2014年12月 

ジェノヴァ、カルロ・フェリーチェ歌劇場「ルイーザ・ミラー」公演リポート
(11月18日初日)・・・・・・・・・・・・・・・加藤浩子
 72歳の大歌手と27歳の期待の指揮者が、ヴェルディの知られざる名作を共演〜ジェノヴァ、カルロ・フェリーチェ歌劇場「ルイーザ・ミラー」
 北イタリアの港町ジェノヴァの中心部に聳えるカルロ・フェリーチェ歌劇場は、1828年に遡る歴史を持つ、イタリアを代表する歌劇場のひとつだ。第二次世界大戦で被災し、1991年に再オープン。国内屈指の設備と音響を誇る近代的な劇場に生まれ変わった。
 多くのイタリアの歌劇場同様、カルロ・フェリーチェ歌劇場も国の財政難による予算カットに苦しんでいる。そんな劇場の希望の星が、昨年から首席客演指揮者に就任したアンドレア・バッティストーニ。1987年生まれ、27歳の若さながらスカラ座やヴェローナ音楽祭、ベルリン・ドイツ・オペラなど内外で活動を繰り広げ、将来を嘱望されている大器である。日本での活躍も目覚ましく、2012年に東京二期会公演『ナブッコ』でセンセーショナルな日本デビューを果たして以来、東京フィルなどに客演し、同フィルと共演したCDも2枚リリース、いずれも好評を博している。来シーズンからは、東フィルの首席客演指揮者に就任することが決まった。
 そのバッティストーニが、カルロ・フェリーチェ歌劇場で今シーズン最初に振った演目が、ヴェルディの『ルイーザ・ミラー』。数年後の『リゴレット』や『椿姫』につながる心理ドラマの嚆矢とされる、知られざる名作だ。カルロ・フェリーチェ歌劇場ではほぼ40年ぶりの上演だったが、主役のひとりにイタリアを代表する大歌手、レオ・ヌッチを招聘したことでも話題となった。
 1942年生まれと、バッティストーニとはまさに孫と祖父の世代といえるヌッチは、現代を代表する「ヴェルディ・バリトン」。今回演じた退役軍人の父ミラー役も、パヴァロッティらそうそうたるスターと世界中で共演してきた定評のある役柄だ。その華のある声、役と一体化する演唱は、72歳を迎えた今でも他の追随を許さないが、今回も他のキャストを圧倒する名演を披露した。声はなお輝かしく、所作は凛とし、舞台上の一挙一動に苦悩する父であると同時に名誉を重んじる軍人であるミラーの、その場の感情がにじみ出る。登場のアリアにあたる第1幕のアリア「配偶者を選ぶことは」では、朗々とした、同時に彫啄の深い声でミラーの信条を歌い上げ、盛大な喝采を浴びていた。
 対するバッティストーニは、彼の持ち味である若々しいエネルギーに溢れた、テンションの高い音楽作りを展開。ダイナミックレンジの大きな音楽は、しばしばピットから溢れ出さんばかりで、歌手とのバランスがやや損なわれる場面もあった。しかし迫力に富んだ序曲をはじめ、オーケストラが活躍する部分の充実ぶりは、この歌劇場のオーケストラの持てる力を十二分に引き出したといえるものだった。
 他のキャストも熱演。タイトルロールを歌ったアンナ・ピロッツィは近年高い評価を得ているドラマティック・ソプラノで、たっぷりした声量と豊潤な美声の持ち主だが、高音域でしばしば絶叫調になるのが惜しまれる。対してロドルフォ役のジュゼッペ・ジパリは、声量では劣るものの、終始スタイリッシュで安定した歌唱。リリックで柔らかな声も好ましい。ひときわ光っていたのはフェデリーカ役の若いメッゾソプラノ、ダニエラ・イナモラーティ。フレッシュながら深みと輝きのある声を駆使し、恋に悩む高貴な女性を共感を持って造型した。今後の活躍が楽しみだ。
 プロダクションはすでにピアチェンツァなどいくつかの歌劇場で上演されたもので、演出もレオ・ヌッチの担当。天井から吊るされた大きな短冊のような布を大道具として活用し、作品の雰囲気を醸し出した伝統的な舞台で、演出の意図に振り回されることなく、声のドラマに浸ることができた。

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