ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

ミュージック フロム ジャパン 2

森本 恭正

 ミュージック フロム ジャパン(以下MFJ)は、1975年に米国で産声を上げ、現在まで主にニューヨーク市で、ほぼ1年に1回のペースで、コンサートを開いている。今回そのMFJが北米音楽批評家協会と提携し、北米で活躍する音楽批評家10人と彼らが推薦する作曲家2名を連れて来日、「音楽による出会い 日本・米国・カナダ」と題して、コンサートとシンポジウムを開催した。筆者はこの批評家のうち5名にインタビューする機会を得た。先月に引き続き、今月はその二人目ジョアンナ・ケラー氏(ホプキンス・レヴュー、シラキュース大学教授)である。

Johanna Keller
Johanna Keller
 「殺人者の小説を書くからと言って、その為に人を殺す必要はないわけですよね?音楽評論を書くのに、演奏や作曲ができる必要がありますか」
 「ははは、素晴らしい質問だわ!確かに、私が教えているアーツ・ジャーナリズムのカリキュラムには、演奏や作曲も学べるプログラムがあります。何でも知らないより、知っていた方が良いから。しかし、実際に周りの評論家を見渡すと、優れた人たちの中にも、演奏や作曲が全くできない人と素晴らしくできる人が混在しています。両者の間に批評家としての優位な差はありません。要は、批評家はその演奏や芸術作品にいかに豊かに感応(fiel)できるかということだと思います。そして、なぜそのように私が感じたのか、若しくは感じなかったのかを書く。感じなかった場合は、演奏や作品が失敗しているのかもしれないし、私の方に問題があるのかもしれない。何故(why)自分は共感しなかったのか、その分析を書く。演奏や作品の良し悪しを採点するような記事は書きません」
 「唐突にお聞きしますが、あなたは全てAIによって書かれた作品にも感応しますか?生理的な拒絶感はありませんか?」
 「完全にコンピューターで制御された音楽といってもどこかに人間の指紋は残るでしょう?」
 「残らなかったら?」
 「(少し考えて)ちゃんと聴いてみなければわからないけれど、何かを感じ取ることができるかもしれない可能性を私は排除しません。現代音楽を恐れている人たちみたいに」
 「現代音楽を恐れている?」
 「そう、恐れている。あなたは作曲家でしたね」
 「ええ、でも誰も私の作品を恐れたりしませんよ。無視するだけです」
 「ははは、同じことね。現代音楽がわからないから無視するのです。あるいはわからないから、そのことを他のわかっているかもしれない人たちに悟られてしまうのが恐いから、無視する。現代音楽(new music)に関していえば、昨日のシンポジウムでの楢崎洋子(音楽学者)さんの基調講演は本当に素晴らしかったです」
 MFJ主催のシンポジウム2日目で、楢崎氏は、音楽におけるモダンとポストモダンの違いを端的に示した。即ち、モダンの時代では、未知なるものが尊いとされたのに対し、ポストモダンになると旋律やハーモニー等既知なるものにも、重要な価値が含まれていると認識されるようになった、と結論したのだ。その言葉は確かな実感を持って私の胸に響いた。モダンの時代の考え方を全否定する気はないが、何か新しい響き、組み合わせ、奏法、書法など、未知なるものを追い求め、それらの一つでも含まれていれば、思考停止的にそうした作品に価値を見出そうとする傾向が、数十年前の自分にはあったからだ。
 そして、このシンポジウムでは、一つ小さな波紋も起きた。
 その夜演奏された「New York Dance(紐育舞曲)」(山本裕之作曲)の作者に司会者が、この作品にとっての日本性(日本人性?)は何かと問うたのである。私は、その質問に少しく過剰に反応した。(当の山本氏は明確な回答を避けたように記憶している)
 創作者は、自分の意志で簡単に変えられない、性別とか国籍とか人種とかをもとに作品を評価されるべきではないと思う。その夜、フランスに留学したある作曲家が、師匠から君の作品からは日本的なものを全く感じられないといわれた例が紹介されたが、大きなお世話である。彼は日本文化を代表して、或いは代表しようとして作曲しているわけではないからだ。勿論日本と日本人であることに拘ってそれを基盤にして作品創造をする人もいるだろう。それは自由だ。が、日本人作曲家とみれば、そこに日本(人)らしさが存在する筈だと考えるのは、もうそろそろ終わりにしていただきたい偏見でしかない。このシンポジウムでもパネラーとして席についていたフランス系カナダ人で米国の大学で教えている招待作曲家のディ・カストリ氏に「アメリカの現代音楽とは何ですか」と、何度も司会者は尋ねていたが、困惑した彼女の最終的な回答は「一口には言えない(difficult to generalize)」だった。
 創作とは、すべて作者本人が自ら選び決断してゆくことである。そこに国とか性別とか人種とか、作者が自分で選べない物差しを持ってきて、そのスケールで創作者を批評するのは、フェアではない。
 東京でのコンサートのはじめ、このインタビューの相手ケラー教授が短い講演をもった。命題は又もや「アメリカの現代音楽では何がおきているのか」である。冒頭、彼女はにこやかにこう答えた。
 「それを答えるのは殆ど不可能です。今日の音楽は混沌として、多岐にわたり、実験的でそして、多面的な世界を形作っています」そして、この不可能な設問に対する答えとして、かろうじて彼女が用意したのは、4度審査員を務めたピューリッツァー賞の何人かの受賞者を紹介することだった。申し添えれば、ピュリッツァー賞の授賞対象になるのは米国人のみである。その中で、ケラー氏が紹介した2011年の受賞者ZHOU LONG氏の言葉が耳に残った。中国で学び文化大革命を経て北京で活動を開始し、その後米国に移住して再び米国で学び、「中国からの音楽Music From China」を創設し、米国市民権とったこの作曲家は、それでもこう宣言しているのだ。
 ―私は私を中国の作曲家ともアメリカの作曲家とも定義することはできない―

「人は音楽の世話になり 音楽によって創り直される」
ライ・クーダー

池野 徹

ライ・クーダー 映画「BUENA★ VISTA★ SOCIAL CLUB-Adios」を見た。2000年に公開されたこの映画に圧倒された想いが蘇り音楽の持つ感性が再び広がるのを押さえきれなかった。このキューバの「ソン」という音楽の日常性は現在世界の音楽性の組織化された世界への反省にも感じられる。ワールド・ミュジックのライ・クーダーがキューバで眠っていたミュージッシャンを揺り起こし表舞台へ登場させた。そしてカーネギーホールでの成功が彼等自身の生活も変えた。前回と同じく名匠ヴィム・ベンダース監督がそれから20年を生きて来たミュージッシャンに再び登場。その生き方を映画にした。1984年映画「Paris Texas」でヴィム・ベンダースが映画監督してライ・クーダーが音楽プロデュースしたことによるこのコンビは「BUENA★ VISTA★ SOCIAL CLUB-Adios」の作品で、音楽世界にさらに大きな広がりを残した。もちろんキューバの音楽の歴史とカルチュア、美しい風景。メンバーの子どもの頃の苦労とミュージッシャンとしての不遇時代から大成功の後の華々しい世界ツアーまで追いかける。そして高齢に達したコンパイ・セグンドやヴォーカルのイブライム・フェレール等々伝説のディーバ、オマーラ・ポルトウオンドの苦節から成功への生き方をドキュメントする。その背景にある音楽はキューバの「ソン」独特のリズムがあるが、何と哀しく、決してアクメに至らない静かで美しい。しかしその音楽が喜びに変わる音になる不思議な魅力を秘めている。ライ・クーダーのスライドギターもバックに流れている。ヴィム・ベンダースの映像は音楽を愛するメンバーの生き様を優しくドキュメントしている。唯一生きてるオマーラの歌声がこの映画のAdiosの意味を教えてくれる。「人の命は奪えても、歌声は奪えない」。

都内のミュージカル観てある記

本田悦久 (川上博)

ミュージカル観てある記 野口久光先生、風早美樹さん、草笛光子さん、筆者の4人で東京都内のミュージカルを3日間、観て歩くことになった。
 初日はこの作品を最後に取壊しとなると浅草国際劇場の第1回SKDミュージカル「カルメン」と「東京踊り」演出は山田洋次氏。藤川洋子 (カルメン)、春日宏美 (ホセ)、千羽ちどり (エスカミリオ)、小月冴子、千草かほる、沖千里、柳千恵子、月路奈見、富士輝子、鵬寿美、甲斐京子、高城美輝等の熱演が楽しい。「あたしも昔、あそこで踊っていたのよ」と草笛さん。
 2日目は池袋サンシャイン劇場の「キャリア・ガール」演出は三谷札二氏。出演は梓みちよ、愛川欽也、富松千代志、マッハ文朱、江崎英子、鶴間エリ、藤村泰介、キャリア・ガール4、WIZ、スーパー・スウェトの皆さん。
 3日目は「ラブ・トリック」 PARCO劇場 のオープニング・ナイトで、演出は福田善之氏。出演はGirl: ジュディ・オング、Boy:尾藤イサオ、Chorus: 石井千津子、井出智子、四葉寿和子、高橋りえ子、みなみりか、日野葉子、佐藤曜子の皆さん。
 終演後、いずみたくさん、朝倉攝さんが加わって、楽しいディナー・パーティとなった。

1979年2月23日記