2016年7月 

  

T.M. Hoffman氏の演奏会に思う・・・・・ 森本恭正
 T.M. Hoffman氏は、30年以上にわたって、東アジア殊に日本とインドの音楽についてその演奏、研究、教育を精力的に、しかも根気よく続けておられる人物である。しかしその業績が、彼が最も長く住み続けている日本において正当に評価されているとは残念ながら言い難い。

 昨年彼がインド北部に位置するハリヤーナー州から「文化大使賞」を受賞された折、インド発のオンラインニュース「パンジャブニュース」では、日本の13絃筝や尺八の演奏家としてのみならず、さまざまなインドの楽器を含む、汎アジア音楽を渉猟する学際的なcrossover musicianとして詳しく紹介されている。そのHoffman氏が去る6月14日恐らく日本では何百回目かのコンサートを、インド出身のタブラ奏者Tansen Srivastava氏とともに開いた。場所は西荻窪の「音や金時」というライヴハウスである。

 線路際のビルの地下にあるその店は、語弊を恐れずに書くと、70年代を意図的に引きずったワールドミュージックもしくはエスニックミュージックの巣窟のような場所である。入店すると、入口脇にあるステージにはすでにタブラと日本の筝が置かれていた。が、この筝の丈が短い。程なくしてHoffman氏によるレクチャーコンサートが始まった。

 録音媒体による、おそらくTanpuraという楽器の通奏される4つの音が流れ続ける中、筝とタブラによるHoffman氏アレンジによるインド音楽の演奏が解説を交えて始まる。丈を三分の二に短くした筝では、通常の長さに使われるのと同じ琴柱を使うので、押し手により作られる音程の幅が広がるという説明をしながら、彼は、素早く琴柱を動かした。するとインドの様々な音階、日本の音階、そして長音階や短音階などが短い時間の中で鮮やかに示された。

 感嘆したのは、そのいずれもが、非常に美しい音程によって作られ続けたことだ。美しい音程感覚によってつくられた音階は、黄金比によって建てられた建築物のように、ずっとその傍にいたくなる。彼の作り出す音階は、ただそれだけでもずっと聴いていたくなるような心地よさを持つ。それは、微細な音程の聴き分けを必要とするインド音楽を長年彼が学んでいた結果であろう、などというのは因果を取り違えた見方だ。微細な音程感覚はいわば生まれながらのものであることを、私は経験上知っている。そのような音感に恵まれていたからこそ、彼はインド音楽に惹かれたのだろう。では、特に音程が良いなどとは言えない(と、個人的には思う)日本の音楽や楽器のどこに彼は惹かれたのだろうか。

 生田流の爪をつけたり、素手であったり、あるいは軍手のような手袋をはめたり、またヴァイオリンの弓を使ったりして、この小さな筝から東アジアに分布するであろう様々な音色を彼は引き出した。そのたびに、タイやミヤンマーや北インドや南インドや私がまだ一度も旅したことのない場所へ連れていかれたような錯覚に陥る。これは、もちろん錯覚である。かつて、草木が一本も生えていない国アイスランドを旅した友が、そこはまるで月世界のようであった。と言ったがそれに似ている。「君はいつ月に行ってきたんだ?!」

 しかし、こうした擬音表現の多様さは三味線一本で舞台音楽の効果音を作り出した、日本の楽器の特質でもある。現代邦楽というジャンルでは、音色という点に関して、日本の楽器にヨーロッパの楽器に負荷させたような様々な奏法を強いて、新たな音色を作り出してきた。だが、果たしてそれがどれほど成功したか・・・。これと同じ次元では語れないが、Hoffman氏がまるで肩に担ぐようにして持ち込んだ丈の短い日本の筝は、Srivastava氏による目まぐるしく動くタブラのリズムにも又、Tanpuraのドローン(通奏音)にも、そしてHoffman氏の歌うヒンディー語やパンジャブ語の歌にも、東アジアの多彩な音色を発しながらまるで、元からそこにあったように調和していた。しかし、目をつむって聴いていると、まるで筝が使われていないかのようである、とは言えない。やはりそこには筝の音がする。

 邦楽器をこうしたグローバルなジャムセッションに引きずり出すことで、日本の邦楽は邦楽=家元のような閉じられた世界に居続けてはいけないと、彼は多分主張しているのだろう。ただし、壁は大きく高いと思う。そこには言語という決定的な違いがあるからだ。もし、あの演奏会で日本語が歌われていたら、どうだろう。14拍子のタブラのリズムも、Tanpuraのドローンも一気に色褪せてしまったに違いない。では一体私はあの筝の音を何語で聴いていたのだろうか。彼が美しい陰旋法を弾いたとき微かに日本語の匂いがしたような気がするのだが。もしかしたら、そのとき、彼はTanpuraの音を消していたのかもしれない。

「天使にラブソングを 〜シスター・アクト〜」の日本再演
・・・・・ 本田悦久 (川上博)
☆このミュージカル・コメディは1992年の同名アメリカ映画「シスター・アクト」を原作に、映画で主演したウーピー・ゴールドバークがプロデューサーを務め、曲は新たにアラン・メンケン作曲、グレン・スレイター作詞、ビル&チェリ・シュタインケルナー夫妻の脚本でステージ・ミュージカル化された。
「シスター・アクト」は、2006年にカリフォルニア州のパサデナで試演の後、2009年にロンドン・パラディアムで、2011年にはブロードウェイ・シアターで上演された。その後、ハンブルグ、ウィーン、ミラノ、パリ、モントリオール、アムステルダム、バルセローナ、サンパウロ、ヨハネスブルク、マドリード、ローマ、ベルリン等へ拡がった。

日本では、飯島早苗の訳詞と脚本、山田和也演出で、2014年に帝劇で初演され、大成功を収めて今回の再演に繋がった。今年 (2016)は、 5月22日から6月20日までの帝劇が終わった後は、大阪、名古屋、岩手、札幌、仙台、福岡、浜松、長野と続き、最終公演は来年 (2017) 2月11日という大ロングランになる。

舞台は1977年のフィラデルフィア。デロリス (森公美子と蘭寿とむのダブル・キャスト) はクラブ歌手として成功を夢見るが、愛人でギャングのボスのカーティス (大澄賢也と石川禅のダブル・キャスト) は、自分が経営するクラブで歌わせてもくれない。おまけに、クリスマス・プレゼントに彼の妻君のお古の毛皮を手渡され、頭に来たデロリスが、カーティスと別れて自力でやろうと毛皮を返しに行くと、カーティスが裏切り者の子分を殺害する現場を見てしまったから大変。デロリスは助けを求めて警察へ行き、高校の同級生だった巡査エディ・サウザー (石井一孝) に出会う。エディは、裁判の重要な参考人のデロリスを守る為に、クイーン・オブ・エンジェルス教会に連れて行く。裁判まで修道女に変装させようというのだが、神聖な修道院に預かれないと修道院長 (鳳蘭) は納得しない。しかし、「尊い人助けだし、資金難の教会に警察から寄付がある」とオハラ神父 (今井清隆) に説得され、デロリスは素性を隠してシスター・メアリー・クラレンスとなり、シスター・メアリー・ラザールス (春風ひとみ) 、シスター・メアリー・パトリック (浦嶋りんこ)、シスター・メアリー・ロバート (宮澤エマ) たちと、修道女生活が始まる・・・。破天荒なデロリスは、規則だらけの修道院では、次々とトラブルを起こし、困り果てた修道院長は彼女に聖歌隊の指導を命ずる。まさに水を得た魚、デロリスの持ち前の明るさにひかれ、修道女たちは、ロックやソウルも取り入れてのびのびと歌うようになる。デロリスの存在を迷惑がっていた修道院長だったが天衣無縫なデロリスの存在で、教会に活気が溢れ、信徒たちが集まってくるのを喜ばないわけにはいかない。その明るい歌声は近隣の評判となり、寄付は増えるし、テレビに出たりして、遂に法王の訪問という奇跡を呼ぶ。そんな動きがマフィアのカーティスの耳に入らぬ筈はなく、修道院に、カーティスの子分のTJ (泉見洋平)、ジョーイ (KENTARO)、パブロ (上口耕平) が乗り込んできて、逃げ惑うシスター達。とうとうカーティスもやってきてデロリスを撃ち殺そうと狙うが、危機一髪エディの拳銃が火をふく。

「天国へ行かせて」「シスター・アクト」「あいつを見つけたら」「日曜の朝のフィーバー」「私たちのショーに祝福を」等のミュージカル・ナンバーはノリが良く楽しめる。後半,寄付のお蔭で、神父、修道院長はじめシスターたちの僧衣が派手になっていくのが、可笑しい。いつ観ても楽しいシスター達の舞台だった。

<写真提供: 東宝演劇部>

久しぶりに東京で「アップル・ツリー」・・・・・本田悦久 (川上博)
☆「屋根の上のヴァイオリン弾き」「シー・ラヴス・ミー」等の作曲家ジェリー・ボックと作詞家シェルドン・ハーニックのもう一つのヒット・ミュージカル「アップル・ツリー」THE APPLE TREE(ブロードウェイ初演は1966年) が、2016年5月28日から6月7日まで、東京の赤坂RED/THEATERで上演された。

2003年に俳優としてデビューし、映画や「ロミオ&ジュリエット」「ファントム」「エリザベート」(トート役で2010年の芸術祭新人賞受賞) 等の舞台に出演した城田優が、ここで演出家としてデビューした。彼は「アップル・ツリー」が終わったら、6月28日から帝劇の「エリザベート」に再びトート役で出演する。
制作は渡辺ミキ、訳詞・日本語脚本は青井陽治。

物語は3部構成で、第1部はマーク・トウェイン原作による<愛>
「アダムとイヴの日記」。エデンの園で目覚めた二人は、戸惑いながらも互いの存在を認め、平穏に暮らし始める。しかし、イヴは蛇に誘惑され、禁断の果実(リンゴ)を口にしたことから、エデンの園を追い出される。

第2部はフランク・R・ストックトン原作による<欲>
昔ある王国の裁判は囚人自身が二つの扉の一つを開いて自分で決めるムひとつの扉の向こうには虎、もう一つには、女が待っているという、極めて原始的で残酷なものであった。さて、バーバラ王女の恋するサージャ大佐は、身分違いの恋の罪故に、今まさに裁判にかけられている。二つの扉のどちらを開けるか。腹ペコの虎がいる扉か、美しい女が待つ扉か・・・悩める王女は王女の権限でどちらに虎がいるか調べる。しかし、どちらの扉を開けても、愛する男は自分の者にはならないと気づいてしまう。愛と嫉妬と欲のはざ間で苦しむ王女、息を呑む観客・・・・・。

第3部はジュールス・ファイファー原作による<夢>
「パッショネラ」。煙突掃除をして働く少女エラは、映画スターになる夢がある。満月の夜、テレビの中から出てきたゴッドマザーに魔法をかけられ、映画スターのパッショネラに変身する。スターにはなったが、何か虚しい。そんな時、人気スターのフリップと出会い、愛が生まれる。しかし、魔法はいつかは消える・・・気が付くとエラは平凡な娘であり、フィリップも又平凡な男であり、二人の愛は身近にあると再確認。

出演者は岸祐二 (アダム、アリク王、他)、上野哲也 (サンジャー、フリップ、他)、 杉浦奎介 (蛇、吟遊詩人、他)、豊原江理佳 (バーバラ、他)、和田清香 (イヴ、ナジーラ)、関谷春子 (イヴ、ナジーラ)。イヴ、ナジーラ役は和田清香と関谷春子のダブル・キャスト。

「禁断の木の実」「映画スターになれたら」「どちらの扉か?」等のミュージカル・ナンバーが楽しい。ピアノ演奏は川崎龍、チェロは冨田千晴/村岡苑子。 

<写真提供: ワタナベエンターテインメント>
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筆者が初めて「アップル・ツリー」を観たのは、1979年8月8日、池袋の文芸坐ル・ピリエ。野沢那智演出の劇団薔薇座で、出演は鈴置洋孝、戸田恵子、福沢良、四葉寿和子、青井陽治、他。

2回目は1982年4月14日、渋谷PARCO 西武劇場。演出は篠崎光正、
出演は伊藤蘭、寺泉哲章、市村俊幸、室町あかね、竹田生子、他。

3回目は1982年9月25日、六本木の俳優座劇場。演出は野沢那智、
出演は中村秀利、戸田恵子、竹内のぶし、玄田哲章、笹木綾子、他。

4回目は1987年4月10日、ニューヨークのヨーク・シアターで、演出は Robert Nigro、出演はRutus Bonds, Jr., Lyle Garrett, Kimberly, Ron La Rosa, Kathy Morath, 他。

5回目は1993年10月26日、日本青年館大ホール。演出は岡田敬二、
出演は宝塚花組: 真矢みき、月影瞳、紫吹淳、瀬奈じゅん、初風緑、他。

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