ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

玉置浩二『LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT2023』
”Navigatoria”

久道りょう

5月15日に大阪フェスティバルホールで開催された玉置浩二『LEGENDARY SYMPHONIC CONCERT2023』”Navigatoria”を拝見した。
彼の生歌を聴くのは、昨年11月の安全地帯40周年ライブ以来。
だが、私は彼のこのシンフォニックコンサートが一番好きである。
フルオーケストラの音響に負けない歌声を持ち、ソロ・コンサートが出来るのは日本でも限られた人と言えるだろう。
今回も彼の歌声を堪能できる一夜だった。

今回、彼の歌声を聴いていて思い浮かんだ言葉は、
『完成された芸術品』

玉置浩二の歌声はまさに芸術品だ。

張りのあるミックスボイスからベルディングボイス。
声の色が濃く、充実した響きのパワフルな歌声。
そうかと思えば、ファルセットの中でも芯のある細い淡い色彩の歌声。
この歌声の濃淡が実に素晴らしかった。

主に高音部に使われる彼のファルセットの歌声には彼独特の特徴がある。
それが一本の糸のような繊細さだ。

普通、多くの歌手の場合、ファルセットを使う歌声にありがちなのは、ハスキーな音色である。これは、それまでミックスボイスやベルティングボイスというパワフルで張りのある歌声を出すために分厚い響きを作ってきた声帯が、突然、高い音を出すために薄く声帯を伸縮させるための動きをすると、どうしても声帯周辺の筋肉に力が入り、伸縮が悪くなってしまう。または、声帯そのものの反応が遅れてしまう。その為に、どうしてもハスキーな響きになりがちなのである。
しかし、玉置浩二の場合は、その切り替えが見事なのだ。
まるで墨絵の世界のように、歌声の響きの濃淡がはっきりとしており、声が掠れたり、響きが詰まったりすることなく、パワフルな濃厚な歌声と淡麗で芯のある歌声のコントラストが描かれていく。
この歌声の切り替えだけでなく、今回、感じたのは彼のタンギングの見事さだった。

今回のセトリに組み込まれた『JUNK LAND』で聴かせた見事なタンギングの数々は、彼の歌のテクニックの高度さを見せつけられたような圧巻の歌唱だった。

タンギングというのは、言葉の子音の発音を言う。
日本語は、外国語のように子音と母音の区別がハッキリしない言語である。
その為、子音の発音の仕方によって、言葉が明瞭になる場合と不明瞭になる場合がある。
その発音やアクセントの付け方に、歌手の特徴が最も現れやすい部分でもある。

玉置浩二の場合は、この「言葉の明瞭さ」が見事なのである。
『JUNK LAND』の曲を知っている人ならわかると思うが、あの畳み掛けるような言葉と音符の羅列。速いテンポの上に並べられていく音と言葉の羅列を歌いこなすのには高度なテクニックを要する難曲でもある。
この難曲を彼は非常に明快な日本語と共に歌声を客席に届けてくるのである。それを聴くリスナー達の高揚感は、彼の歌声と共に身体ごと跳ね上がるのである。

そしてその後の『夏の終りのハーモニー』
会場の高揚感を一瞬にして静寂へと導くような静かで滑らかな歌声。
優しい美しい音色の数々は、彼がいかに音楽人として、歌というもの、音楽というものを愛しているか、愛し続けてきたか、ということを感じさせるのである。

アンコール曲の『田園』と『メロディー』は定番である。ベートーベンの交響曲『田園』から始まるアンコールの始まりは、シンフォニックコンサートならではのものであり、耳慣れた『田園』のメロディーがやがて彼の楽曲『田園』のイントロへと変わっていく様は見事である。

今回、私の横にはサラリーマン風の40代ぐらいのスーツ姿の体格のいい男性が一人で座っていた。
その彼が2部の始まりから何度もマスクの中に手を入れてゴソゴソと。
そのうち、カバンからタオルハンカチを取り出して、目元の涙を何度も拭く姿が見られた。

最後の曲は『メロディー』
いつもこの曲を聴くと、
ああ、この曲1曲を聴くだけでいい、と思えるほど、心が満たされる。

そんな私も、今年は初めて涙が滲んだ。

この時代に生まれ、彼の歌声を聴くことの出来る瞬間に立ち会える幸せを感じた夜だった。

◆物故者(音楽関連)敬称略

まとめ:上柴とおる

【2023年4月26日~2023年5月25日までの判明分】

・4/17:エイプリル・スティーヴンス(米歌手。兄妹デュオ、ニノ・テンポ&エイプリル・スティーヴンス)93歳・4/28:ティム・バックマン(バックマン・ターナー・オーヴァードライヴのギタリスト)71歳・5/01:ゴードン・ライトフット(カナダ出身のシンガー・ソング・ライター)84歳・5/03:リンダ・ルイス(英シンガー・ソング・ライター)72歳・5/05:岡野俊一(ポリドール→ユニバーサルミュージック→ワーナーミュージックジャパン→フリー音楽プロモーター。リチャード・カーペンターと親交)66歳・5/06:メナヘム・プレスラー(英国在住のピアニスト。20世紀を代表する室内楽団「ボザール・トリオ」の創設者)99歳・5/07:ショーン・キーン(ザ・チーフタンズのフィドル奏者)76歳・5/07:グレース・バンブリー(米メゾソプラノ歌手)86歳・5/08:ヒタ・リー(ブラジルの‘ロックの女王’)75歳・5/10:ロルフ・ハリス(オーストラリア出身のタレント。歌手。「悲しきカンガルー」1960年:英9位、1963年:米3位。「トゥー・リトル・ボーイズ」1969年:英No.1)93歳・5/12:菅原浩史(オペラ歌手。オペラユニット「THE LEGEND」メンバー)42歳・5/13:小西良太郎(元「スポニチ」音楽記者。同常務取締役。音楽プロデューサー。俳優)86歳・5/14:ジョン・ギブリン(ベーシスト。ロンドンでスタジオ・ミュージシャン。ジョン・レノン、ケイト・ブッシュ、フィル・コリンズ、ピーター・ガブリエルなど)71歳・5/16:レスター・スターリング(スカタライツのアルト・サックス奏者)87歳・5/19:アンディ・ルーク(英バンド、スミスの元ベーシスト)59歳・5/19:ピート・ブラウン(英シンガー・ソング・ライター。詩人。ザ・クリームの曲を数多く手掛けた)82歳・5/24:ティナ・ターナー(米R&B/ロック・シンガー)83歳・5/24:ビル・リー(ジャズ・ベーシスト。作曲家。映画監督スパイク・リーの父親)94歳