Ado「WORLD TOUR 2025 "Hibana"」を拝見して
久道りょう
さいたまスーパーアリーナで開催されたAdoの「2025WORLD TOUR Hibana」を拝見した。
今回のライブを皮切りに、彼女は、この後、世界30ヶ国で開催されるワールドツアーに出かけ、観客動員数は50万人を予定されているとのこと。
既に香港など16ヶ国でSOLDOUTになっているというのだから、彼女の世界的人気の証明になっていると言っても過言ではない。
今回、彼女のステージを拝見して思ったのは、彼女がシルエットで歌うことの意味。
デビュー当初から、一貫して顔を見せないシルエットだけの存在。
Adoという名前からも彼女自身がステージ上の主役であるというよりは、あくまでも脇役。
狂言の脇役であるアドに由来するという名前の通り、音楽の世界を構成する1つの要素として、バーチャル映像の中で彼女は一体化する。
カラフルな文字や図柄が背景に飛び回る映像の世界の真ん中に檻に入った黒いシルエットの彼女。
顔はもちろんのこと、衣装もシルエットだけ。
全身が黒いシルエットの存在。
カラフルな色の世界の中に真っ黒なシルエットだけの姿と歌声。
これが、彼女の存在をさらに鮮明に強烈にしていく。
私は彼女のその姿を見ながら考えた。
もし、彼女が顔だけを隠していたらどうだっただろう。
顔を出さない歌手、顔だけマスクを被った歌手は他にもいる。
しかし、それだと、手足も衣装もリアルに私達の視界に入ってくる。
即ち、背景画像と同化しないのだ。
色のついた手足、衣装が揺れる度に、私達はリアル感を味わう。
しかし、黒いシルエットだけ。まるで影絵の人形を見ているようなその姿は、私達の想像の世界を邪魔しない。
リアルに彼女を感じるのは、彼女の歌声だけ。
これこそがまさに画面と一体化した存在。
バーチャルな世界の中に彼女は溶け込んでいく。
この非日常的な世界観が彼女の最大の魅力だと思った。
歌声は申し分ない。
安定感のある歌声は、それだけで多くの人を魅了する。
高音域の透明感の溢れるヘッドボイス、中音域の安定した芯のある響きのストレートボイス、そして、中・低音域に使われる偏平的に潰した濁声。
この3つの色彩の歌声を駆使して彼女は音楽の世界を作り上げる。
パワフルで情熱的。
そして、彼女の歌声と一体化した観客席からの掛け声。
バーチャルな映像の色彩に合わせた同色のペンライト。
これらの全てが一体化して、Adoのライブは成立しているのだ。
歌声とバーチャル映像を結びつけるのは、彼女のシルエット。
真っ黒なシルエットがまるで影絵の人形のように踊り舞っていく。
そんな世界観を作り上げる彼女のライブは、その空間そのものが現実味のないバーチャルな世界。
クローゼットの中で、ボーカロイドの音楽と共に、バーチャルな主人公達と共に歌っていた彼女。
クローゼットから飛び出した歌姫は、やはりバーチャルな世界に自分を置く。
それは、ひとりぼっちで、孤独で堪らなかったとき、唯一、彼女に寄り添い、彼女の心を慰め、彼女と共に存在した仲間であり、空間。
「日本の文化の良さを発信する」
「日本の良さを私が伝える」
彼女の一貫した主義主張は、如何にボカロ音楽という存在が、孤独を慰め、ひとりぼっちの寂しさを埋め、前を向く勇気を与え続けた存在だったかを証明している。
そして、それを生み出したのは、紛れもなく日本の文化であり、世界に数多くいるであろう、過去の彼女のような存在を、必ず慰め、勇気づけてくれる、と確信しているからに違いない。
先日、NHKミュージックスペシャルで特集されたAdo。
その番組に登場した世界中のファンのコメントが、まさにそれを物語っている。
ボカロ音楽の申し子とも言うべきAdoの担う役割は、決して小さくない。
そして、そんな彼女を生み出したのは、紛れもなく日本という国なのである。
彼女が2度目のワールドツアーを終えて、どんな成長を見せるのか楽しみで仕方ない。
11月のドーム公演でのパフォーマンスに期待している。