ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

進化する氷川きよし

松島 耒仁子(クニコ)

 氷川きよしがコロナ禍の中でも精力的にコンサート活動を続けている。
 ポップスアルバムの第二弾『You are you』を発売し、コンサートツアーを開催中だ。

 氷川きよしは、誰もが知る演歌の貴公子だ。22年前、彼は演歌界のプリンスとして彗星の如く現れ、デビュー曲『箱根八里の半次郎』や『きよしのズンドコ節』などの大ヒットを飛ばし、演歌の王道を順調に駆け上がって行った。
 伸びと張りのあるハイトーンボイスを武器に、彼の歌う演歌は、本格的な「ど演歌」から、軽めの「ポップス演歌」と言われるものまで、幅広い表現力を伴い、紅白歌合戦連続21回出場や、レコード大賞を始めとする数々の受賞歴は、彼が人気だけでなく実力も兼ね備えた演歌歌手であることを証明している。即ち、「氷川きよしと言えば演歌」「演歌のプリンスと言えば氷川きよし」というイメージが多くの人の中に浸透していた。
 しかし、今、彼のイメージは、演歌歌手という一つのカテゴリーに収めることが出来ないほどの転身を遂げている。

 演歌歌手としてのイメージを打ち破ったのは、『限界突破×サバイバー』

 アニメ『ドラゴンボール超』主題歌である同曲は2017年に発表されたが、この曲のコンサート映像の再生回数が10日で100万回を越え、Twitterトレンドでは日本1位、世界4位を獲得するなど大きな話題となった。
 今から思えば、この曲との出会いが彼の転換点になった可能性は大きい。

 氷川きよしが演歌以外のジャンル、それもロックをこれほど歌えるということが、多くの人が今まで抱いていた彼へのイメージを大きく変容させるには十分な出来事だったと思う。
 演歌歌手が、たまにポップスを歌うと非常に上手いと感じるのは、それだけ歌手としての基礎力をしっかり持っている人が多い証拠とも言え、ある意味、非常に新鮮に感じられる出来事でもある。しかし、彼の場合は、そんな突発的な出来事ではなく、十分に計算尽くされたものだったかもしれない。
 実際のところ、2019年9月に行われたバースデーコンサート以降、彼は、少しずつ少しずつ、自分のイメージを演歌一辺倒から、他ジャンルの曲も歌うアーティストへ転換させていったように思われるのだ。
 その中で発売されたのが、ポップスアルバムの『Papillon』であり、今回の『You are you』である。『Papillon』では多種多様な氷川きよし像を見せたが、配信コンサートも含めて、ポップスやロックというものに対する気負いのようなものを多少感じさせる部分があった。それは、新しいジャンルへの挑戦と新しい氷川きよしというイメージの構築に力を注いだことの現れだったかもしれない。それに対して、今回の『You are you』は非常にナチュラルで自然体の彼を感じさせる。
 「ありのままの自分を見せる」「自分は自分、ありのままでいい」というメッセージが伝わり、ポップスやロックというジャンルに対しての気負いが全くなくなった。彼の中で、長年慣れ親しんだ演歌は、氷川きよしという歌手を構成する一つのジャンルになり、ロックやポップスというジャンルと同列であることを示しているように思う。

 歌手にとってイメージを転換することは大きな勇気と決断とリスクを伴うものでもある。
 演歌の貴公子だった彼を息子か孫のように愛した年代のファン層の中には、彼の転身についていけないファンも少なくない。しかしその反面で、ビジュアルに気を配り、自分らしさを堂々と表現するようになった彼を魅力的に感じる層は確実に増えている。演歌というカテゴリーの殻から飛び出した氷川きよしという歌手の可能性は、大きく広がったと言えるだろう。
 今後、彼がさらにポップスやロックにあった表現方法や発声方法を身につけることで、どこまでも進化する可能性は大である。その可能性を支えているのは、数年前にポリーブの手術をして蘇った声帯の存在と言える。ポリープは歌手の職業病ともいうべきもので、40歳以降になると罹患する率が高くなる。この懸念を解消できたことも、彼の進化を支える大きな要因の一つになっていることは間違いない。
 今後、彼がどのような音楽を取り入れ、挑戦していくのか、非常に楽しみであり、彼の転身は多くの歌手に影響を与えていくに違いない。
 彼の引き出しから、どのようなイメージが飛び出し、どこへ向かっていくのか、期待を持って見守りたいと思う。