2017年3月 

  

Popular CONCERT Review


「島田歌穂&島健 Duo Xmas Special vol.7」 (12月18日・青山スパイラルホール)
 “ヴァーサタイル(versatile)”という言葉がこれほど似合うシンガーを、ぼくは島田歌穂以外に知らない。50〜60年代にはカテリーナ・ヴァレンテがさまざまな言語でいろんなジャンルの歌を歌いこなして人気を集めたが、いうまでもなく音楽そのもののカテゴリーが当時よりもさらに多彩になっている。しかし島田は絹のように滑らかな美声と幅広い音域で、どの曲にも自身の確固たる個性を刻む。外国語のディクションも美しい。夫君・島健(ジョー・ヘンダーソンやフレディ・ハバード等、ゴリゴリのジャズ・ミュージシャンとの共演歴もあり)のピアノは今回も極上の響き。決して前面に立つことはないが、ハーモニー、オブリガート、そしてソロで見事にヴォーカリストをリードする。イントロづくりも実に巧みだ。ビリー・ジョエルの「素顔のままで」、ケルティック・ウーマンのカヴァーで有名になった「ユー・レイズ・ミー・アップ」、夫妻でヴォーカル・デュオを聴かせた「アンフォゲッタブル」なども強く印象に残ったが、個人的な圧巻は「ゲス・フー・アイ・ソー・トゥデイ」だった。カーメン・マクレイやナンシー・ウィルソンが得意とした、別の女性と密会している夫をネチネチとなじる、聴いている男性にとっては怖く、歌う女性にとっては難しい(に違いない)歌。歌詞をかみしめるように島田は歌い、最後に“(今日みかけた、その浮気男は)あなたよ”と、声のトーンを落とす。その絶妙なタイミングと巧みなコントロールに、鳥肌を抑えられなかった。(原田和典)


Popular CONCERT Review

「カウボーイ・ジャンキーズ」(1月20日・ビルボードライヴ東京)
 カナダ出身の3兄弟を中心としたカウボーイ・ジャンキーズ。オルタナティヴ・カントリーとも呼ばれる彼等の音楽はロックのノリの良さや盛り上がりといったヒット狙いとは一線を画したもので、むしろ地味に映るかもしれない。だがそれは北米大陸の荒野に育まれたような自然の息吹が織り込まれた魂の詩。根底にはブルースやフォーク等、様々な要素も垣間見えるが、27年ぶりとなる今回の来日公演でもその真髄を改めて見せつけてくれた。ギター、ベース、ドラムスにマンドリンやブルース・ハープ等を加えたバックの好サポートを得て、ヴォーカルのマーゴ・ティミンズはマイクに覆いかぶさるように淡々と歌い継いでいく。自らを絞り出すような虚飾を排した歌声は適度にアーシーでもあり、大地を流れる風や空気がそこには感じられる。といってもシャウトしているわけではない。抑制がとれた、それでいて作為のない誠実なもの故に心にじわりじわり染み込んでいくのだ。そしてそのスタイルは最後まで変わることなく、聴衆に向けてしっかりと届けられた。(滝上よう子)


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「ブライアン・アダムス武道館2017」(1月24日・日本武道館)
 5年ぶりの来日に、武道館はファンたちで満員。まるでファミリーのような和やかさに包まれていた。開演前に会ったブライアンは「僕歳とったでしょう?」と言っていたが、白の開襟シャツにジーンズ、黒のジャケットを着た姿は、50歳を半ば過ぎても引き締まって若々しく、シンプルなロックを展開して実に気持ちのいいステージだった。一昨年発売の『ゲット・アップ』を冠したワールド・ツアーだけに、同アルバム(ジェフ・リン・プロデシュース。彼も加えてブライアン=ジム・ヴァランス共作)からの新曲とデビュー当時からのヒット曲が中心で、乗りのいい「ドゥ・ホワット・ヤ・ゴッタ・ドゥ」で開幕。一気に会場を燃え上がらせる。お馴染みの「ラン・トゥ・ユー」「ヘヴン」なども早めに繰り出し、自身のアクースティック・ギターの弾き語りにブルース・ハープを加えた曲もあり、飽きさせない。高校時代からの朋友キース・スコットの定評あるギターもよかったが、華麗なテクニックを延々と聞かせるバンドではなく、短くまとまった曲をストレートに次々にくり出し、親しみやすい曲の良さがひきつける。何曲かは会場全体で唱和するなど和気あいあいで、「ジ・オンリー・シング」で一旦終わらせた後、「ブラン・ニュー・デイ」や、彼のギターのみの弾き語りで「ストレート・フロム・ザ・ハート」他3曲、計30曲を歌い、ファンは心温かく帰路についた。尚、前日の大阪公演からの機材が途中雪で遅延し、会場が大幅に遅れたが、当夜の冷え込みはことさら厳しく、舞台が出来上がらないうちに早めに聴衆を入場させた措置もよかった。後ろ向きや大写しのブライアンに女性がからむ面白い映像も楽しめた。(鈴木道子)

写真:Masanori Doi


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「トーレ・ブルンボルグ Slow Snow カルテット」(1月28日・新宿ピットイン)
 マヌ・カチェやトルド・グスタフセンのグループで来日経験のあるテナー・サックス奏者、トーレ・ブルンボルグが2015年のリーダー作『Slow Snow』と同じ顔触れで来日した。アイヴィン・オールセット(ギター)、スタイナー・ラクネス(ベース)、ペール・オッドヴァール・ヨハンセン(ドラムス)という超豪華なメンバーとのステージだが、内容は個性のぶつかり合いや競い合いとは異なり、トーレの設定した音場の中で、各メンバーがその場面ごとにふさわしいサウンドを、幅広いテクニックの中から選択して出してゆく、といった感じだ。トーレはおそらく半分近い時間をピアノ演奏に費やし、アイヴィンはギターを膝において空間に音を漂わせるようなプレイを披露。ポップ・デュオ“アルヴァス”ではエフェクターを用いて様々な音色を出していたスタイナーも、生の音を重視したベース・ラインでバンドに重量感を加えていた。休憩なしのワン・セット、文字通り流れるようなひとときを満喫した。(原田和典)


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「ヒラリー・コール」(3月13日、ファースト・セット・丸ノ内コットン・クラブ)
 一昨年暮れにジュデイ・ガーランドに捧げるアルバム「The Judy Garland Project」を発表した人気シンガー、ヒラリー・コールのヴァレンタインズ・ディ・スペシャル・ライヴを観る。会場は、比較的若い年代の観客でにぎわっていた。伴奏陣のジョン・ハート(g)マシュー・フライズ(p)ポール・ギル(b)アーロン・キンメル(ds)に続いて舞台に上がった彼女は、いきなりジュデイ・ガーランドのアルバムから「Get Happy」を快調なテンポで歌う。久しぶりの日本が嬉しくて堪らないといった感じだ。同アルバムから「I Wish I Were In Love Again」と続いて、結局、ジュディ・ガーランド関連ではドラムとの掛け合いから入る「Look For The Silver Lining」、ギターとピアノをフィーチャーした「Trolley Song」、ベースをフィーチャーした「Just In Time」と5曲が歌われた。ヴァレンタインということで、観客に向かって「この中には、恋人同士のカプルは、どの位いますか?」と聞いて3・4組が手をあげると、「あら、案外少ないのね」といった感じで歌ったコール・ポーターの甘い恋の歌「So In Love」は、声の伸びも良く気持ちも入っていて素晴らしい歌唱だった。ヴァレンタインに因んでのギターとデュオによる「My Funny Valentine」と並んで当夜のハイライトだった。12曲を歌い、アンコールは、アップ・テンポの「Nobody Else But Me」で締めた。大変親しみ易いステージで、美形ということも相まって彼女の人気の秘密もわかるような気がした。リズムや曲の構成にヴァリエーションをつけたらもっと良かったのでは、という印象だった。とはいえ、彼女は、これから益々人気が出るシンガーだろう。(高田敬三)

写真提供/COTTON CLUB 撮影/ 山路ゆか


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