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「インサイド・ルーウィン・ディヴィス 名もなき男の歌」
東宝 (12月17日発売)
ジョエル&イーサン・コーエン兄弟監督の映画のテーマの一つが北米文化特に民俗音楽のルーツである。『オー・ブラザー!』(2000)はロード・ムービーの形式を使いながら、カントリー、ブルーグラスやフォーク、黒人ブルースの起源を旅したが、最新作「インサイド・ルーウィン・ディヴィス 名もなき男の歌」では、時代がぐっと下りフォークソングブーム前夜の1961年のアメリカを描く。
主人公の歌手ルーウィン・ディヴィス(モデルはデイヴ・ヴァン・ロンク)が楽屋口を出ると、夜闇から人形(ひとがた)のシルエットが抜け出すように男が現れ妻を侮辱したかどでデーヴィスを殴打する。凝ったライティングの印象的な開幕である。
待ち伏せしていた男はカントリーやブルース音楽を養ったアメリカ底辺社会の象徴で、差別、抑圧、怨嗟といった声なき民衆感情の化身である。風雨に晒され赤黒く乾いた男の膚には民衆音楽のバックボーンである労働と放蕩がしっかり刻印されている。
ニューヨークのフォークシーンは都会的で洗練されたフォークソングが人気を集め、泥臭いトラディショナルを歌うルーウィンにとって最早活動しやすい環境ではない。恋人の中絶費用を稼ぐためにルーウィンは中部へ旅立つ。旅路の中のさまざまな出来事が物語の中心である。
本作の撮影は現代では稀な35mmフィルムである。ブルーレイディスクの画質は非常に素晴らしく、映画の背景のアメリカ社会の明闇を繊細なコントラストと階調で描き出す。音声はDTS-HDマスターオーディオ5.1CH。サンプリング周波数は通常の48kHzに止まるが、収録は素晴らしく、挿入されるフォーク曲の歌声とギターが歪みなくくっきりと表現されている。(大橋伸太郎) |