ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
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エッセイ

最新号

三浦大知 「歌唱力の評価」

久道りょう

三浦大知が、昨年のレコード大賞最優秀歌唱賞を受賞した。
「最優秀歌唱賞」は、歌手であるなら一度は手にしたい賞の一つではないだろうか。
最優秀歌唱賞とは、多くの歌手の中で最も優れた歌を歌っているという歌唱力に対する評価の賞である。

この歌唱力というものは、アーティストの肝になる部分であり、歌手として非常に優れている、と認められたということになる。ある意味、レコード大賞よりも、歌手にとっては、自分の歌手としての実力を最高の形で認められたことになり、非常に価値のあるものと言える。

その賞は、三浦大知の歌った『燦燦』に与えられた。
優れたダンサーであり、優れたパフォーマンス力を持つ彼が、バラード曲である『燦燦』で歌の実力を認められたというところに、大きな意味があると感じる。

『燦燦』は彼が作詞した楽曲で、亡くなった彼の祖母を思って作った歌だという。
いつも彼に対して「大丈夫」という言葉と共に大きな安心を与えてくれていた存在である祖母は、この楽曲のジャケット写真に祖母の帯の柄を使うほど、彼の中で大切な存在として、今もなお生き続けているのがわかる。
その祖母への思いが、この歌を歌う彼の歌声を非常に素直で伸びやかに、そして優しい音色にしていく。それはまるで幼少期の彼を「大丈夫」という言葉で優しく包み込むかのように。

三浦大知は、近年、非常に歌が上手くなった。
その上手さは、『燦燦』のようなバラード曲で特に顕著だ。
しっかりとした芯のある歌声は、ふらつきもなく、非常に伸びやかだ。そして、どんな場所でもどんな場面でも、非常に安定した落ち着いた歌声を披露している。
歌声の響きの充実感が実に素晴らしい。

彼の楽曲を200曲以上、レビューしてきて思うのは、発声を変えてからの彼の進化だ。
特にコロナ禍の数年の進化は素晴らしく、彼がコロナ禍でも弛まず、自分の歌に向き合って精進し続けてきた結果が、この楽曲で一気に花開いた、という印象を持つ。
『燦燦』は三浦大知の代表曲になったのである。

これで彼はダンスチューンだけでなく、歌一本でも勝負できる歌手であることを内外に示した。今年のツアーが楽しみだ。
こんな仕事をしていると、ライブに行って疲れることもある。そんなとき、文句なく、心底、楽しめる空間をいつも提供してくる彼のライブは、私の唯一の癒しの時間でもある。

今年、また、三浦大知に会いに行こう。
心から笑顔になれる。
そんなアーティストの1人だ

郷ひろみ『50周年プレミアムコンサート
Special Version~50times50~』

久道りょう

12月26日、日本武道館にて行われた、郷ひろみ『50周年プレミアムコンサートSpecial Version~50times50~』を拝見した。

素晴らしい、の一言に尽きるほど、今年、拝見した数多くのコンサートの中でも飛びきりのレベルだったと思う。

50年という半世紀にも亘る長きに渡って、彼はずっとアイドルだった。
アイドル以外の何者でもなく、67歳になる現在もなお、アイドルであり続けている。

日本はアイドル文化、アイドル社会だが、現代のアイドルと何が違うかと言えば、彼の時代のアイドルと呼ばれた人達は、皆、ピンだった。
ピン、即ち、1人ということ。
デビューした時から、1人であり、ピンでアイドル活動を行ってきた世代でもある。

松田聖子といい、彼といい、長きに亘ってアイドルであり続けてきた人は、あらゆる面で根本的に何かが違う、と感じる。

この日、彼は50周年を記念して50曲を歌うと告知していた。
通常で歌えば、6時間は裕に超える曲数である。
だから、メドレーという形になると話した。

だが、実際に歌を聴いてみれば、メドレーになったのは、ほんの一部。
多くの楽曲はフルバージョンで歌われた。
そして、4時間近くのステージをほぼ舞台上に立っていて、通常、どのライブでもよくあるダンスメンバーやバンドメンバーによるインターバルもほぼなく、衣装替えも、暗転を使ってステージ上で上着を取り替えるだけ、というほぼ出ずっぱりの状況でステージが進められた。

この1日限りのプレミアムコンサートの為に、彼がどれほどの時間を使って準備してきたのだろうかと思った。
そして、満員のお客さんを決して裏切らないだけの歌とパフォーマンスを見せる。

郷ひろみはどこまで行っても、何歳になっても、郷ひろみ以外の何者でもない、ということを彼は証明して見せたのだと感じた。
私は彼より少し下の世代だが、彼がデビューした頃のことは記憶にある。

新御三家と呼ばれて活躍していた時代、私は3人のうちの他の歌手のファンだった。だから、正直なところ、彼の歌をそんなに知っているわけでもなく、また、私の記憶の中に鮮明に残っている彼の歌声は、今とはずいぶん印象の違う歌声である。
だが、その後、彼がニューヨークに3年滞在し、発声を根本から変えたことにより、全く違う歌声になったのも記憶にある。だから、今回、彼の生歌を初めて聴き、50曲を歌い通してなお、一切、声が掠れることなく、最後の最後まで伸びのある歌声を披露したのを聴いて、彼の歌声の進化が素晴らしいと感じた。そして、正しい発声を身につければ、何歳からでも、何歳になっても、伸びのある歌声で歌い続けることが出来るんだということをあらためて感じた。

最後の最後に歌った曲『言えないよ』は、私の大好きな曲であり、彼のイメージを一新した楽曲という印象を持っている。
「50times50」という言葉に込められた意味と共に、素晴らしい一夜限りのコンサートだった。

◆物故者(音楽関連)敬称略

まとめ:上柴とおる

【2022年12月26日~2023年1月25日までの判明分】

・12/15:ディノ・ダネリ(元ラスカルズのドラマー)78歳・12/25:ポール・フォックス(セッション・ミュージシャン、プロデューサー)68歳・12/27:ジョー・メルサ・マーリー(レゲエ・シンガー。故ボブ・マーリーの孫)31歳・12/29:ヴィヴィアン・ウエストウッド(英ファッションデザイナー。セックス・ピストルズの衣装も担当)81歳・12/31:アニタ・ポインター(ポインター・シスターズ)74歳・1/01:フレッド・ホワイト(EW&Fのドラマー)67歳・1/02:龍村仁(映画監督。元NHKディレクター。ドキュメンタリー映画「キャロル」、「地球交響曲」シリーズ全9作など)82歳・1/03:アラン・ランキン(元アソシエイツ)64歳・1/06:ノーマン・ダメリー(ロリー・ギャラガー率いるテイストのドラマーとして活躍)・1/09:松平頼暁(作曲家、生物物理学者、理学博士)91歳・1/09:竹村次郎(作・編曲家:「伊勢佐木町ブルース」「北の宿から」「さざんかの宿」「のりピー音頭」等)90歳・1/10:ジェフ・ベック(ロック・ギタリスト)78歳・1/11:レネ・パウロ(ハワイ出身のピアニスト。ラウンジ・ミュージック)92歳・1/11:高橋幸宏(ドラマー:YMO、サディスティック・ミカ・バンド等)70歳・1/12:リサ・マリー・プレスリー(歌手、俳優。エルヴィス・プレスリーの娘)54歳・1/12:ロビー・バックマン(バックマン・ターナー・オーヴァードライヴのドラマー)69歳・1/15:ブルース・ガワーズ(映像監督:クイーン「ボヘミアン・ラプソディ」など多くのミュージック・ビデオを製作)82歳・1/17:ヴァン・コナー(スクリーミング・トゥリーズのベーシスト)55歳・1/19:デヴィッド・クロスビー(ザ・バーズ、CSN&Y等)81歳・1/22:岡村雅子(音楽プロデューサー。現代音楽を中心に公演を企画制作)77歳・1/23:アンソニー“トップ”トプハム(ヤードバーズの初代ギタリスト)75歳・1/24:燕真由美(双子の女性アイドル・デュオ‘ザ・リリーズ’の妹)62歳