圧倒的な表現に聴き惚れた。鈴木「いそいそパラフレーズ」は元になった歌曲「お菓子と娘」を筆者があまり知らなかったためか、メロディーを追うことに必死になってしまった。小出「うさぎのダンス」は楽しかった。ぴょんぴょん・キョロキョロ、うさぎのかわいい動きが絵を見るようだった。飯野のユーモアの表現も最高。川島「白河踊りメタモルフォーゼ」はシリアスな曲想。戊辰戦争の死者の弔いを描いているが、ピアノが和楽器の響きを随所に感じさせ、興味深かった。金子「雪による変奏曲」は第2部10曲の中でもっとも古典的と言える変奏曲だった。プログラム・ノートによれば二次元の旋律を雪や霰が舞っては落ちる三次元モデルとして作曲されたという。変奏曲なので飯野は表現にかなり苦労したのではなかろうか。法倉「茜草指(あかねさす)」は万葉集に由来し、「さくらさくら」の旋律などが使われていた。ピアノから非常に幻想的な雰囲気が醸し出され、いい作品だと思った。川上「夕空の泉に」は10曲の中でもっとも理解しやすい曲だった。「夕焼小焼」の旋律は我々の心にストレートに訴えかけた。山田「七里ヶ浜の哀歌による変奏曲」も切なく深い感情を込めて演奏された。心が熱くなった。最後の平川「ずいずいFantasy」では、誰もが知る「ずいずいずっころばし」の単純な旋律に対し物悲しい和声の対比が印象的だった。雄大さをも感じさせるピアノの豊かな響きに、やはり感動した。飯野はこれだけの曲を弾き切ったのである。あらためて大きな拍手を送りたい。(石多正男)