2016年7月 

  

Popular ALBUM Review


「シングス・ジャズ〜ウイズ松尾明トリオ/高橋元太郎」(ドゥラック・ジャズ DLC-8)
 高橋元太郎は、人気テレビ番組「水戸黄門」の「うっかり八兵衛」役でお馴染みの俳優。彼は、昔は、元祖アイドル・グループ、「スリー・ファンキ—ス」で鳴らした歌手だった。 片岡千恵蔵、大阪志郎など名優たちと共演するのに歌手と俳優の二股は、失礼と歌手活動を封印していたが、芸能生活50周年を契機に歌手活動も再開、本アルバムは、55周年を記念して作られて初CDだ。歌伴では、定評のある松尾明(ds)田村博(p)翠川和夫(b)のトリオをバックに「Johnny Guitar」、「Beyond The Sea」、「For Sentimental Reasons」など12曲、ある程度、歳の人なら誰でも何時かどこかで聞いたことのあるような懐かしいスタンダード・ナンバー12曲を集めて英語で歌っている。まだまだ若々しい素晴らしい声、暖かい人間味溢れる歌の解釈、このアルバムでも歌っている「Rose Tattoo」をヒットさせたペリー・コモを思い出させるような心地良い彼の歌だ。(高田敬三)


Popular ALBUM Review


「デュオ/橋本一子&中村善郎」(JUMP WORLD/DDCZ-2087)
 日本のボサノバ界における第一人者中村善郎と、ジャズを軸足に活動する橋本一子のボサノバ・デュオ作品。意外な取り合わせだと思ったが20年以上の付き合いがあって、いまでもライブではまれに顔を合わせているのだそうだ。中村善郎のボーカルとギターは、余計な飾り物は捨てて、シンプルでスインギーに響き、毎回ゆるぎないスタイルを聞かせてくれる。橋本一子はクラシカルなフレイバーを持ちながら、ポップス、ジャズ、ボサノバと実にしなやかな感性を持つピアニストだ。ここでは透明感のある歌を披露しているが、本人にとっては挑戦的なことではなかったかと思う。甘さとけだるさを兼ね備えた中村、橋本の澄んだ声とピアノ、一見ミスマッチのようにも思えるのだが実はそこにこの作品の魅力が隠されている。「彼女はカリオカ」「サマーサンバ」スティービー・ワンダーの「マイ・シェリー・アモール」など11曲を収録。
(三塚 博)


Popular ALBUM Review


「バン・E・カルロス/グリーティングス・フロム・バネズエラ!」(ビクターエンタテインメント:VICP-65402)
 チープ・トリックのドラマー、バン・E・カルロスの初ソロ・アルバムは全部カヴァー曲♪しかもその選曲が妙に'マニアック仕様'になっていて。。。「ヒム・オア・ミー/ポール・リヴィア&ザ・レイダーズ」(1967年:米5位)「テル・ミー/ローリング・ストーンズ」(1964年:米24位)「アルメニアの空(Armenia City In The Sky)/ザ・フー」(1967年:日本でのみシングル・カット)「アイディア/ビー・ジーズ」(1968年)。。。これだけでも結構「やってくれるなぁ♪」。ボブ・ディランの2曲も「悲しみは果てしなく(It Takes A Lot To Laugh, It Takes A Train To Cry)」(1965年:アルバム「追憶のハイウェイ61」より)「どこにも行けない(You Ain't Goin'Nowhere)」(1967年:先にザ・バーズが世に出して1968年にヒット)と一筋縄ではいかない。あとはもう「え〜それってどこの誰の曲?」状態だったりする。歌唱はカルロスではなく各曲ごとにゲスト・ミュージシャンが参加。凄いのか?はたまたヘンなのか?少なくとも私にとっては「おもしろい!楽しい!」。これでいいのだ♪(上柴とおる)


Popular ALBUM Review


「ソング・オブ・ラホール/ザ・サッチャル・アンサンブル」(ユニバーサルミュージック:UCCU-1520)
 下記映画のサウンドトラックの代わりとも言える作品。ザ・サッチャル・アンサンブルとは、パキスタンの都市ラホールのミュージシャン達の集まりで、彼等と西欧のミュージシャン達とのコラボレーションが収められている。ウィントン・マルサリス、ショーン・レノン、マデリン・ペルー、ベッカ・スティーヴンス、チボ・マット、詩の朗読で参加しているメリル・ストリープといった参加メンバーにしろ、ジャズ、レゲエ、ブルース、更にボブ・ディラン、スティービー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、ジョージ・ハリソン等の曲にしろ、その多彩さにも目を引かれるが、最大の魅力は共演から生まれた豊かな音楽性。どの組み合わせにも原曲の良さを踏まえた上でのアレンジが生きていて絶妙なアンサンブルを聞かせてくれるのだ。イースト・ミーツ・ウエスト、ここでの両者の出会いは見事に結実している。(滝上よう子)


CINEMA Review





「ソング・オブ・ラホール」(配給:サンリス、ユーロスペース)8月13日(土)よりユーロスペースほかにて公開
 タリバン等、イスラム化の影響で活動の場を奪われたパキスタンの伝統音楽家達がジャズと出会い、ニューヨークのジャズ・ミュージシャン達と共演を果たすまでを描いたドキュメンタリー映画。普段、触れることのないパキスタンの伝統音楽を知る上でもためになる、なんて書くと、何だか堅苦しいイメージを持つかもしれない。だが実際はワクワク、ドキドキ、ハラハラもいっぱい詰まった見応えある作品。ウィントン・マルサリスの招きでニューヨークへ向かった彼等は一緒にセッションを始めるが、ジャズは即興であり、スウィングしなけりゃ意味がない。つまりジャズの域に達しないものは容赦なく退場となるわけで、プロとしての厳しさを伴う真剣勝負にハラハラ、ドキドキ。そして最後に満員の聴衆の歓声の前で繰り広げられるセッションにはこちらもワクワク、胸が熱くなる。音楽は国境、人種を超え、人々の心を結びつける。この作品が伝えているそのテーマはまさに嘘がないだけに説得力もあり、感動もひとしおだ。(滝上よう子)

写真:(c)2015 Ravi Films, LLC


CINEMA Review


「エイミー」(7月16日より全国ロード・ショー公開)
 「彼女の歌を聴いて即座に'これだ!'と思った」(トニー・ベネット)。そのトニーがエイミーとデュエットで録音するシーンも♪「私はジャズ・シンガーよ。大好きなのはサラ・ヴォーン、ダイナ・ワシントン、トニー・ベネット。。。歌いたい時に歌えるだけでラッキーだった。歌手になるとは思わなかった」「私は歌うしか能がないの」「レコード会社の成功は私の成功じゃない。私の成功は仕事をする自由を持つこと」。。。2011年7月23日の急逝(27歳)からちょうど5年が経過した今年7月に公開の英国歌手エイミー・ワインハウスのドキュメンタリー映画は幼少時〜少女時代の映像等も交えてマネジャー、夫、友人、裏方の制作スタッフら周辺からの証言を織り込んで早世した'天才歌手'のドラッグ〜アルコール漬けの日々から葬儀までを追う。レディー・ガガ、ミック・ジャガー、アデルなど彼女に賛辞を贈る華やかなスーパー・スターたちが登場しないのもこの作品の意図をより明白にしているように思える。エイミーの没後、トニー・ベネットはコメントを残した。「紛れもなくホンモノのジャズ歌手。エラ・フィツジェラルドやビリー・ホリディに匹敵する素晴らしい才能だった。生きていたら言いたい。'生き急ぐな。貴重な存在だ。生き方は人生から学べる'」。原題「AMY」。128分。http://amy-movie.jp/ オリジナル・サウンドトラック盤「エイミー」はユニバーサルミュージックより発売中。(上柴とおる)


Popular CONCERT Review


「飯田さつきANNIVERSARY CONCERT」(5月29日銀座ヤマハホール)
 飯田さつきのCDデビュー5周年、歌手生活10周年を記念したアニヴァーサリー・コンサート。今もっとも成長著しいジャズ・シンガーだろう。聴くたびに新しい発見があるのだが、今回もその成長ぶり自信のほどをうかがわせる期待通りのステージを展開した。第一部ではサテンドール、スワンダフル、スカイラーク、ムーンリバー、追憶などスタンダード・ナンバーをじっくりと聴かせる。保坂修平(p)、楠井五月(b)、長谷川ガク(ds)のピアノトリオによる息の合ったサポートに、中盤からはストリングス・トリオが加わって彼女の持ち味を引き出していく。第2部は高校時代同じクラスで学んだというミュージカル・シンガーの佐野マユ香がゲストで登場。冒頭から二人の掛け合いによる「トルコ行進曲」で聴衆を引き付けたかと思うと、グリーン・ドルフィン・ストリートの後に、バッハ・インヴェンションにスキャットで大胆に挑戦する。難曲「センド・イン・ザ・クラウン」を歌いきり、美空ひばり風味の「A列車で行こう」を披露する。多彩な顔をのぞかせてくれたひと時であった。第27回MPCJ音楽賞「ブライテスト・ホープ賞」受賞アーティスト。(三塚 博)

Photo by Tohru IKENO


Popular CONCERT Review


「水谷川優子」(6月17日 東京文化会館 小ホール)
 「チェロ・リサイタル・シリーズ Vol.9 Bach im Bach バッハ〜響きの鏡像〜」と題したドイツ・ベルリン在住で世界的に活躍しているチェリスト水谷川優子のコンサートは、タイトル通り音楽の原点であるバッハを超絶テクニックと鬼気迫る気迫で聴かせてくれた。今年の水谷川優子は、一味違う。可憐・気品漂うではなく、品位を保ちながらも力強さと無我の境地に達した精神と言ったところか。1曲目「バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調BWV 1009」バッハを演奏する事で、原点に戻るのかと思ったが、そうではなく自身の進化の過程を確認し、表現するものだった。2曲目は、多くのファンが楽しみにしていた「バッハ:シャコンヌ」を敢えて演奏せずに、杉山洋一によるベルリンのコラール「目覚めよと呼ぶ声す」によるチェロ独奏のための」が、演奏された。水谷川優子自らの説明によると、余りにも出来が良いので、曲目を変更してまで、この曲に全力を尽くし、多くの方に聴いて欲しかったとのことだ。確かに、長尺でスケールが大きく難しい曲であり、魂を込めて弾かないと全てが無駄になってしまう様な危ういアレンジだ。演奏と言うよりも一人舞台を演じている様で、あらゆるテクニックを駆使し、狂気に満ちた音を聴かせ、誰も近付く事の出来ない恐怖すら感じさせる。見事な演奏・表現だが、きっと水谷川の魂はここには存在しない。杉山の才能をどう表現出来るか、更なる進化が楽しみだ。3曲目「バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調BWV 1008」では、チェロとの一体感が素晴らしい、正に相棒と呼ぶに相応しいチェロ雄(愛称)君だ。バッハを演奏すると言う事は、自我を表現する事ではなく、無我を表現する事なのだ。後半1曲目「ペルト:フラトレス」は、何ともマニアックな曲であり、ピアノとの掛け合いとタメの効いた演奏の凄さが、聴く者に緊張感を与え息もつかせない。2曲目「シュニトケ:チェロ・ソナタ第1番」は、この曲も難しい曲であり、決して聴く者が音楽そのものを楽しめるとは言い難い。一歩間違えばノイズになりかねないギリギリの演奏で、観客の緊張はピークを迎える。ピアノの黒田亜樹も超絶技巧で凄まじく早いフレーズを演奏し、チェロとピアノが決して融合しないが共存するといった、今迄とは全く違う次元を飛び回っているかの様な演奏を披露する。3曲目「ベルト:鏡の中の鏡」は、前2曲から一転して、チェロもピアノも感情を押えた繊細な演奏を聴かせ、慈悲の魂を感じさせる。聴いている方としては、心拍数の上下が激しいライヴである。アンコール曲「バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第二番 アンダンテ シロティ編」は、柔かく美しいメロディが、物凄く優しい曲に感じられ、聴く者に安心感を与える。演奏した水谷川の表情も柔らかい。この日水谷川優子は、人気と実力を兼ね備えたチェリストという枠を超え、名人・達人の域に達した。水谷川優子は、今後最も注目すべきチェリストであり、大活躍するチェリストだ。(上田和秀)


Popular CONCERT Review


「ドン・ブライアント backed by ブラザーズ・ブラウン」(5月24日 六本木・ビルボードライブ東京)
 伝説のソウル・シンガー、ドン・ブライアント。なんと1979年以来、37年ぶりの来日公演だという。前半はザ・ブラザーズ・ブラウンというブルース・ロック・バンド単独のステージ。ベースは、元リトル・フィートのケニー・グラッドニ—が弾いている。どおりでコシのあるバンド・サウンドを出していたわけだ。といっても僕がやはりいちばん見たいのはドンだ。前回の公演には間に合わなかったし、不勉強にして近作もチェックしていない。ハイ・レーベルに残された往年の名唱を頭に刻んで出かけたのだが、74歳の今もバリバリの現役。声に張りがあるし、愛妻アン・ピーブルズで有名になった「アイ・キャント・スタンダ・ザ・レイン」などを混ぜたセットリストも大いに楽しませてくれた。正直言って「ホーン・セクションがあったらなあ」とか、「ブルース・ロックではなく、もっとサザン・ソウル寄りのバックだったらどうだったろう」と思うところもあったけれど、それは次回の楽しみにしたい。とにかくドン・ブライアントは健在、依然としてソウルフルだった。(原田和典)

写真:jun2


Popular CONCERT Review


「一十三十一 plays "CITY DIVE"」 (5月26日 六本木・ビルボードライブ東京)
 2012年にリリースされ、ミュージック・マガジン誌の「2010年代アルバムベスト100 邦楽編」にもランクインした名盤『CITY DIVE』。現在に至る一十三十一のシティ・ポップ路線を決定づけたといっても過言ではない傑作だ。そのナンバーを、ライヴで歌いまくるという一夜が訪れた。一十三十一のアート・ディレクションを手がけている弓削匠氏が衣装をデザイン、それがポップで洒落た音世界にぴったり合う。“媚薬ヴォイス”と評される主役の声は包み込むように優しく、艶があり、それがキーボードのセンスのいい和音やギターのカッティングと調和する。「ギャラクティックにさせて」、「摩天楼の恋人」、そして大定番「恋は思いのまま」。こうした曲をナマで聴けば誰でも自分が少しはかっこよくなったような、オシャレな世界の住人になったような気になるに違いない。ゲスト参加したKashif(秋にアルバムが出るとのこと)との「サマーブリーズ '86」、クニモンド瀧口のオープニングDJも気分をいやがおうにも盛り上げた。(原田和典)

写真:Yuma Totsuka


Popular CONCERT Review


「テラス・マーティン」(6月2日 六本木・ビルボードライブ東京)
 今年のグラミー賞を席巻したケンドリック・ラマ—『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』のプロデューサーの一人であり、ハービー・ハンコックのニュー・バンドへの参加も決まったテラス・マーティン(1978年生まれ)が、自身のプロジェクトで初来日を果たした。父親はエモーションズ等のバックを務めたドラマーのカーリー・マーティン。幼い頃から様々な音楽に親しみ、中学の頃からサックスを始めたという。ビリー・ヒギンズのバンドでジャズを演奏したこともある。この公演ではアルト・サックスやキーボードも演奏したが、ぼくが興奮したのはヴォコーダーの使い方。アルト+ヴォコーダーと言えばロバート・グラスパー・エクスペリメントのケイシー・ベンジャミンの独壇場だと思っていたが、テラスの声の出し方、それに伴う音階の選び方も“かっこいい”のひとことに尽きるものだった。途中、デューク・エリントンの「イン・ア・センチメンタル・ムード」なども吹奏したが、これに関しては「テラスも古いジャズをやるのだ」という印象以上のものではなかった。もっと尖り、ジャズとヒップホップを超高速でぶつけ合って、音楽の未来を切り開いてほしい。
(原田和典)

写真:Masanori Naruse


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