ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
第357回定期演奏会

 

ベートーヴェン:「献堂式」序曲 作品124
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番(ピアノ独奏:小林愛実)
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」
指揮: 高関健

1月28日(土)東京オペラシティ コンサートホール

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©StasLevshin
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©Makoto Nakagawa

 大オーケストラを聴きに行ったが、同時に細やかな表現にも感動した演奏会だった。高関の勤勉ぶりには脱帽だ。「英雄の生涯」は中学の頃からスコアを見て勉強していたというが、それでもそのスコアは19世紀末のもっとも複雑で難解なものの一つだ。それを細部まで読み込んで表現に成功している。素晴らしいの一語に尽きる。
 「献堂式」序曲はあまり演奏されない曲だが、劇音楽の序曲として聴いていると劇のさまざまな場面が想像でき楽しかった。後半の主題がさまざまに重なる綾の表現は面白かった。プログラム最後の「英雄の生涯」はR.シュトラウスの交響詩で多用される指導動機が次々に演奏される。そのそれぞれの性格付けが明確で、それらが主人公となって繰り広げられる物語は楽しかった。プレトークで高関が、「みなさんにはオケでここまでこんな音が出せるのかと思ってもらう」という趣旨のことを言っていたが、その通りだった。特に第4部の「英雄の戦場」では誰もが興奮させられ時間を忘れた。金管の特にホルンやトランペットのトップは文句なしだったが、実は弱音で聴衆を引き付けたティンパニも最高だった。妻を描いたヴァイオリン独奏(コンサートマスター:戸澤哲夫)の音の美しさ、表現の華麗さもよかった。
 この批評はもちろん、演奏会の全曲を聴いた後に書いている。最後のシュトラウスの印象が強く残っているのは当然なのだが、実は、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番は別の意味で非常に強く印象に残っている。古典的な小規模の曲という印象が残ったのだが、繊細で精緻、見事なアンサンブルが聴衆を魅了した演奏だった。独奏が圧倒する演奏ではない、しかし、どんどん引き込まれる。ベートーヴェンの書きっぷりがいいのだろうが、特に第3楽章では、オケの各楽器の旋律がはっきり聞き取れ、それとピアノとのとめどなく続く楽しい会話が快かった。小林のピアノは音もきれいだし、粒もそろっていて文句なし。それに合わせる高関のうまさが光った。とにかく面白かった。楽しめた。(石多正男)

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
第72回ティアラこうとう定期演奏会

 

バルトーク:弦楽のためのディヴェルティメント
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467(ピアノ独奏:佐川 和冴)
ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調 作品68
指揮:高関健

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©上野隆文
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©TAKUMI JUN

 ハンガリーのバルトークが1939年に書いた作品。ということは、第2次世界大戦が起きた年である。ハンガリーを含むドイツ・オーストリア系諸国は明らかに疲弊していた。それは芸術活動全般にも影響を与える。ディヴェルティメント(もともとお遊びのバックミュージック的な気軽で楽しい曲想を持つ)という言葉に惑わされてしまうが、この作品はその時代を反映していて暗い、苦しい。演奏はそういった側面をも的確に表現していたと思う。第3楽章が特に説得力があった。各ソロと合奏との掛け合いをはじめ、弦楽器のさまざまな奏法が当時の人々の気持ちを表現していたように思う。
 モーツァルトのピアノ協奏曲はロマン派以降の作品に比べると、音の数は少なく、したがって華やかでゴージャスな感じは与えられない。聴衆は繊細で品のよい演奏を期待してしまう。ところが佐川はガンガン弾きまくっていた。25歳だ。その気持ちが聴衆にまっすぐに伝わってきた。特にカデンツァがよかった。これはモーツァルトまでは即興で演奏された部分。それをベートーヴェンは許さず、楽譜に書いてしまった。今の演奏家の多くは即興せずにあらかじめ書かれたカデンツァを弾くことが多い。だから、その演奏の魅力が少なくなっている。ところが、佐川はカデンツァでも本来の即興の魅力を思い出させてくれた。まったく自由にピアノを弾くことが至上の喜びとばかりに弾いていた。アンコールでもJ.シュトラウスのウィンナ・ワルツをパラフレーズした曲を弾いたが、これも即興なのではないかと思うほど楽しかった(実はグリュンフェルト作曲)。なお、高関の協奏曲の伴奏者としての指揮ぶりは言うまでもなく「うまい!」と聴衆をうならせた。
 ドヴォルザークの冒頭、チェロの演奏が始まった途端、音が豊かに深みを帯びているのに驚いた。実は、チェロにホルンとクラリネットがユニゾンで加わっていた。前半に弦だけのバルトークを聴いていただけに、その落差に驚いた。管楽器が加わるとこれほど違うのか。やはり生のオケはいい。この交響曲はさまざまな主題がさまざまな楽器で演奏されるが、それぞれに魅了された。ヴァイオリン独奏の聴衆を引き付ける美しさ、フルートの艶があり輝かしい音などは素晴らしかった。クラリネットやオーボエの独奏もよかったし、ティンパニは大活躍だった。オケ全体もピアニシモからフォルティッシモまで幅広い強弱と多彩な響き、表情の変化など聴衆の心を掴んで離さなかった。素晴らしいひと時だった。
(石多正男)

CONCERT Review

カール=ハインツ・シュッツ(フルート)&
吉野直子(ハープ)
デュオ・リサイタル

 

J.S.バッハ:フルート・ソナタ ト短調 BWV1020
R.シュトラウス:歌曲「響き!」「明日」「セレナーデ」
モーツァルト:アンダンテ ハ長調 K.315
ロータ:フルートとハープのためのソナタ
ピアソラ:『タンゴの歴史』よりボルデル1900、カフェ1930
フォーレ:『ペレアスとメリザンド』よりシシリエンヌ
フォーレ:ファンタジー
ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女
チャイコフスキー:『エフゲニー・オネーギン』よりレンスキーのアリア
ビゼー:『アルルの女』よりメヌエット
ボルヌ:カルメン幻想曲

2023年2月7日 東京文化会館 小ホール

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ウィーン・フィル首席フルートのカール=ハインツ・シュッツと、ハープの吉野直子のデュオを聴く。2人は、作曲家の作り上げた繊細な音楽表現と躍動感の織りなす綾を浮き彫りにし、聴き手を魅了した。

シュッツは、これまでのフルートのイメージを大きく変え、類い稀な世界を築く。それは、大音量を良しとするフルートの表現を塗り替え、弱音を大切にし、息遣いの美しさを磨く芸術の世界といえるだろう。

吉野の指先から流れ出る旋律と、シュッツの真綿のような音色が絡み合う。チェンバロのやや乾いた響きと対照的な、温かみあるハープの音色が絶妙な音を生み出す。両者の特徴は、バッハのソナタでト短調のドラマティックな性格を浮き彫りにする一方、第2楽章アダージョで聴かせたシュッツの幽けき音色に全身鳥肌が立つ。リヒャルト・シュトラウスの「明日」に至っては、官能的な吉野のハープの響きとシュッツの息の長い旋律線の絡みが魅せる。

シュッツが示した特徴はもう一つある。それはインターナショナルな音楽とは対極の、地方色にリスペクトする世界である。上で見た息遣いを、ピアソラ「タンゴの歴史」の持つリズム感、間の取り方でも駆使する芸術性。これも貴重な方法論だろう。

そうして振り返ってみると、ピアノではなく、ハープとデュオする意味合いも深まる。近代ハープの熟成はフランスのエスプリの賜物。吉野の奏でるハープに載せて、フォーレ「シシリエンヌ」「ファンタジー」、ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」の色彩感と、シュッツの追求する音楽がラテンの、自由で軽妙洒脱な表現に今もっとも肌が合う。フランスからスペインのイベリア、⾳楽的にはビゼー「アルルの女」のメヌエット、ボルヌ「カルメン幻想曲」など、柔らかな物腰と強烈な息遣いに、吉野とシュッツは人間味あふれた音の世界を見出し、聴衆の心を鷲掴みにした。(宮沢昭男)