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「小山実稚恵の世界 ピアノで綴るロマンの旅 第23回」(6月17日、オーチャードホール)
最後に弾いたシューベルトのピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960が素晴らしかった。第1楽章は小山がシューベルトの傍らに寄り添い、慰めているかのようだった。第2楽章は、シューベルトが憑依。第3楽章スケルツォは、天真爛漫。第4楽章は、天国が突然強烈な和音によって脅かされる。天国か地獄かの査問のように思える。やがて現世に別れを告げ、陽気に天国へ向かっていくシューベルトがプレストとともに消えていった。こうしたドラマを、小山は没我の境地で表現した。
1曲目シューマン《幻想小曲集》作品12は、弱音で弾く第1曲「夕べに」第3曲「なぜ?」の繊細な響きが美しいものの、第2,4,5,8曲ではペダルの使い過ぎと音の濁りが気になった。
同じことは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番変イ長調作品110にも当てはまる。第1楽章冒頭の、遠くから呼びかけるような叙情的な表情は、他の誰とも違う小山独特のベートーヴェンという印象を与えるが、第2楽章は鍵盤を強く叩く際の音の濁りがあった。第3楽章序奏に続く「嘆きの歌」は、再び聴き手の心に深く入ってくるが、フーガは音の連なりだけになり、強く弾くと音が濁り、緊張の糸が断ち切られる。2回目の「嘆きの歌」は痛々しさがよく表現されていた。しかしト長調の和音の強打は無理があり、三声のフーガや最後の和音はエネルギーが足りなかった。
アンコールのショパン、ノクターン第21番ハ短調(遺作)と、第13番ハ短調作品48-1は、慰められ、勇気づけられた。特に第13番はスケールが大きく、こういうショパンを弾く小山実稚恵はやはり凄いピアニストだと思う。最後はバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻プレリュード。シューベルトの描いた天国にとどまるにはこの曲しかないと思わせる見事な演奏だった。(長谷川京介)
写真:小山実稚恵(c) )ND CHOW |