ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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Popular Review

- 最新号 -

ALBUM Review

Judy Whitmore
COME FLY WITH ME

Arden House Music

 祖父がジュデイ・ガーランドの友人だった関係でジュデイと云う名前を貰い少女時代からハリウッドで歌っていたジュデイ・ウィットモアは、20歳で結婚、子供を育てるために環境の良いコロラド州アスペンに移り小説家、舞台のプロデューサー、臨床心理学者そしてコマーシャル・ジェット・パイロットの資格も取り各分野で忙しく活躍して来た。ジャズ、キャバレー・シンガーとしても2018年にロスで舞台にもどり音楽活動も再開する。本アルバムは、2023年の「Can’t We Be Friends」に続く3枚目のアルバムでサミー・カーンとジミー・ヴァンヒューゼンの「It’s Nice To Go Travelling」から始まりでジェット・パイロットらしく「Come Fly with Me」と 同じチームの作品に続きとヴィクター・ヤングとハロルド・アダムソンの「Around the World」まで12曲の旅を主題にしたスタンダード・ナンバーをクリス・ウォルデンのアレンジとプロデュース、ジョシュ・ネルソン(p)を中心にしたビッグ・バンドをバックに歌う。完璧なピッチ、見事な表現力で歌の内容を明るく伝えてくれる。何でも出来てしまう感じの、一度、生で聞いてみたい天才的パーフォーマーだ。(高田敬三)

ALBUM Review

Mark Winkler
THE RULES DON’T APPLY

Café Pacific Records CPCD 6021

 今年の誕生日で75歳になるシンガー、ソングライターのマーク・ウインクラーの2022年に発表した話題の前作「Late Blooming Jazz Man」に続く、21作目となる本作品は、ロレイン・フェザーが2018年の彼女の「Math Camp」の中で紹介した、「やりたいことを始めるのに歳は関係ない」といった内容の彼女とエディー・アーキンス作の曲をタイトルに持ってきたアルバムで、脂が乗り切っている感じの彼の最近の活躍を見事に表しているようだ。ロスで活躍する総勢16人のミュージッシャンから成るトリオから11人編成まで五つのグループ、5人のアレンジャーによる全13曲は、8曲がマーク自身の書いたナンバーで残りの5曲は、ポール・サイモン、レノンとマッカーシー、エディ―・アーキンスとロレイン・フェザー、ドナルド・フェイゲン、ランディ・ニューマンの作詞したナンバーをカヴァーしている。ちょっぴり皮肉も込めたユーモアがある、彼の鋭い現代感覚の歌は、ライザ・ミネリ、ダイアン・リーブス、シェリル・ベンティ―ン、クレア・マーチン等など多くのコンテンポラリーなシンガー達がアルバムの中で取り上げている。益々幅広く奥深く活躍のマーク・ウインクラー、次は、どんなことをやるだろうか、とジャズ・AORファンは、目が離せない。(高田敬三)

ALBUM Review

ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・フレディ・スコット
フレディ・スコット

BSMF-7714(BSMFレコーズ)

 1960年代~1970年代にかけて活躍したR&Bシンガー、フレディ・スコット。ベスト盤の類はこれまでにもいくつか出ているが、今回の編集盤はレア音源も含む26曲入り究極のベスト盤と言える内容である。
 元々はキャロル・キングらと共に‘ブリル・ビルディング’でソング・ライターとしても活動していたが‘仲間内’のジェリー・ゴーフィン&キャロル・キングが書いた「ヘイ・ガール」を歌うや大ヒットを記録(1963年:10位/R&B部門10位)。歌手として躍り出ることになった。
 この曲の印象もあってR&B以外のポップス・ファンの間でも知られているが、楽曲の魅力も多彩で時にはブルージーだったり、シャウト&ワイルドで熱かったりも。
 レイ・チャールズ、ドリフターズ、ソロモン・バーク、トミー・ジェイムス&ションデルズ、ヴァン・モリソン、ボブ・ディラン、そしてミュージカル・ナンバーとカヴァー曲のレパートリーも幅広い。スタンダード・ナンバーを歌った時期もあるほど。
 またゴーフィン&キングの他にヴァン・マッコイ、バート・バーンズ、ジェフ・バリー、ケニー・ギャンブル&レオン・ハフなど作者陣にも錚々たる顔ぶれが並んでおり(フレディの自作もあり)1曲、1曲がそれぞれのタッチで仕上げられていて興味を引く。
 HOT100に6曲、R&B部門には9曲を送り込んだフレディ・スコット。今回収録されたのは8つのレーベルからのシングル曲を中心に貴重な未発表音源も含む全26曲。企画・編集を手掛けたのは豪州(オーストラリア)の復刻専門レーベル、Playback(いかにもそれ風の名称)。
 以前からかなりのこだわりを見せるマニアックな選曲や解説書の内容等でその筋では知られるが、今回の英文ブックレットには米盤シングルや各アルバムのジャケットのみならず、何と日本盤シングルのジャケットも3枚掲載されるほどの凝りようも見せている(うち2枚は国内配給のBSMFレコーズを通して当方が提供。曲解説など日本語でのライナーノーツも担当)。
 こういったことはめったにないケースであり、充実した音源の数々と共に‘見て読んで楽しい’20ページにも及ぶブックレットのポイントも高い。(上柴とおる)

ALBUM Review

シェイキン・オール・オーバー 〜ゲス・フー(1965-1967)

ODR-7340(オールデイズ レコード)

 「アメリカン・ウーマン」(1970年5月に3週間全米No.1)の大ヒットで世界的にもブレイクを果たしたカナダ出身のロック・バンド、ゲス・フー。日本でもこの曲をきっかけに一気に知名度も上がったが、その前年からすでにその流れは出来上がっていた。
 「ジーズ・アイズ」(1969年:6位)を皮切りに、続く「ラーフィン」(同年:10位)とB面の「アンダン」もヒット(同年:22位)、そして「ノー・タイム」(1970年:5位)。
 ロック・サウンドというよりも洒落たセンスの品のあるキャッチーなポップ・ロックというか「アンダン」はアダルト・コンテンポラリー部門でも15位を記録するほど。この時期(当方は高3生)に聴き知ったゲス・フーの楽曲に憧れを抱き、調べるうちにここに至るまでの彼らにはさらに遡るべき歴史があることを知った。
 今回の編集盤はそんな時代の音源を25曲収めたもので、年代的には1965年~1967年。本国カナダではヒットを連発していたが、アメリカでHOT100に入ったのは彼らが世に出るきっかけとなった「シェイキン・オール・オーバー」(1965年:22位)のみ。日本で出たのもこのシングル1枚(しかも契約の関係で1年遅れて1966年に)で、カナダではチャド・アラン&ジ・エクスプレッションズというグループ名で活動していた時代(アメリカでは‘ゲス・フー’を併記)。1969年以降のイメ・チェン後のリード・ヴォーカルはバートン・カミングスだが、それ以前はバンドの創設者でもあるチャド・アラン(本名はアラン・コーベルだが大好きなフォーク歌手、チャド・ミッチェルのチャドを芸名に)。
 1966年にバートンが加入してヴォーカルもとるようになり、本国でもバンド名がゲス・フーに統一され、後にバックマン・ターナー・オーヴァードライヴを結成してさらなる大成功を収めるランディ・バックマンがバンドの要となって行く過程も順を追って伺い知れる。
 ロックン・ロール、ブリティッシュ・ビート、フォーク・ロック、ソフト・ロック、ガレージ・ロック。。。と色とりどりの要素が詰まっており、のちの彼らとはかなり趣が異なっているのだが、カーペンターズが1972年に取り上げて大ヒット(2位)させた「Hurting Each Other」(ゲス・フーは1965年にシングル発売)やビーチ・ボーイズに加入したばかりのブルース・ジョンストンが書いた知る人ぞ知る名バラード「Don’t Be Scared」(ブルース自身は1977年の初ソロ・アルバムで歌ったが最初に録音したのはゲス・フーで1965年のアルバムに収録)はとりわけ注目したいところ。
 また、同郷(カナダ出身)のニール・ヤングの作品でニールが所属するバッファロー・スプリングフィールドがファースト・アルバム(1966年)に収録した「Flying On The Ground Is Wrong」(ゲス・フーは1967年にシングル発売:ロンドンで録音)などもあり、「アメリカン・ウーマン」で頂点を極めたゲス・フーの日本ではほとんど知られていないアナザー・ストーリーもまたかなり興味深いことが改めて認識出来るだろう。(上柴とおる)

LIVE Review

音楽朗読劇『アメリカン・ラプソディ』

12月21日 座・高円寺

 男女による往復書簡の朗読(または歌唱)と、ピアニストの演奏でつづられる極上のひととき。斎藤憐・作、佐藤信・演出による座・高円寺の人気企画「ピアノと物語」が2023年も開催された。私はその中の、ジョージ・ガーシュウィンの生涯を、彼と交際していた作曲家ケイ・スウィフト(「ファイン・アンド・ダンディ」等の作者)と、ヴァイオリン奏者ヤッシャ・ハイフェッツ間の手紙のやりとりによって描いた「アメリカン・ラプソディ」に足を運んだのだが、これがめっぽう面白い。“大作曲家、偉大な芸術家ガーシュウィンのお姿を描く”というよりも、とことん人間臭く、不器用なところは思い切り不器用な男の姿が、島田歌穂と福井晶一による書簡の朗読からたちのぼってくる。こちらもしだいに「ああ、そんなに多情で、ドジなところもある男だったのか。なんだか親近感がわいてきたぞ」となるのだが、朗読のあと、島田や福井が、実に繊細にガーシュウィン・ナンバーを歌いあげると、「やっぱり不世出のメロディ・メイカーだ、途方もないや」という気分にさせられて、気がつくと、あっという間にエンディングに到達していた。残念ながら24年度の上演はないとのことだが、再演を心から望みたい。(原田和典)

写真:梁丞佑

MOVE Review

映画『ROLLING STONE ブライアン・ジョーンズの生と死 -』

監督;ダニー・ガルシア、1月27日から新宿K’s cinema 先行上映、全国順次公開

 ブライアン・ジョーンズはいうまでもなく初期ローリング・ストーンズのカギを握る人物だ。大のブルース・フリークであった青年時代を経て(加えてキャノンボール・アダレイのジャズも大好きだったという)、より広い視野で新たな音楽表現に取り組もうとしていた矢先に絶命した----私はそう捉えている。このドキュメンタリーは、『ナイトクラビング:マクシズ・カンザス・シティ』、『SAD VACATION ザ・ラスト・デイズ・オブ・シド&ナンシー』、『Looking for Johnny ジョニー・サンダースの軌跡』などを手掛けたダニー・ガルシアの監督作品。楽曲は出てこないものの、同じ時代を生きた現存人物への取材、歴史的な映像や記事の活用によって、取材対象をあざやかに照らし出す手法は今回も健在だ。短い生涯であり、特に最期が謎めいているので、どうしても「なぜ、どのように死んだか」「事故なのか他殺なのか」に関する割合が多いような気がするものの、私はこれを観てから初期ストーンズのモノラル盤を聴き返し、さらに“80代のロッカー像”を鮮やかに提示したストーンズの最新作『ハックニー・ダイアモンズ』を浴びて、「ああ、バンド・ライフというものは、なんと起伏に富んでいるものだろうか」と、唖然とさせられて今に至る。(原田和典)

©Chip Baker Films