布施明『霧の摩周湖』(NHKうたコン)に見る奇跡の歌声
久道りょう
先日、NHK「うたコン」を拝見した。それに出演した布施明の歌声は、とても76歳とは思えないほど見事な歌声だった。
この日、彼が歌ったのは、MISIAの楽曲をカバーした『Everything』と『霧の摩周湖』の2曲。
『霧の摩周湖』は彼の代表曲の1つだ。
彼は、曲の冒頭でコンサートでしか聴かせないというアカペラのフレーズを熱唱。マイクを外した状態でも十分NHKホールの収音マイクで拾えるだけの歌声を披露した。
このことは、翌日、ずいぶんSNSで話題にもなっていたから、目にした人もいるかもしれない。
伸びやかな高音と豊かな声量は、76歳という年齢を全く感じさせなかった。
彼のステージは、昨年、実際に拝見したことがある。
2時間近いコンサートの最初から最後まで全く衰えを見せない豊かな声量に驚愕したことを覚えている。
76歳にもなる彼が、なぜ、このような歌声を維持できるのだろうか。
以前、NHKの「SONGS」でも話していたことがあるが、布施明は、2019年に喉にポリープがあることがわかった。
だが、ツアー中ということもあって、不調を抱えながらも発声を変えて歌うと、不思議なことにポリープが消失したと言う。
(https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202101/0014041604.shtml)
記事にもあるように彼は発声法を変えたのだ。
その発声法とは、イタリア歌曲に用いられる発声法で、おそらくベルカント唱法に近いものだったのではないかと考える。
なぜなら、ベルカント唱法は声帯に負担をかけない発声法の1つと言えるからだ。
彼の歌声を聴いていると、鼻腔に綺麗に響きが当たった歌い方をしている。
元々、地声と頭声の区別のつきにくい声質のように見受けられ、発声ポジションを変えることで喉の負担を減らしたのではないだろうか。
昨年のコンサートでも感じたが、年齢を感じさせない伸びやかで響きのいい歌声だ。
さらに体格からも感じるように、背筋、腹筋という歌に必要な体幹の部分の筋肉がしっかりしている。そのことによって、クラシック方式の歌い方が出来るのではないだろうか。
即ち、身体全体が1本の筒のようになっていて、その中をズドーンと息が通り抜けていくことで声帯が鳴り響く、という歌い方になっていると思われる。
それゆえ、NHKホールやフェスティバルホールのような場所でも、マイクを外して十分歌声を届けることができるだけの声量と響きを持っているのだ。
(このように背筋と腹筋をしっかり使って、歌声を息の力で身体の中を通して歌う方式を取っている歌手は、彼の他に玉置浩二がいる。玉置もその歌い方を民謡の師匠だった祖母に教わったと話している)
J-POP業界で60代以上のマイク無しで歌える歌手は、玉置浩二と彼だけだろう。玉置浩二は、彼よりも10歳下の66歳なのだから、いかに布施明が特別な存在であるかが分かる。
これだけの美声を維持するには、もちろん、喉の管理もさることながら、それだけではなく、体幹もしっかり鍛えていることが必要だ。
彼は、70代とは思えないほど、しっかりした分厚い胸板を持っており、その体幹が歌声を支えていると言えるだろう。
来年はデビュー60周年とのこと。
なかなか60周年を迎えることが出来る歌手は少なく、美声を保っている布施明は、それだけで奇跡の存在とも言える。
いつまでも歌い続けて欲しいと思う歌手の1人だ。