ロバータ・ガンバリーニの今回のツアーは、波乱続きだった。アメリカを出る前に、当初予定のピアニスト、ジョージ・ケイブルズが体調を崩し、急遽、ロジャー・ケラウエイに変わった。日本に到着してみると、今度は、ロバータが喉をやられて声が出ないという一大事で最初の2回のコンサートは、ロジャー・ケラウエイのソロ・ピアノ・コンサートとなった。しかしながらスケールの大きな彼のソロ・ピアノは、素晴らしい聞きものだった。ミュージック・チャージ、払い戻しで無料で彼のピアノを聞けた人たちは、ラッキーだった。来日5日目で初めてのロバータの神田「TUC」でのステージは、体調不良の顛末を説明して「今日は、喉をいたわりながらジェントルに歌ってみます。」と言って、いつもと違って抑えて歌ったが、「ジャズ批評」にも書いたが、これは、今まで聞いた彼女のコンサートの中でもベストといえるものだった。横浜のコンサートは、ツアーの最後で、ヴォーカル・クリニックをやった後で引き続き行なわれた。この時点では、喉もすっかり復調していて、ロバータは、コール・ポーターの「So In Love」をいきなりアカペラでワン・コーラスで歌いきる。続いて「When Lights Are Low」をスキャットを交えピアノと掛け合いながら快調に歌う。声の調子は、すっかり戻り、気合十分といった感じだ。「Poor Butterfly」は、ヴァースをアカペラで歌いピアノのソロ・パート無しで情感を込めて歌いきる。「Take the A Train」は、ピアノと掛け合いながら軽快に飛ばし、シャーリー・ホーンに捧げると云って歌った「Time For Love」は、ピアノのイントロに続きしっとりと歌った。ジョビンの「Chega de Saudade (No More Blues)」はアカペラでポルトガル語でスキャットも交えて前半を歌い、ピアノを挟んで後半は、英語で歌った。この後、ロジャーのソロ・ピアノで「How Deep Is The Ocean」、「Creole Love Song」、「My One And Only Love」を、シンフォニーの指揮もする彼らしく大きな身振りで派手やかに演奏した。舞台に戻ったロバータは、「I Can't Give You Anything but Love」をスキャットのイントロから入りトロンボーン風のスキャットも交えてスローなテンポで歌う。バラードの「Bewitched」を挟んで「Lover Come Back To Me」は、急テンポでスキャットも交えて力の入った歌を聞かせた。アンコールの「Fly Me To The Moon」では、聴衆の手拍子も誘い。クリニックの生徒たちとスキャットの掛け合いなどしながら和やかに第一部の幕を閉じた。
第二部は、エリントンの「Just Squeeze Me」で始まる。テーマからセカンド・コーラスは、スキャットで、そしてピアノ・ソロの後はユーモラスな掛け合いで盛り上げる。一転して、ジェローム・カーンの「Smoke Gets In Your Eyes」では、綺麗なピアノ・ソロを挟んで素晴らしいバラードを聞かせた。レオン・ラッセルの「This Masquerade」は、腹の底から出る迫力のある声でワン・コーラスで歌いきった。エリントンの「It Don't Mean A Thing」は、ロジャーのアブストラクトなピアノのイントロから早いテンポでスキャットも交えて歌う。ロジャーのコミカルなピアノが面白い。この後は、シナトラの歌ったトーチ・ソングのメドレー、「What's New」、「The Thrill Is Gone」、「I'm Fool To Want You」を情感を込めて歌う。ロバータが下がり、ロジャーのピアノ・ソロは、快適な「Cotton Tail」、そして、雨降りのようなヴァース部分から入る「Soon It's Gonna Rain」、そして、「Blue Monk」は、聴衆の手拍子を誘って、掛け声までかけて調子よく弾いた。ロバータが再び戻り「The Shadow Of Your Smile」をヴァースからじっくりとワン・コーラスで歌いきる。この日の一番の聴きものだった。数年前にレコーディングもしたと話して「Centerpiece」をユーモアのあるピアノとのスキャットでの掛け合いで「Everyday I Have the Blues」を引用したりして盛り上げる。イタリア語の「Estate」では、お得意の手を使ったトランペットの真似も披露した。アンコールは、一部と同じく「Fly Me To The Moon」を生徒との掛け合いも交えて盛り上げた。喉も復調して嬉しくてたまらないという感じで自慢の声をフルに使ってスキャットを多用して技巧的に歌う彼女の歌は「ガンバリ過ぎて」いた感じで、喉をいたわって歌った初日のような聴き手の心にしみこんでくるようなところが希薄だった。ロジャー・ケラウエイもツアーの最後という所か緊張感がなく遊びが多いステージという印象だった。