ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Classic Review

- 最新号 -

CONCERT Review

カナディアン・ブラス
バッハ:トッカータとフーガ ニ短調
J.レノン/P.マッカートニー:ペニー・レイン
L.バーンスタイン:「ウェスト・サイド・ストーリー」より
S.コンパネック編:トリビュート・トゥ・ザ・バレエ 他

10月28日 渋谷区文化総合センター大和田さくらホール

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 満席に近い客席の多くを若い高校生が占めていた。クラシックの演奏会では白髪が目立つ近年だが、この日は若い聴衆の心を掴む一つのあり方を教えてもらった気がした。彼らにはもうクラシックもジャズもラテンも、そんな区別はないだろう。生き生きとした音楽があればいい。トランペット2本、ホルン、トロンボーン、チューバ各1本の5人の演奏。このブラス・クインテットはクラシックの弦楽四重奏にも比べられるほどの完璧な編成と言える。ただ、そういった室内楽的な堅苦しさをまったく感じさせない。冒頭、後期ルネサンス音楽の穏やかな響きがホール中に満ち、温かい雰囲気に包みこまれた。曲間にたどたどしくも楽しいトークを入れ、動き回り、バレエのような演技すら加えた演奏スタイルが聴衆を惹きつける。難しさをまったく感じさせない軽々とした演奏、しかも音が非常に艶やかで綺麗。トランペットは曲によって持ち替えがあり、特にピッコロ・トランペットの演奏は見事だった。後半の最初にプログラムにはなかったモーツァルトのトルコ行進曲が演奏されたが、そのトランペットの華麗だったこと。チューバのデーレンバックは舞台上を縦横に歩き回り、跳ねたり倒れたり、楽器を回転させながら吹き続けるという離れ業。ホルンは、アンコールの「熊蜂は飛ぶ」の冒頭で蜂の飛ぶ様子をブーンと音で描き、その多彩な表現力の一端を聴かせてくれた。全員がエンターテインメントに徹している感があった。とはいえ、それは完璧な技術に裏打ちされたものだった。(石多正男)

CONCERT Review

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第320回定期演奏会
ストラヴィンスキー「詩編交響曲」
武満徹「弦楽のためのレクイエム」
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「ベトルーシュカ」(1947年版)
指揮:高関健 ピアノ:野田清隆
合唱:東京シティ・フィル・コーア

11月16日 東京オペラシティ コンサートホール

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 この夜のプログラムは、弦だけの厳しくも美しい曲想の武満を挟んで、最初と最後に多彩でダイナミックなオーケストラの響きを楽しませてくれるストラヴィンスキーを置くという非常に興味をそそるものだった。冒頭の「詩編交響曲」からオーケストレーションの面白さを味わった。ヴァイオリンやヴィオラは使われず、その代わりにピアノが2台入る。当然のごとく響きに大きな変化が生まれる。またフルートが5本のアンサンブルはそこだけ取れば室内楽的な楽しみ方ができた。チューバやハープも入り、ティンパニはいつものように説得力があり、どこもかしこも素晴らしかった。もちろん、それに合唱。弱音の表現に特に説得力があった。全曲は静かな祈りの印象を受ける作品だが、音色の移ろいに心を奪われた人も多かったのではなかろうか。
 武満の名作では弦楽合奏だけの渋く味わい深い表現に感服した。管楽器他が入ると色がついてしまう。それがない単色系。しかし、ヴァイオリンのソロが醸し出す悲哀、そして合奏の重厚さは抜群。まさに「レクイエム」だった。武満が表現したかったこと、伝えたかったことが十分に理解できた気がした。オケのメンバーの精神的な統一を生み出していた高関は素晴らしい。
 高関の才能は、もちろん「ペトルーシュカ」で最大限に発揮されたと言える。フル・オーケストラの間からさまざまなソロが聞える。それらすべてが一つの大きな流れの中で有機的に統一されていた。各楽器の受け渡しにスキがないと言ったらいいのだろうか。また、さまざまな楽器が一つになった時、例えば、ティンパニと他の管楽器の打音が完全に一致した時、その魅力だけでも身体は快さに震えた。高関がプレトークで、難しいので振り間違えたらお許しくださいと言っていたが、彼の棒の振り方とそこから出る音を比べるのも楽しかった。舞台には100人以上乗っていたと思われるが、高関の彼らの心から音楽までを見事に掌握する姿に、時間を忘れ、魅了された。これらは生の演奏を見て聴いてはじめて分かることだが、音楽は聴覚だけでなく視覚や触覚でも感じ取るものだと痛感した。(石多正男)

CONCERT Review

ボーイト/歌劇『メフィストーフェレ』(演奏会形式)
バッティストーニ&東京フィルほか

11月18日 オーチャードホール

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指揮:アンドレア・バッティストーニ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
メフィストーフェレ (バス): マルコ・スポッティ
ファウスト (テノール): アントネッロ・パロンビ
マルゲリータ/エレーナ (ソプラノ): マリア・テレ-ザ・レーヴァ
マルタ/パンターリス(メゾ・ソプラノ):清水華澄
ヴァグネル/ネレーオ(テノール):与儀 巧
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団(児童合唱指揮:掛江みどり)他

 ボーイト『メフィストーフェレ』を指揮するのは今回が初めてというバッティストーニ。子供時代から親しみ大好きなオペラだと言うだけあり、情熱的な指揮と持ち前のカリスマ的統率力でオーケストラ・ソリスト・合唱を束ね、名演を聴かせた。
 三人の重要な主役の一人、ジャンルーカ・テッラノーヴァ(テノール、ファウスト役)が急病のため休場、公演に影響するのではと危ぶまれたが、代役のアントネッロ・パロンビが素晴らしい出来栄えで救世主となった。バッティストーニが言う「リリックであると同時にオーケストラに負けない声の強さ、ドラマティックな表現も必要」という要件を見事に満たした。
 マルゲリータ役マリア・テレ-ザ・レーヴァはさらに素晴らしい。マルゲリータが牢屋の中の場面で歌う「あの夜、海の底で」を魂が震えるようなドラマティックな歌唱で聴かせ、休憩後は美女エレナ役で「静止した月が天空を照らす」を一転優雅な歌唱で披露、一人二役を完璧にこなした。彼女の潤いがあり伸びやかな声は本当に魅力的だ。
 バス歌手として負担が大きいメフィストーフェレ役のマルコ・スポッティも安定しており、バッティストーニの信頼に応えたが、パロンビとレーヴァの圧倒的な歌唱に押され、ブラヴォが少なかったのは気の毒だった。深い表現力を持つ歌手であることは間違いない。
 バッティストーニの指揮は、プロローグとエピローグのオーケストラと合唱部分では盛り上げ過ぎ、燃え過ぎで、例えばプロローグ最後はマーラー「復活」の最後を思わせ、エピローグ最後は度を越したのではないかと不安になるほど、煽り立てた。その結果、『メフィストーフェレ』が持つ高貴な感情、宗教的な雰囲気に齟齬をきたすという面があったことは否めない。ただこうした熱狂的な指揮はバッティストーニの持ち味であり、これなしではバッティストーニではないとも言える。熱狂が良い方に出たのが第2幕第2場<魔女の夜会>。ベルリオーズに影響を受けたボーイトの面目躍如のオーケストレーションがほどこされた「地獄の狂騒とフーガ」におけるバッティストーニの切れ味のいい指揮、東京フィルの熱演はけだし聴きものだった。
 演奏会形式だが、舞台奥にスクリーンを設けシンボル的なイラストなどを上映、黙役の修道士や鬼火が客席に登場するという演出は、バッティストーニのこれまでの演奏会形式で見られたもの。オペラとして楽しむためにこれらの演出は効果的だった。(長谷川京介)