最新号
追悼 ブライアン・ウィルソン 「音楽の夢の可能性を追い求めたひたむきな響きは、いまも色褪せない。」
北中正和(ポピュラー)
Brian Douglas Wilson
20th Jun 1942-11th Jun 2025
はじめてビーチ・ボーイズの音楽を聴いたのは、「9500万人のポピュラー・リクエスト」という番組だった。曲は「サーフィンUSA」だったと思う。
小島正雄さんが解説で、ビーチ・ボーイズについてだけでなく、サーフィンとは何ぞやという説明をしていた。いまとちがって日本でサーフィンする人がまだとても少なかったころだ。サーフィンの説明を聴いても、実感がわかなかったことは言うまでもない。
「リトル・ホンダ」がヒットしたときは、日本のホンダのバイクが好きだという歌、という説明を聴いて、ホンダに縁があるわけでもないのに、気持が少しあったかくなったことを覚えている。
そのころは能天気な、しかしときおりメランコリックな表情のコーラスが素晴らしいという印象しかなかった。そしてサイケデリックなロックが流行しはじめると、彼らの音楽がポップ過ぎて時代にそぐわない気がして、あまり聞かなくなつてしまった。
ブライアン・ウィルソンがビーチ・ボーイズの中心人物で、ビーチ・ボーイズのデリケートな部分を担っていたこと、曲作りのプレッシャーやら何やらで大変な精神状態に追い込まれていたことなどを知ったのはずっと後のことだ。
そんな時期を生き抜いたことに対する称賛や共感からだろう、ブライアンの音楽は過剰な思い入れをこめて評価されがちだ。それはそれでもっともなことだが、たとえそういう物語を知らなくても、彼の音楽を聴いていると、琴線にふれてくるものがある。音楽に偽りのなさを感じる。
カーラジオから流れてくるフォー・フレッシュメンを聞いて、兄弟やいとこと磨きをかけたコーラス。50年代のロックンロールや西海岸のサーフ・インストのエッセンスを汲む初期の演奏。フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドやサイケデリック・ロックの影響を受けた重厚な万華鏡サウンド……。どの時期でも、彼は音楽の夢の可能性をひたすら追い求めた。そのひたむきな響きはいまも色褪せない。
藤井風『Hachiko』に見る日本語と英語の歌声の違い
久道りょう
藤井風の新曲『Hachiko』は、全編英語詞の楽曲だ。
彼の英語曲と日本語曲との歌声の違いについて考えてみた。
多言語を歌う人にありがちなことだが、彼の日本語と英語の歌声の違いが明らかだ。
彼の今までの日本語曲の歌声の特徴は、バリトン(中声区)が主流。
歌声の色彩としては、響きが深く、音色も濃厚で、非常に上質のビブラートを持っている、というのが、魅力的。
最近のJ-POP界は、ハイトーンボイスが主流で、特に日本人はハイトーンボイスの少し細めの歌声を好む傾向にある為、その中で、彼は異質の存在と言えるだろう。
ハイトーンボイスに慣れた耳に、彼の中音域の濃厚な響きは非常に新鮮だったことが、老若男女、多くの人に好まれる要因の1つになっていると感じる。
この歌声に対し、今回の新曲『Hachiko』は全く違う音質になっている。
曲のメロディーラインは、それほど高いものではないのにも関わらず、彼の歌声は、いつものバリトンの深い響きは姿を消し、明るめの中声区が主流の歌声になっている。
このように歌声の響きが変わる原因について、分析してみた。
日本語は、実は、最も歌に向かない言語の1つと言われていることを知っているだろうか?
これは、私はクラシックの声楽の指導をイタリア語、ドイツ語、フランス語の3つで受けた経験の中で何度も留学経験のある指導教諭から聞かされた言葉でもある。また、海外で指導を受ける中で、ボイストレーナーから同様のことを言われた経験の人は少なくない。
その理由は、日本語という言語の構造にある。
日本語は、単純な5つの母音「あ、い、う、え、お」と子音の組み合わせによって成り立っている。欧米諸国やアジア圏の言語の多くのように、曖昧母音も持たなければ、子音で終わる言葉も持たない。
全ての言葉が、母音で終わるのが特徴。
また、縦に口を開く母音が多いのも1つの特色と言えるかもしれない。
これが日本語を歌うのに、歌手が最も苦労する点とも言われる。
なぜなら、フレーズの語尾の歌声の処理と収め方が難しいからだ。
これが日本語が歌に向かないと言語と言われる要因の1つであり、さらに、他の言語のように、単語に緩急や強弱を持たない平坦な言語であることも洋楽であるポップスにとってはリズムに乗せるのに苦労する点の1つと言えるかもしれない。
これらの日本語の特徴のため、多くの日本人は、発声に重要なポジションと言われる上顎の筋肉を使わずに一生を終えるとも言われている。
即ち、多くの人が下顎だけで言葉を発音しているのだ。
これは、日本人の特徴であり、口を大きく動かさないで、口の中だけで言葉を発音することや、顔の表情を殆ど崩さなくても話すことが出来る特徴の1つでもある。
このため、欧米人から見れば、日本人は無表情であり、のっぺりとした顔立に見える1つの要因にもなっている。
さらに上顎から鼻腔にかけての前上筋を使わない発音は、言葉を前に飛ばさない。そのため、同じアジア圏の中国人や韓国人に比べて、日本人の声が小さく聞こえるのは、彼らの言語もまた、欧米の言葉と同じように上顎を使って発音するためとも考えられている。
このような特色を持つ日本人が歌を歌うとき、非常に苦労するのは、発声ポジションの習得だ。
なぜなら、よく通る声を出すためには、上顎や鼻腔に響かせていかなければ遠く響いた声が出ないからとも言える。
そのため、歌手やアナウンサーなど「声」を職業とする人達は、普段多くの日本人が話している発声ポジションとは違う場所で発声することを覚えていく必要があり、その為の訓練をもちろん行なっている。
このように、言語が変われば自ずと発声ポジションも変わると考えるのが自然で、歌の場合、日本語の歌における発声ポジションと英語の歌の発声ポジションが明らかに違わなければ、正しい英語の発音にはならない。
藤井風の日本語の歌は、日本語の縦に開く言語の特色とも相まって、深く縦に響く音色が上質のビブラートを作り出していて、それが彼の歌声の1つの魅力になっている。
それに対し、英語の歌は、横に口を動かす言語、即ち、上唇を使う発音や上顎を使う発音が多くなり、日本語に比べて、正しく発音しようとすると、どうしての発声ポジションは上に上がり、さらに横の響きが主流になると考えられる。
特に、幼少期より、母国語のように英語に慣れ親しんで来た彼にとっては、英語の発音をする場合は、自然と発音ポジションが変わるのは、容易に想像がつく。
この為、彼の英語の歌声は、日本語の歌のように胸に深く響く歌声よりは、上顎から鼻腔への響きが主体的になり、顔の前面に響いてくる明るい声になると考えられる。
今回の楽曲『Hachiko』は、この彼の2つの歌声の対比を見事に映し出しているとも言える。
楽曲の構成としては、エフェクトされた歌声でメロディーに被さってくる「Doko ni iko Hachiko…」の声が深みのある歌声として漂い、楽曲全体が明るく軽い色調で浮き上がるのを留める重しの役目を果たしているようで非常に面白いと感じた。
曲全体の歌声の色調は、日本語の歌のような深みや甘さというものが影を潜め、その代わりにカラッとした明るさや軽さが響きの全面を覆っているという印象を持った。
今回の軽快な楽曲のリズム感や曲調にあった歌声ということが言えるだろう。
英語歌詞によるアルバムと言いながら、最初に公開された『Hachiko』は、東京の象徴的な場所とも言える。
英語歌詞と言いながらも、全面に流れてくるサビのフレーズは「Doko ni iko Hachiko…」(どこに行こうハチ公)と明らかに日本語であり、中毒性の高いメロディーが聞く人の耳の中にリフレインして日本語と共に刻み込まれていく。
きっと、忠犬ハチ公の物語と銅像は、あらためて、この楽曲と共に世界に広がっていくだろう。
日本の文化、日本の持つ風土感、日本の良さというものをさりげなく伝えるのが、如何にも彼らしく、また、現代のJ-POPらしいと感じさせた。
英語版のアルバムの他の楽曲がどのような色彩になっているのか、非常に興味深い。
NBAバレエ『海賊』を拝見して
久道りょう
6月1日に新国立劇場中劇場でNBAバレエカンパニー主催の『海賊』を拝見した。
日頃、私はJ-POPのライブが主体でバレエはあまり鑑賞しないのだが、娘が幼い頃から10年以上、クラシックバレエを習っていたこともあって、過去にはよく観に行ったものだった。
今回、拝見したのは、NBAバレエカンパニーという、埼玉県で1993年に発足した唯一のバレエ団とのこと。
NBAは、コロラドバレエ団プリンシパルとして活躍した久保紘一氏が芸術監督を務めるバレエ団で、年間を通じて首都圏での公演を主催、2014年に「ドラキュラ」を日本で初演以来、「海賊」や「白鳥の湖」、2021年のヨハン・コボー振付「シンデレラ」世界初演など、斬新な企画で精力的に活動を続けているバレエカンパニー。
また、毎年1月に「NBA全国バレエコンクール」を開催して、ローザンヌ国際バレエコンクールなどで優秀なバレリーナを数多く輩出しているという。(NBA HPからの抜粋)
今回の演目は、「海賊」
私はこの出し物をこれまで拝見したことがなかった。また、関東のバレエ団の公演も初見だった。
全くの素人である私が感想を述べるとしたら、バレエ界における地域差を歴然と感じた、ということなのかもしれない。
プリンシパルのレベルの高さはもちろんのこと、その他の役柄に於いても、当たり前のように高いレベルで踊る姿は、私の知っているバレエとは全く違うと思った。
それはテクニックもさることながら、特にビジュアル面で感じたのだった。
どんなに美しく的確に踊れたとしても、それは、やはりバレエという分野の特質上、視界から入ってくる印象は大きい。
手足が長く、スタイルも良いダンサー達の姿を拝見すると、やはり関東、首都圏で活躍出来るバレエダンサーは、それなりのビジュアルを備えていなければ難しいということを改めて感じた。
これが、地方のバレエ団との大きな違いである、と言えるかもしれない。
そういう点で、今回、主役の1人を務めた男性ソリストの刑部星矢という人は、その両方を確実に備えているダンサーだと感じた。なぜなら、それは彼が持って生まれた姿形が非常に恵まれていると思ったからだ。
180センチを超える身長と長い手足、小さな顔立ちを持つ彼は、松山バレエ団で森下洋子の相手役を4年半務めたダンサーだという。
彼の的確なテクニックは、今回の役であるパシャ・ザイードが敵対する海賊団のリーダー・コンラッドの恋人であるメドーラの美しさに心が奪われ、力づくで奪っていくという悪役の設定で、この役柄を実によく理解し、凝縮された場面の中で表現していたように感じた。また、彼だけでなく、ザイードに囲われていた奴隷ギュルナーレが重傷を負ったコンラッドを献身的に看病するという複雑な人間関係の物語の一端の中で、ギュルナーレ役の山田佳歩の可憐さと切なさ、そして強さを併せ持つ演技力と表現力が非常に印象に残った。
「海賊」は、幕開けの映像による海の描写など、リアルな演出方法が新鮮さを感じさせたし、出演者達の高い演技力と表現力のおかげで、終始、引き込まれるような舞台を味わうことが出来た。
日本は、音楽の世界だけでなくバレエなど、芸術分野に携わる人達にとって、食べていくのが非常に厳しい現状がある。
しかし、彼らが踏ん張り活動を続けていくことで、その次の世代が確実に育っていく。
開演前後のフロアに現れた出演者達とカメラを向ける多くの熱狂的なファンや次世代を担うであろう、幼いバレリーナの卵達の様子を拝見しながら、そんなことを思った。
コツコツ積み上げていくことの大切さ。
それが必ず大きな花を咲かせていく…
そんなことを感じた1日だった。
◆物故者(音楽関連)敬称略
まとめ:上柴とおる
【2025年5月下旬~2025年6月下旬までの判明分】
・4/16:久保浩(歌手。「霧の中の少女」など)78歳
・4/26:take4(作曲家。プロデューサー。NEWS、Kis-My-Ft2などへ楽曲提供)41歳
・5/22:ジェームズ・ロウ(エレクトリック・プルーンズのリード・シンガー)82歳
・5/24:三好伸一(元「東芝EMI」洋楽ディレクター。音楽プロデューサー)74歳
・5/25:サイモン・ハウス(英ロック・ミュージシャン。ヴァイオリン、キーボード担当。ソング・ライター。ホークウィンドやデヴィッド・ボウイのバンド等で活躍)76歳
・5/26:リック・デリンジャー(米ロック・ギタリスト。シンガー・ソング・ライター。プロデューサー。元マッコイズ、デリンジャー。エドガー・ウィンターやカーマイン・アピスらとも共演)77歳<ブログ追記>
★「何をさておいてもまずはマッコイズからでしょ~リック・デリンジャー」
https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1748525194
・5/28:アル・フォスター(米ドラマー。マイルス・デイヴィス、ハービー・ハンコック、ソニー・ロリンズ、ジョー・ヘンダーソンらと共演)82歳
・5/29:コール・ニコラス・マックナイト(ギタリスト。写真家。父はR&Bシンガー&ソング・ライターのブライアン・マックナイト)32歳
・5/30:西尾芳彦(作曲家。音楽プロデューサー。絢香「三日月」を作曲。YUI、絢香、家入レオ、玉城千春らをプロデュース)63歳
・5/30:今田勝(ジャズ・ピアニスト)93歳
・6/01:ペピー・ウィリー(米ミネアポリス出身のファンク~ソウルギタリスト。シンガー&ソング・ライター。プリンスの原点「94イースト」のリーダー)76歳
・6/02:コリン・ジャーウッド(英パンク・バンド、コンフリクトのヴォーカリスト)
・6/04:ニコール・クロワジール(フランスの歌手。映画「男と女」主題歌など)88歳
★「男と女」
https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1749113130
・6/05:ウェイン・ルイス(アトランティック・スター)68歳
・6/05:西村智彦(SING LIKE TALKINGのギタリスト)61歳
・6/08:アリエル・カルマ(フランスのアンビエント&エレクトロニック・ミュージックの作曲家。マルチ・インストゥルメンタリスト)78歳
・6/09:スライ・ストーン(スライ&ザ・ファミリー・ストーン)82歳
★「シルヴェスター‘スライ・ストーン’スチュワートの原点」
https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1749815007
・6/11:ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)82歳
・6/11:ダグラス・マッカーシー(ニッツァー・エブのヴォーカリスト)58歳
・6/17:アルフレッド・ブレンデル(チェコ出身の世界的なピアニスト。2009年「世界文化賞」受賞)94歳
・6/15:増位山太志郎(元大関。歌手)76歳
・6/18:ルー・クリスティ(米シンガー・ソング・ライター)82歳
★「わずか5万円の宣伝予算で30万枚の大ヒット:ルー・クリスティー『魔法』」
https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1750407263
・6/19:ジェームス・プライム(ディーコン・ブルーのキーボード奏者)64歳
・6/19:キャヴィン・ヤーブロウ(ヤーブロウ&ピープルズ)72歳
・6/20:パトリック・ウォールデン(元ベイビーシャンブルズのギタリスト)46歳
・6/23:ミック・ラルフス(モット・ザ・フープル~バッド・カンパニーのギタリスト)81歳
・6/24:ボビー・シャーマン(米シンガー。俳優。救急救命士~ロサンゼルス市警察官)81歳
★「ボビー・シャーマンは‘ティーンエイジ・アイドル’だったのか!?」
https://merurido.jp/magazine.php?magid=00012&msgid=00012-1750953156