ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
ミュージック・ペンクラブ・ジャパン

Popular Review

- 最新号 -

ALBUM Review

Hyeonseon Baek
LONGING

You&Me Music

 ニューヨークで活躍する33歳の韓国のジャズ・シンガー、ソング・ライター、ヘンソン・ベックのデビュー・アルバム。彼の目指すところは、文化的、年代的境界を乗り越えてジャズにもっと幅広く若い世代にアピールするようなモダンなアプローチで取り組む事だと云っている。伴奏メンバーは、ケヴィン・へィス(p)、リンダ・メイ・ハン・オー(b)ジョーチェン・ルーカート(ds)ルーカス・ピノ(ts)と息の合った仲間だ。デューク・エリントンの「Caravan」から始まり、ジョー・ヘンダーソンの「Black Narcissus 」、チャーリー・ミンガスの「Duke Ellington’sSound Of Jazz」、ビリー・ストレイホーンの「Lush Life」、ジミーロウルズの曲「The Peacocks」にノーマ・ウインストンが詞を付けた 「The Timeless Place」、ホーレス・シルヴァーの「Peace」と6曲の渋目のジャズ・ナンバーに加えて4曲のオリジナルを柔らかいテナー・ヴォイスで巧みなスキャットなども交え歌う。声の質は全く違うがマーク・マーフィーを思い出させる。自作の「West 4th St.」は、韓国語と英語のヴァージョンと二回歌っているところなども注目したい。今後の活躍を大いに期待したいアーティストだ。(高田敬三)

ALBUM Review

Melinda Rose&Frenchy Romero
I'M ON MY WAY

Melidarosemusic.com/Melinda-Frenchy

 ヴォーカリスト、メリンダ・ローズとピアニストのフレンチイ・ロメロは、ジャズを通じての高校生時代から12年以上の仲間だという。マイアミで育った二人は、近郊のジャム・セッションで知り合い、後に共にUS アーミー・バンドに所属、デュオを組んだりして活躍していた。本アルバムは、彼女達のデビュー作で全10曲中4曲は、メリンダのオリジナルで彼女の歌作りの才能を見せる。原曲と同じようにゆっくりとしたテンポで歌うスティービー・ワンダーの「If It’s Magic」、そして、息の合った歌とピアノの白熱のやりとりを展開する「It Could Happen To You」等3曲は、デュオで、後は、ヴィンス・デュポン(b)、マット・ウイルソン(ds)が参加してその中2曲ではサマー・カマーゴがトランペットを吹いている。メリンダもフレンチィもヒスパニック系なので、フランス原曲のルグランの「Once Upon a Summertime」は、スペイン語で歌っている。明るく楽しんでいるようなメリンダの歌に力強いタッチでパーカッシヴなフレンチィのピアノが絡んで二人ならではの世界を作り上げている。(高田敬三)

ALBUM Review

Veronica Thomas
THEY SAY IT'S WONDERFUL

Nica Carrington Productions

 ヴェロニカ・トーマスは、ニューヨーク在住の若手シンガー。父親がジャズ愛好家だった関係で幼い頃からジャズに接して歌っていたという。2002年にコロナ禍で世界が止まってしまったような状況の中、歌手、ピアニスト、作詞、作曲家のジョン・プルーがやっているオンラインのレッスンを受けたことが契機で初アルバムのバラード集の「Time Like These」を変名の二カ・カーリントンの名前で録音した。オンラインの録音ではなく、彼女がジョン・プルーのいるロスアンジェルスへ飛び、ジョンが、探してくれた、ベースのチャック・バーゴファー、ドラムスのジョー・ラバーベラのという超一流のトリオと録音して好評を得たものだった。今回のアルバムは、彼女の第2作目の作品になる。本格歌手を目指すという意味で名前も本名のヴェロニカ・トーマスで録音している。編曲とピアノは、前と同じジョン・プルーにマイク・ガ―ローラのベース、ケヴィン・ヴァン・デン・エルゼンのドラムスに今回は曲によりサックスとフルートのボブ・シェパードが加わるカルテットと共演で、ジョンのオリジナル一曲の他「If I Were A Bell」、「Speak Low」、「Sleepin’ Bee」等映画で使われたスタンダード・ナンバーを11曲、お得意のバラードを中心に、今回は、スインガーも含めて奇麗な声で心地よく歌う。明瞭な発音で歌詞をしっかり伝えてくれる。聞き心地の良いアルバムだ。ラストの「Two For The Road」は、歌うジョン・プルーとのデュエットも聞かせる。(高田敬三)

ALBUM Review

マイ・ソングス/野力奏一

Noriki Music NMSC1003

 野力奏一のソロ・ピアノ・シリーズの第3弾。野力のピアノは、いつ聴いても新鮮で新しく美しい。17歳という若さで日本ジャズ界に彗星のように現れ、デビュー50周年。今日に至るまで、輝きを放ち続けてきた。野力は、京都生まれ。幼少よりクラシック・ピアノを学んだ。高校二年生(17歳)の夏、京都JAZZの最高峰、ベラミ・オールスターズ(ビッグバンド)のピアニストに抜擢される。19歳の時、名シンガー、由紀さおりが出演し、「私のバンドに入らない」と誘われるほどのセンスを持っていた。同年、由紀のバンドには入らなったが、上京した。ほどなくして、ジョージ川口とビッグ・フォアのメンバーとなった。野力は、瞬く間に東京のジャズ界で有名になり、ファーストコール・ミュージシャンとなった。1986年からは、渡辺貞夫のバンドに参加し、10年間ぐらい在籍して、渡辺に可愛がられた。
 さて、本作『マイ・ソングス』には、野力が20代の頃住んでいた下北沢で、よく聴いていた曲の数々、特に野力が尊敬するピアニストたちのオリジナル、師匠、渡辺貞夫の代表曲、そして野力の優れたオリジナル(4曲)などで構成されている。趣味の良い選曲、曲順、魅力的な演奏、NYスタインウェイの抜群のピアノ音には、大変好感を持った。また、ソニー・ミュージックスタジオの鈴木浩二のマスタリングによる高音質SACD(ハイブリッド)なので、ものすごく良い音になっている。この完成度は立派であり、多くのジャズ・ファンに、愛される作品になったと高評価したい。
 1曲目の「マイ・ソング」は、キース・ジャレットの『マイ・ソング』(1977年)のタイトル曲。野力は、テーマを繊細にリリカルに奏でる。なんと美しい演奏だろう。「マイ・ディア・ライフ」(1977年)は、誰もが知る渡辺貞夫の名曲。野力の在籍時には、いつもステージの最後に演奏された。シンプルなメロディを野力が心を込めて愛奏する。心が暖かくなるような名演である。「クリスタル・サイレンス」は、チック・コリアが『リターン・トゥ・フォーエバー』(1972年)に収録した美旋律曲。筆者は、チックとゲイリー・バートンのDUO演奏が忘れられない。野力が静寂の中で奏でる珠玉の演奏は、涙が出るほど美しい。「バタフライ」は、ハービー・ハンコックのアルバム『スラスト』(1974年)の収録曲。ハービーの人気バンド、ヘッド・ハンターズが演奏していたナンバー。そう言えば、今年ヘッド・ハンターズ結成50周年で、8月14日にLAのハリウッドボウルにて、彼らの記念演奏があった。野力の「バタフライ」のソロ演奏は、大変な驚きである。スゴいと思う。本家ヘッド・ハンターズの音楽を彩る当時のサイケデリックな表現やカラフルな装飾を大胆に削ぎ落し、「ピアノ・ソロのジャズ」というミニマムなスタイルで楽曲のエッセンスを抽出し再構築する。この思いがけない解釈は、とても斬新だ。「バタフライ」の曲の良さが改めてわかった。野力の即興演奏にも味がある。本作『マイ・ソングス』には、ハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレット、渡辺貞夫の最良の形(1970年代)が残されている。
 野力のオリジナルも、大きな聴きどころである。「ソング・フォー・能登」は、本年元旦に起きた「能登半島地震」を知り、被災された方々へ想いを込めて書いた曲 。切ないメロディに、癒しと希望が感じられる。「(ハル)~そして出逢いへ~」は、森田芳光監督の映画『(ハル)』(1996年)の主題歌。今でも世界中で大きな評価をされている名作だが、野力が作曲した曲も素晴らしい。「風町」は、森田芳光監督の映画『キッチン』の挿入歌。新たなスタートを切る主人公二人を祝う気分の曲である。野力の明るいピアノが心地良い。「Prayers For Peace」は、ロシアのウクライナ侵攻(900日以上続いている)の不条理をきっかけに書いた曲。平和への願いを込めて、野力が真剣に演奏している。心に沁みる音がする。(高木信哉)

MOVIE Review

映画「aespa: MY First page」

8月30日より上映

 2年連続で東京ドーム公演をおこなった4人組、aespa(エスパ)の軌跡を追った映画。2020年11月17日という、パンデミック下での、実になんとも微妙なタイミングでのデビューとなったが、あっという間に話題の的となり、アメリカではコーチェラ・フェス出演のほか単独公演でも大成功を収め、老舗ワーナー・レコードともパートナーシップ契約を結んでいる。「向かうところ敵なし」の印象を強く与えるaespaだが、この映画では当然ながら、その背後で限りなく流されたであろう「血と汗と涙」についても触れられており、それが内容に「起承転結感」を強く与えている。東方神起やSUPER JUNIORら先輩たちが登場しているところも見逃せない。初ワールドツアー『SYNK:HYPER LINE』のソウル公演が、やはり大きな目玉シーンとなろうが、それも、いずれは、彼女たちにとって、「はじめの一歩」に過ぎなくなるのだろう。どこまでサクセス・ストーリーを更新していくのか、さらに今後の活動を見届けたくなること必至の一作だ。(原田和典)
 
タイトル :『aespa: MY First page』
公開表記:8月30日(金) TOHOシネマズ日比谷ほか3週間限定上映
クレジット:©2024 SM ENTERTAINMENT CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
配   給:日活/KDDI

MOVIE Review

映画「セッションマン:ニッキー・ホプキンズ ローリング・ストーンズに愛された男」

9月6日より上映

 彼が入ると音楽が一層ふくらんで、かぐわしくなる。そんな存在がニッキー・ホプキンズではなかろうか。ローリング・ストーンズ、ザ・ビートルズ、ザ・フー、ザ・キンクス、ジェフ・ベックをはじめとする無数のバンドやミュージシャンのセッションに、黄金の鍵盤さばきで彩りを添えた。個人的には『レヴォリューショナリー・ピアノ』や『夢みる人』などのソロ・アルバムも忘れ難い。この映画はホプキンズ生前のインタビューや演奏映像、共演ミュージシャンの回想などを基に、バイオグラフィも大まかな形ではあるがたどれるという優れもの。絶賛しきりのコメントがありすぎのようにも感じられたが、あれほどまでに弾きこなせたミュージシャンなのだから、それも納得だ。ドラッグ禍と闘っていた彼にチック・コリアが救いの手をさしのべたというエピソードも感動的だった。(原田和典)

©THE SESSION MAN LIMITED 2024

MOVIE Review

映画「ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?」

9月27日より上映

 「そうだったのか!」、「知らなかった!」、「なんということだろう!」。ドキドキハラハラした。ブラッド・スウェット&ティアーズについて私が説明すべきことはなにもない。要するにかっこいい音を出す集団だ。名曲満載のセカンド・アルバム『血と汗と涙』の大ヒットで人気絶頂の1970年、彼らはアメリカ国務省主催のツアーで東ヨーロッパに赴いた。私など「国務省ツアーなど50年代にルイ・アームストロングやディジー・ガレスピーなどジャズメンがやっていたじゃないか」と思う側なのだが、やはりそれが「ロック(=若者のカウンター・カルチャー)」であり、時代が「1970年」であるとなると風の吹き方が変わってくる。しかも当時のアメリカ大統領はニクソンだ。この先はもう書かないが、現存メンバーの回想に漂う「やっかいなことに巻き込まれちまったんだよなあ」感は半端ではない。映画の中には、制作されたもののお蔵入り同然になったというドキュメンタリー・フィルムからの場面も登場。熱の入ったライヴ・パフォーマンスは、70年当時のブラッド・スウェット&ティアーズがいかにすさまじい存在であったかを、ありありと伝えてやまない。(原田和典)