ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Popular Review

- 最新号 -

ALBUM Review

Marina Pacowski
INNER URGE

Summit Records DCD807

 マリーナ・パコウスキーは、フランス出身のクラシックから出発したピアニスト、ジャズ・シンガー、女優としてもマルチに活躍するアーティスト。幼少からクラシック・ピアノを勉強し、同時にエラ・フィッツジェラルドの歌を聞いて一緒に歌うのが大好きだったという。欧州各地で活躍の後、2017年からロスアンジェルスに渡り、当地に落ち着いて活動している。本アルバムは、彼女のデビュー作で地元の代表的なミュージッシャン達との幾つかのセッションから成っている。ジョッシュ・ネルソン(p)ジョン・クレイトン(b)ロイ・マッカ―ディ(ds)にジョエル・フラーム(ts)が加わるジョー・ヘンダーソン作の「Inner Urge」では、全編、スキャットで少女っぽい甲高い声の器楽的アプローチで伴奏陣と渡り合い特異な歌に吃驚させられる。2曲目のクレア・フィッシャーの「Pensativa」, 3曲目の自作のフランス語で歌うマイルスの「Solar」と続き、スタンダードの「My Foolish Heart」は、ピアノのジョン・メイヤーとのデュオで聞かせる。彼女が良くライヴを一緒にやっているアラン・ゴールドマンの9人編成のG-Jammersとも「East Of The Sun」を歌う。フランス語で歌う「What Are You Doing The Rest Of Your life」は、ジョッシュ・ネルソンンのピアノとのデュオだ。ジョッシュ・ネルソンのピアノは、随所で光っている。フランス語と云えば、この歌、「La Vie En Rose」は、マーク・マッセイのピアノとノーラン・シャヒードのフリューゲル・ホーンだけをバックにしっとり歌う。全13曲のヴァラェティの富んだ内容だ。多くの曲でセカンド・コーラスは、お得意のスキャットでインプロヴィスしている。これがデビュー作とは思えぬ異色の才能のアーティストの出現だ。彼女の声に違和感を覚える人もいるかもしれないが、ライヴの生で聞くと彼女の魅力をもっと身近に感じるかもしれない。一度生で聞きたくなる様なアーティストだ。(高田敬三)

ALBUM Review

Mary Foster Conklin
These Precious Days

Free Flying FFPC002

 メアリー・フォスター・コンクリンは、ニューヨークでジャズ・シンガー、ラジオ・ホストとして活躍するアーティスト。2016年以来、「A Broad Spectrum~the Ladies of Jazz」というラジオ・ショウで主に女性の作詞、作曲家の歌を紹介してきている。本アルバムは、彼女の1998年のデビュー・アルバム「Crazy Eyes」以来、5枚目の作品になる。今回もメリッサ・マンチェスタ―、キャロル・べイヤー・セィガーの「Come In From The Rain」やバリー・マン、シンシア・ウエイルの「Just A Little Lovin‘」等女性の書いた歌を中心に歌っている。最初のガーシュインの有名な曲と同じタイトルのレナード・コーエン、シャロン・ロビンソンの「Summertime」、サイモン・ウォレス、フラン・ランデスマンの「Scars」,メルバ・リストンとアビー・リンカーンの「Rainbow」等あまり聞かない歌も取り上げている。アレンジとピアノは、ジョン・ディ・マルチーノで、ヴァイオリンのサラ・カスケルと彼女のトリオにギターのグイヘルム・モンテイロ、パーカッションのサミュエル・トレスが加わる。ジョンの控え目なピアノも良いが、彼のアレンジも素晴らしく、ヴァイオリンが大変効果的だ。タイトルは、「September Song」から取っているが、この曲は、2018年に亡くなった彼女の父親を偲ぶものだという。奇麗なコントラルト・ヴォイスで歌を丁寧に包み込むように歌う大変魅力的なアルバムだ。(高田敬三)

ALBUM Review

リトル・パティ
「すてきなマイ・ボーイ~豪州アイドルNo.1! リトル・パティ・ベスト」

ODR-7218(オールデイズ レコード)

 当時のポップス・ファンで今でも彼女の名前を覚えている人がどれほどいるのだろうかとは思うが、1966年の8月末~9月にかけて米軍キャンプへの出演の傍らプロモーションと日本でのレコーディングも兼ねて来日した豪州(オーストラリア)出身の小柄なティーンエイジ・シンガー、その名もリトル・パティ。17歳。
 本国ではすでに人気スターだったがこちらでは全く無名。しかし、本邦デビュー曲「すてきなマイ・ボーイ」(東芝音工)は「ゴールデン・ヒット・パレード」(ラジオ関東)で9月にベスト10に入り、「9500万人のポピュラー・リクエスト」(文化放送)でも同年10月に最高8位を記録するなど来日のおかげもあり、それなりの成果を上げることになった。
 続いて日本独自のシングルが2枚「小さな恋人/黄色いレモン」(同年11月)「ベイビー・ベイビー/小さい花びら」(1967年1月)が出されたが、実は今となってはかなり貴重な楽曲で4曲とも日本制作。作者も凄かった。
 「小さな恋人」は作曲が弾厚作(パティと同じく東芝音工所属の加山雄三)で作詞は岩谷時子(「君といつまでも」等の黄金コンビ!)。「黄色いレモン」は作曲が筒美京平(当時のクレジットは訳ありで「すぎやまこういち」名義)で作詞がデビュー間もない頃の橋本淳。藤浩一(のち「およげ!たいやきくん」を出す子門真人)や望月浩など多くの歌手による競作で話題になったが事実上、筒美京平の作曲家デビュー作となった作品である。
 「ベイビー・ベイビー」は英語詞(レイ・ニューマン)で、作曲は竹田由彦(田村エミやGSのピーコックス等にも曲を提供)。「小さい花びら」の作曲は売れっ子の中島安敏(エミー・ジャクソンやスプートニクス等)で作詞が売り出し中のなかにし礼という布陣。
 今回の本邦初ベスト盤(当時、こちらではシングル3枚のみでアルバムの発売はナシ)にはこれらの楽曲もすべて収録。加えてパティの本国での初々しいシングル楽曲もピック・アップして全20曲。世界の何処にもない日本のみの格別な編集盤である。
 本名パトリシア・アンフレット(1949年3月17日生まれ)はその後、豪州を代表するエンタテイナーとして成長するが、この少女時代の音源を聴けば単なるアイドルで終わらなかったことが納得出来るだろう。ちなみに1980年代~1990年代にかけて英米でもブレイクしたバンド、ディヴァイナルズ(1991年「アイ・タッチ・マイセルフ」米4位、英10位)の紅一点クリッシー・アンフレット(2013年に53歳で逝去)はリトル・パティの従妹である。
(上柴とおる)

ALBUM Review

ボブ・ディラン「流行歌集」

SICP-31623~4(ソニー・ミュージックエンタテインメント)

 コロナ禍に見舞われて2020年4月の来日公演が中止になって以来、3年の歳月を経てようやく実現するという2023年4月の‘出直し’公演(つまり来日は7年ぶり)。前回も来日記念として日本独自企画の2枚組「日本のシングル集」(31曲)が出されたが、今回もまた新たに2枚組のベスト盤(36曲)が用意された。原題(英題)はごく普通に「The Essential Bob Dylan」だが‘邦題’は「流行歌集」。ジャケットも前回同様に‘浮世絵風’。
 ちなみにこの再度の浮世絵風というのは前回のジャケットを気に入ったディラン・サイドからの要望で『ゴッホが模写した事でも知られる歌川広重の名所江戸百景からの一枚「大はしあたけの夕立」を活かし、隅田川にかかる「大はし」をはげしい雨が降る中、番傘をさしたボブ・ディランとスーズ・ロトロが橋の中ほどで立ち止まり、川の流れを見つめている』というもの(発売元の案内より)。
 そのうちこれまでのアルバム全部のジャケットが浮世絵風に変えられるかも(んなワケないけど見てみたい♪)。総収録時間が160分で税込3000円(2020年の「日本のシングル集」は4180円)とはこの値上げばかりのご時世には思い切った価格設定かと。しかし来日公演の木戸銭は(以下略)。
 「風に吹かれて」から始まる内容は「そうそう、これが入ってなくてはねぇ♪」という定番中の定番ばかり(特にDisc 1)。ほぼリアルタイムでディランの曲に接しては来たものの詳しくはない当方も納得、かつ安心出来る癒し?の選曲。
 しかしこの純和風ジャケット、誰かがマネしそうな予感がするのは当方だけか?(たぶんそうでしょ)。(上柴とおる)

BOOK Review

近田春夫著「グループサウンズ」

(文春新書)ISBN978-4-16-661381-6

 リアル・タイムでGS時代を経験した当方としては「やられてしまったなぁ」という悔しさを内に秘めながらも「よくぞやってくれた」と推奨せざるを得ない1冊。「ありそうでなかった真の‘GS研究書’」でしょ、これは。
 書名の「グループサウンズ」とはあまりにも直球でストレートだが(おんなじか!?)まさにそう言うしかないのがこの本。例えば、近田さんによるとGSの起点はサベージの「いつまでもいつまでも」(1966年)とのことで「なるほどそうか♪」と(当時、近田さんは高1、当方は中3)。あれやこれやと同意・共感・納得させられることばかりなのはミュージシャンでプロデューサーでもある近田さんの実体験に基づく視点からの確かな分析・解析力によるもので‘後追い世代’には絶対不可能と思わざるを得ない。
 GSと言えば重箱の隅つつきのようなマイナーなバンドの掘り起こしが優先されて来たようにも思えるのだが(CDの編集盤等においても)今回の本は当時の‘流行歌’(邦・洋含めて)を普通に聴いていた人たちなら誰もがその名を(大ヒット曲ともども)知る有名なバンドのみをピック・アップしてその歴史的な経緯・背景や音楽的、業界的な側面からも当時のGSブームの実体をあぶり出そうと試みている。
 本の構成者(GSブーム終焉後の1971年生まれ)からの質問に答えて行くというスタイルでしゃべり言葉で書かれているので読み易く親しみやすい(240ページ足らずの新書版ゆえにコンパクト)。
 加えて近田さんが瞳みのるさん(1946年生まれ:タイガース)やエディ藩さん(1947年生まれ:ゴールデン・カップス)と3人で当時の‘実態’について座談するページ(めちゃくちゃ興味深い♪)やGS時代にも活躍した作曲家・鈴木邦彦さんとの対談も非常に有意義♪
 ちなみにタイガースのTV初出演(1966年11月22日)を近田さんも当方もリアルタイムで視聴していて、しかも彼らが演奏した曲がポール・リヴィア&ザ・レイダーズの「キックス」(1966年:米4位)だったことに感銘を受けたという体験を共有していることがわかったことも個人的には大きな‘収穫’だった♪ (上柴とおる)

LIVE Review

「絶滅動物記」第71章

2月26日 代々木・バーバラ

 あまりにも独創的な音楽を展開し続ける“マリア観音”の定期ライヴに足を運んだ。今回は大和田千弘(アコースティック・ピアノ)、吉田隆一(バリトンサックス、バスフルート)、佐山智英(ドラムス)からなるユニット“烏頭(うず)”との対バン。2つの楽器が有する倍音をすべてさらけだすかのような勢いで吹奏に臨む吉田、調律の甘さすら結果として表現の味方につけてしまったといっていいであろう大和田のドラマティックな音の選択、二人のフレーズを注意深く聴きながら多彩なスティック・ワーク(とくに左手のキメ細かなグリップは絶品)で煽り立てる佐山、三者一体となって「GAMAN」「附子」「Isakower Phenomenon」等を届けた。セットチェンジ後、いよいよマリア観音の登場。いつものオルガン系に替わってアコースティック・ピアノを多用したサウンドは新鮮そのもの、烏頭にもインスパイアされたのか、フリー・ジャズ~インプロ風味を大きく持ち込んでの堂々たる50数分だ。木幡東介が尺八を吹き、深みのある声も響かせる「五色沼」、さらに「蛇竜氾濫」、“奴隷根性の解毒”をテーマのひとつにする「病床」と続け、ラストの数十分は名曲「川鼠」に費やされた。晴れた日曜の真昼間、執拗に繰り返される“飲めないか”というフレーズに戦慄した。(原田和典)

MOVIE Review

映画『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』

ブレット・モーゲン監督・脚本・編集
3月24日よりIMAX® / Dolby Atmos 同時公開

 2018年にブルックリン美術館まで見に行った展示会「デヴィッド・ボウイ・イズ」、あのときに得た感動を思い出した。デヴィッド・ボウイ財団初の公式認定ドキュメンタリー作品とのことだが、「いちアーティストの出生から終りまで」を順序だてて紹介しているわけではない。ナレーションも、生き残ったひとの「あの時の彼はこうでした」的な説明も一切なし。さまざまなところに残されていたボウイの声だけを拾い上げて、それを数多くのフッテージと共に、テンポよく紹介する。時代もカテゴリーも飛び越えて、デヴィッド・ボウイというファンタジーの中に丸ごと放り込まれているような気持ちよさが2時間十数分つづくといえばいいだろうか。もちろん「スターマン」、「スペース・オディティ」、「ヒーローズ」、「レッツ・ダンス」などの楽曲もたっぷり。ギター奏者ミック・ロンソンの姿に胸がときめいたり、キーボード奏者マイク・ガーソンの名脇役ぶりに「いつになったら過小評価が正されるのだろう」と思ったり、ボウイの「俺はどうしても売れ線のメインストリームのものよりも、先鋭的なほうに向かってしまうんだ」という発言に“なるほど”と思ったり。なんだかいちいちいろんなところが琴線に触れてきて、胸がいっぱいになってしまう。ラスト・シーンも本当に洒落ている。「粋な別れをしようぜ」と歌ったのは石原裕次郎だが、ボウイこそ粋のチャンピオンだ。(原田和典)

■公式サイト:http://dbmd.jp/
■Twitter&Instagram:@DBMD_JP

監督・脚本・編集・製作:ブレット・モーゲン『くたばれ!ハリウッド』
『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』
音楽:トニー・ヴィスコンティ
(デヴィッド・ボウイ、T・REX、THE YELLOW MONKEYなど)
音響:ポール・マッセイ『ボヘミアン・ラプソディ』『007 ノータイム・トゥ・ダイ』
出演:デヴィッド・ボウイ
2022年/ドイツ・アメリカ/カラー/スコープサイズ/英語/
原題:MOONAGE DAYDREAM/135分/字幕:石田泰子/字幕監修:大鷹俊一
配給:パルコ ユニバーサル映画 宣伝:スキップ
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