2017年5月 

  

「紳士のための愛と殺人の手引き」日本初演・・・・・本田浩子
☆2012年に米国コネティカット州ハートフォードで初演され、2013年にサンディエゴを経てニューヨークのブロードウェイ劇場で上演された「紳士のための愛と殺人の手引き」(原題“A GENTLEMAN'S GUIDE TO LOVE & MURDER”は、2014年にミュージカル作品、ミュージカル脚本、衣装、演出のトニー賞4部門で受賞している。
 原作はロイ・ホーニマン、脚本と作詞がロバート・L・フリードマン、作曲と作詞はスティーブン・ルトバク。

 このヒット・ミュージカル「紳士のための愛と殺人の手引き」が、東京の日生劇場で4月8日から、30日まで上演された。日本版の翻訳は徐賀世子、訳詞が高橋亜子、演出は寺崎秀臣。

 幕が開く前に、舞台に現れた10人程の出演者が、「これは殺人劇、恐ろしい舞台が繰り広げられるので、気の弱い方は、早々にお帰り下さい。」と客席に呼びかけるのが、なんとも愉快で、殺人が伴う喜劇と印象づける。

 舞台は20世紀初め、エドワード朝時代のイギリス。幼い頃に父を亡くし、アパートで母親と貧乏暮らしをしていたモンティ (ウエンツ瑛士と柿澤勇人のダブル・キャスト。私の観劇日の4月12日はウエンツ瑛士) は、唯一の肉親だと思っていた母親が亡くなって力を落としていると、そこへ、母親の旧友のミス・シングル (春風ひとみ) がやって来て、「モンティの母親は大金持ちの貴族ダイスクイス家の血統で、モンティにも爵位継承権がある、但し8番目の継承権よ」と伝える。突然の話に、戸惑うモンティは、まずは、ダイスクイス伯爵のお城見学にやってくる。モンティら見学者の前に、市村正親扮するアダルバート・ダイスクイス伯爵が登場、「貧乏人は理解できん。卑しく、さもしく、汚らわしい」と、歌い上げる。城の豪華さと威風堂々の伯爵に圧倒されたモンティは、継承権を持つ聖職者エゼキエル・ダイスクイス (市村正親) を教会に訪ねる。聖職者なら貧乏な自分に同情して、伯爵に繋いでくれるだろう。そうすれば、なにがしかの恩恵に預かるかもという希望を胸に・・・。しかし、このエゼキエルは、「伯爵と関わるのはご免被る、その代わりに教会を案内しよう、まずは自慢の高い塔へ」とモンティを誘う。皮肉というか、モンティの先を行くエゼキエルを強風が襲い、吹き飛ばされそうになったエゼキエルは、手を貸して欲しいと絶叫するが、モンティは彼が死ねば、継承権の順位が8から7番目に上がると気づいてしまい、手を貸すどころか、彼を見殺しにする。

 モンティは現伯爵を入れて、残りの7人が死ねば、自分が伯爵の富を独り占めと気づき、勿論証拠は残さずに、早速実行することにする。ところで、モンティの恋人 (愛人?) のシベラ (シルビア・グラブ) は、そんなモンティが伯爵になどという夢物語を信じられずに、他の男と婚約してしまう。シベラを取り戻す為にも、モンティは殺人計画を急ぐ。銀行家のアスクイス・ダイスクイス・ジュニアが愛人とスケートを楽しんでいると、モンティは周りの氷を切って溺死させる。殺される8人のダイスクイス家全員を市村正親が演ずるのが、この物語の主軸で今度は誰になってくるのか、とワクワクしてしまい、殺人の怖さよりも、市村のユーモラスな七変化、イヤ八変化に気持ちがそそられる。

 モンティの従弟、ヘンリー・ダイスクイスは養蜂家、温室で、蜂に滅多刺しに会い、死亡、その同じシーンでは、ヘンリーの妹フィービー (宮澤エマ) とのロマンティックな場面が展開するのが、何ともミスマッチで可笑しい。どの場面にも、ユーモアが盛り込まれていて、残虐さは薄まり、おまけに各シーンで市村、そして他の出演者が歌うどの曲もクラシカルな佳曲揃いで聞かせる。最初に登場する春風ひとみ扮するミス・シングルの「あなたはダイスクイス」とモンティに伯爵の継承権を伝える歌も説得力がある佳曲、モンティも加わっての二重唱は聴きごたえ十分。シベラの「あなたがいなきゃ」と歌う曲も、フィービーが涼やかな高音で、私の本当の姿を知ってと歌う「裏を表に」は、二人の女性のモンティへの思いを十分に客席に伝えてくる。

 この芝居の見どころのもう一つは、シベラとフィービーの愛の板挟み・・・ドア一枚を挟んで二人の女性に言い寄られて、嬉しさと困惑で右往左往するモンティのコメディアン振りに、会場は爆笑の渦!!

 ところで、肝心?の殺人劇は、慈善家のヒヤシンス・ダイスクイス夫人、筋肉マンの軍人ダイスクイス少佐も、女優のサロメ・ダイスクイス夫人、銀行頭取のダイスクイス・シニアも皆、証拠の残らない可笑しな方法で命を落とす。残りは伯爵本人一人・・・。一年間に実に7人の伯爵継承権の一族が次々に死んでしまい、当のダイスクイス伯爵はここに至って、モンティを正式な継承者として認めざるを得ない。祝い?の宴が繰り広げられ、伯爵は何故か猟銃を持ち出し、モンティに自分を打てば、すべてはお前の物と、冗談めかしてそそのかす。思わず銃で狙うモンティだが、銃を撃つより先に、伯爵が突然息絶える。

 さあこれで全て目出度しになると喜ぶモンティだが、伯爵殺人の罪で捕らえられてしまう。他の7人は確かにモンティの仕業だが、伯爵は殺していない・・・伯爵の死因は毒殺・・・警察は動機と状況証拠から犯人はモンティと断定して、投獄してしまう。この窮地を救ったのは、彼を愛するシベラとフィービー、二人とも揃って毒を盛ったのは私、と警察に届け、モンティは釈放される。「本当の犯人は、わ・た・し・すべてモンティの為よ」と、ミス・シングルが言うが、もう問題にならない。何故なら、これは、喜劇なのだから・・・。

 余談だが、2013年にブロードウェイでオープンしたこのミュージカルの、ダイスクイス伯爵の一族8人を演じたジェファソン・メイスと、モンティ役のブライス・ピンカムは、共にトニー賞主演男優賞に、フィービー役のローレン・ワーシャムはベスト・女優助演賞にノミネートされている。

 今回の市村正親の驚くべき八変化、ウエンツ瑛士以下、全員の熱演と、佳曲揃いの舞台が、楽しい(!?)ミュージカル・コメディとなった。この舞台は、続く、大阪、福岡、愛知公演でも、大きな笑いを巻き起こすことだろう。

写真提供: 東宝演劇部

ブロードウェイ・ミュージカル「ビッグ・リバー」の日本初演
・・・・・本田悦久 (川上博)
☆原作はマーク・トウウェインの「ハックルベリー・フィン」、ロジャー・ミラー作詞・作曲のブロードウェイ・ミュージカル「BIG RIVER」をユージン・オニール劇場で観たのは、1985年7月10日だった。カントリー調のミュージカル・ナンバーの数々が心に残った。

 この作品は大好評で、同年度のトニー賞7部門 (1最優秀ミュージカル作品賞)、(2最優秀音楽賞: ロジャー・ミラー)、(3最優秀脚本賞: ウィリアム・ハウフマン)、(4最優秀ミュージカル演出賞: デス・マッカナフ)、(5最優秀舞台装置デザイン賞: ハイジ・ランデスマン)、(6最優秀舞台照明デザイン賞: リチャード・リデイル)、(7最優秀ミュージカル男優賞: ロン・リチャードソン) で受賞した。

 さて日本版だが、東京の青山劇場 (1988年3月4日-5月5日) と大阪の近鉄劇場 (5月10日-29日) で上演された。(筆者の観劇日は3月7日の青山劇場)

 翻訳と訳詞は青井陽治、演出はマイケル・グライフ。出演者は真田広之、ロン・リチャードソン, 宝田明、毬谷友子、本間仁、坂口芳貞、青木福喜、ジェニファー・リー・ウォーレン、三木敏彦、仲恭司、宇田憲司、冨田恵子、田中利花、中島啓江、萩原かおり、荒川亮、河東燈士、その他。

(第1幕)
 舞台は、ミズーリ州セイント・ピータースバーグ。泥棒が隠した大金を手に入れたハックルベリー・フィン (真田広之) は、その財産をサッチャー判事 (宇田憲司) に預け、ダグラス未亡人 (冨田恵子) とその姉ミス・ワトソン (青木福喜) の養子として育てられる。「教育を受けろ」「神様を信じろ」「立派な人間になれ」と町中の大人たちから言われて (天国へ行く道) 、自然児ハックは我慢がならない。大人たちに反抗したいのは、誰でも同じ。ハック、トム・ソーヤー (本間仁) をはじめ、町の少年たちは、夜遅く洞窟に集まって、大犯罪を計画する (少年団) が、所詮それは子供じみた空想に過ぎない。
 孤児だと思われていたハックには、飲んだくれの父親がいた。ハックが財産を手に入れたと知って、父親として名乗り出たが、法的にハックはダグラス未亡人の養子になっている、金を手に入れられなかった父親は、我が子を丸太小屋に監禁し、「自分の息子なのに、政府は親子の縁を引き裂くのか」と嘆く (政府)。
 父親は怒りとアル中の幻覚症状のため、ハックに襲いかかってきた。ハックは隙をみて、豚の血をまき散らし、自分は殺されたと見せかけて、父親の前から逃げ出した (かわいいよ、豚は)。
 放浪の旅に出たハックは、大人の世界を拒絶しながらも、自分のアイデンティティを見つけていた (ハックルベリーな僕)。
 ミシシッピ河に浮かぶジャクソン島に逃げ込んだハックは、ミス・ワトソンの奴隷ジム (ロン・リチャードソン) を見つけた。ジムの逃亡を助けようと決心したハックは、ジムと二人で筏に飛び乗り、自由州を目指して河を下る (泥の河)。
 だが、逃亡の旅は楽ではない。人目を避けて夜中に河を下っていると、奴隷を乗せた船とすれ違う。船から流れる物悲しいゴスペル・ソング(彼方の岸辺へ)。
 夜の雨の中を進み続ける二人の筏。そこだけが、誰からも束縛を受けることのない自由の世界(雨の河)。
 ハックとジムは、王様と公爵を名乗る二人の詐欺師に出会う。純真なジムは、二人を王様と公爵だと思い込む。ハックはイカサマ師と見抜くが、面白半分にワルノリして、二人を筏に乗せて旅に出る。沿岸の町の素朴な人々を欺く王様と公爵だが、ジムだけは陽気になれない (お陽様が南に沈む時) 。

(第2幕)
 川辺の町アーカンソー州ブリック・タウンで始まる。ジムを筏に残して、ハック・王様・公爵の3人は、町の人々を集めて、「世にも不思議な両性具有の珍獣の、イカサマ興業を始める (ロイヤル・ナンサッチ) 。
 これが大当たりして、ハックは得意になった。ハックは奴隷商人のふりをして、ジムにいたずらを仕掛けた。ジムは驚くどころか、怒ってしまった。奴隷だって黒人だって、同じ人間のはず。ハックはそう気づいて、ジムに詫びた。心の通い合った二人だったが、人種の違い、住む世界を意識せざるを得なかった (遥かな世界)。
 アーカンソー州ヒルゾボロに上陸した王様と公爵は、(アーカンソー)を歌う若者から情報を仕入れた。町の富豪ウィルクス家の主人が亡くなり、その遺産相続人がまだ現れないという。二人は早速相続人になりすまし、ウィルクス家へ駆け込んで、葬儀の讃美歌 (幸いなるかな、我ら)が流れる中、遺産を騙しとる。
 ウィルクス家の三人の娘は、騙されたとも知らず、父を亡くした悲しみに、打ちひしがれている (どうか、私の許に)。
 王様と公爵のペテンを、面白がって傍観していたハックも、今度ばかりは黙っていられない。彼は二人が奪った金を逆に盗み返して、長女メアリー・ジェーンに戻してやった。
 ハックに救われたメアリー・ジェーンは、立ち去ろうとするハックを引き止め、「しばらくでも一緒にいて欲しい」とせがむが、ハックは筏で待っているジムを見捨てるわけにはいかない (去りゆくだけが旅じゃない)。
 ところが筏に戻ってみると、ジムの姿はない。王様と公爵がジムを奴隷として、近くの農場に住むフェルプス夫妻に売ってしまったのだ。ハックはジムを助け出そうと決心する(光が輝く日)。
 ハックがフェルプス夫妻の所に行ってみると、驚いたことに、夫妻はトム・ソーヤーの叔父と叔母だった。しかも丁度そこにトムが訪ねてくることになっていたので、夫妻はハックをトムだと思い込んでしまう。
 やがて現れた本物のトム・ソーヤーと共にハックはまた計略をめぐらして、ジムを盗み出す (遂に自由の身)。作戦は成功したが、遊び心から抜け出せないトムは、スリルを味わおうと自分からフェルプス夫妻に通報したために、ジムを盗み出そうとした盗賊だと思われ、銃で足を撃たれる。トムが先に逃げろというのも聞かず、ジムとハックは医者を呼びに行き、フェルプス夫妻に捕まってしまう。
 万事休す、と思われたが、そこにどんでん返しが待ち受けていた。ジムの主人ミス・ワトソンは、2か月前に亡くなっており、遺言でジムを自由の身にしていたのだ。トムはそれを知っていながら、ジムの救出作戦を巡らせていた。すべての誤解がとけて、ジムは解放され、北部の自由州を目指す。フェルプス夫妻はハックを養子にしようとするが、ハックは養子にはもうこりごりと、インディアン地区を目指して旅を始める。別れを惜しんだハックとジムはそれぞれの希望を胸に、それぞれの道に旅立って行った。(完)

 ブロードウェイ版「ビッグ・リバー」のジム役でトニー賞ミュージカル男優賞に輝いたロン・リチャードソンが、日本語で歌い、演じていたのが感動的だった。

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 この日、ホリプロの会長堀威夫氏のエスコートで、皇太子殿下ご夫妻が入場され、観劇された。
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(1988年3月7日記)

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