2011年12月 

OPERA NEWS (ベルガモ発)
Bergamo Music Festival 2011・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・by Mika Inouchi
ベルガモ音楽祭2011年・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・井内美香
Photo: Gianfranco Rota
ガエターノ・ドニゼッティが生まれた北イタリアのベルガモ市にはこの作曲家の名前を冠したドニゼッティ歌劇場がある。1786年に建設された1154席の劇場で、現在はオペラ、演劇、コンサートが上演されるが、2006年からはベルガモ・ミュージック・フェスティヴァルと銘打ったシーズンが開催され秋から冬にかけて4〜5本のオペラと1,2本のバレエが上演される。近年の傾向として、上演が稀なドニゼッティのオペラを取り上げるという方針を持っており、今年は「ジェンマ・ディ・ヴェルジィ」「マリア・ディ・ロアン」の2作品、そしてニコロ・ピッチンニの「チェッキーナ、または良い娘」、プッチーニ「蝶々夫人」というラインナップである。


シーズンのオープニングは9月に上演された「ジェンマ・ディ・ヴェルジィ」であった。世継ぎが出来ない為に夫であるヴェルジィ伯に離縁される妻ジェンマを中心に、サラセン人の奴隷タマスが絡む悲劇色が濃い作品だ。伝統的な舞台を作り上げた演出家はスイス人のローラン・ジェルベル、指揮はロベルト・リッツィ・ブリニョーリ。ジェンマ役に今イタリアの若手で実力派のソプラノ、マリア・アグレスタ、ヴェルジィ伯にマリオ・カッシ、そしてタマス役にはグレゴリー・クンデが出演し好評を得た。



10月に上演された「マリア・ディ・ロアン」はフランスの宮廷を舞台に美女マリアを中心にした愛憎劇である。情熱的な音楽が魅力的な作品であり、このプロダクションの話題は「ジェンマ・ディ・ヴェルジィ」にも出演した名テノール、グレゴリー・クンデがイタリアで初めて指揮をしたという点であった(本国アメリカでは合唱指揮の経験があるとのこと)。演出はこれまでドニゼッティ歌劇場で「ドン・グレゴーリオ」や「リンダ・ディ・シャムニー」などを手掛けているロベルト・レッキア。今回は舞台床面全体に渦潮を作り、その中に大きな枠に入った宮廷を描いた絵画が幕を追うごとに沈んでいく、というような心理的舞台。クンデの指揮は彼の持つ音楽性を反映し、特に第三幕におけるドラマティックな表現などドニゼッティ後期の充実した作品を良く表現した立派なものだった。シャレー伯爵リッカルド役にはサルヴァトーレ・コルデッラ、シュヴェレーズ公エンリーコはマルコ・ディ・フェリーチェ、そしてマリア役にはベル・カントのエキスパート、マジェラ・クラフが出演した。



11月にはピッチンニの「チェッキーナ、または良い娘」が上演された。1760年にローマで初演され18世紀後半にヨーロッパを席巻したオペラ・ブッファの名作である。演出はベルガモ歌劇場の芸術監督でもあるフランチェスコ・ベッロット、指揮はステファノ・モンタナーリ。フェニーチェ歌劇場で初演されたプロダクションの再演である。今回のベルガモ上演に際しては、この夏にベルガモのアンジェロ・マイ図書館で発見されたジョヴァンニ・シモーネ・マイールが所有していた18世紀の楽譜を基にした上演であり、通常演奏される版とは序曲も違う。
ベッロットの演出は1920年代のロンドン、もしくはNYのような都会という設定で軽妙な喜劇に仕立て、モンタナーリのきびきびした指揮も演出に沿ったもの。オーケストラはモンタナーリがチェンバロで通奏低音を受け持つ他13名という小編成だ。歌手は主人公のチェッキーナにこの時代の歌唱に長けたガブリエッラ・コスタ、コンキーリア侯爵にフレッシュな声が魅力のマッテオ・ファルチェール、侯爵の妹ルチンダに増田朋子、騎士アルミドーロにサンドラ・パストラーナ、サンドリーナにヴァレンティーナ・ヴィッティ、パオルッチャは「風と共に去りぬ」のマミー役の扮装(!)で藤谷佳奈枝、ドイツ軍人タリアフェッロに歌も演技も素晴らしかったレオナルド・ガレアッツィ、メンゴットにエンリコ・マラベッリ。演技も凝ったコメディーにベルガモの観客は大喝采を送っていた。



芸術監督のベッロット氏に話を聞いた。「『チェッキーナ』の演出の時代選択はゴルドーニ台本の意図に沿ったものです。彼はこのオペラを当時の現代に設定していた。ただし21世紀にしてしまうと階級によって結婚が阻まれるという設定が成り立ちません。そのぎりぎりの時代設定が1920年代だったのです。そしてこの年代を選んだ事により、偉大なるチャップリンの『ザ・キッド』や、素晴らしい喜劇俳優ハロルド・ロイドなどの映画に言及する事も出来ました。このオペラは原作の戯曲と違い、主人公たちの行動は常に誰かに見られている。その意味で場所の設定は都会の花を売るキオスクにしました。」「二人の日本人歌手にはとても満足しています。朋子は2年前にサッサリでこのオペラを上演した時に知り合いました。オペラの中でも最も有名な大変難しい『Furie di donna irata怒る女の激情が』を歌いこなす実力の持ち主です。一方、佳奈枝は若い歌手のオーディションで採用したのですが、まずコミカルな演技力が素晴らしい事。今回はオペラの中では主役ではありませんでしたが声もとても良い素材だと思います。」「劇場の今シーズンと来年の予定に関しては、今年はドニゼッティの珍しいオペラを2本入れたということで冒険的な年でした。ポピュラーなオペラは『蝶々夫人』しかなかったのです。しかし結果は大成功で劇場はほぼ満席、特にドニゼッティの2本に関しては外国人の観客が約25%以上という、我々の市場調査と広報の結果が正しく出ました。私達はベルガモ市が文化的に高く評価され、またこの劇場が観光客を呼び寄せる魅力となるようにしたいのです。予算は少ないですが出来る事をやっています。来シーズンはドニゼッティの作品としては『ベリザーリオ』、そしてこれはおそらくコンサート形式になると思いますが『マリア・ディ・ルーデンツ』、そしてマリエッラ・デヴィーアが出演する『マリア・シュトゥアルダ』の上演を予定しています。今年以上に良いシーズンになることを願っています。」


BALLET Review (ミラノ発)
Raymonda - Teatro alla Scala・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・by Mika Inouchi
スカラ座バレエ「ライモンダ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・井内美香
Photo: Brescia e Amisano
ミラノ・スカラ座でバレエ「ライモンダ」のニュー・プロダクションが上演された。バレエ団監督のマハール・ヴァジーエフはサンクトペテルブルグのマリインスキー劇場バレエ監督であった時代からマリウス・プティパ振付の復活上演に力を注いできたが、今回の「ライモンダ」も1898年にマリインスキー劇場で初演された時の振付と舞台美術及び衣裳を復活させるという原典版での上演であった。実際の研究と振付にあたったのは現在もマリインスキーのバレエ・マスターを務めるセルゲイ・ヴィハレフ。NYのハーバード・シアター・コレクションが所蔵する「ライモンダ」初演振付のステパノフ記譜法による記録と、サンクトペテルブルグの国立演劇音楽博物館所蔵の初演デザイン画他を使っての再構築であった。スカラ座ではこれまでグリゴロービチ振付版「ライモンダ」が一回上演された他、プティパ=ヌレエフ振付版がパリ・オペラ座の引越公演として上演された事があるが、プティパの「ライモンダ」がレパートリーに入るのは初めての事である。1898年マリインスキー劇場での初演時に主役ライモンダを踊ったのが、スカラ座バレエ学校出身でチャイコフスキー「白鳥の湖」初演も踊っているピエリーナ・レニャーニであることを思うと、原典版「ライモンダ」をスカラ座で蘇演するというのも興味深い事だ。



上演の特徴はまず華麗なるセットと衣裳。帝政ロシアの終末期である19世紀末における宮廷の形式美文化を反映した舞台と色彩の濫費とも言えるコスチュームを見事に再現した大変に美しい舞台である。数多い背景幕も非常に質の高い出来栄えであった。また、スカラ座バレエ団コールド・バレエの他に、スカラ座バレエ学校の生徒達が約70名、エキストラが約50名参加という、まさに当時の帝国バレエの規模の大きさと豪華さが感じられた。振付の特徴は男性主役の踊りが殆ど無くライモンダが圧倒的な主役であり、その他のキャラクター・ダンスと群舞が残りの殆どの部分を占める事である。ライモンダの婚約者ジャン・ド・ブリエンヌにはこの原典版ではソロが一つもないはずの所を、それは現代のバレエ上演としては成立しにくい、ということで、ライモンダの友人達ベランジェとベルナールが第二幕に踊る振付を第三幕のジャン・ド・ブリエンヌの踊りに転用してある。ジャンのライバルであるサラセン人のアブデラーマン役はパントマイムとライモンダのサポートが中心でソロ的な踊りは与えられていない。



ライモンダを踊ったのは近年スカラ座出演が多いマリインスキー劇場のファースト・ソリスト、オレシア・ノーヴィコワである。可憐な容姿に完璧なテクニック、特にポワントの安定は素晴らしく、ライモンダに与えられた数多くのヴァリエーションを楽々踊り抜いた。少し控えめなキャラクターではあるがそれがライモンダ役に気品を与えていた。ジャン・ド・ブリエンヌはシュトゥットガルト・バレエのプリンシパル、フリーデマン・フォーゲル、ハンサムな容姿にエレガントなステージ・マナーでライモンダを支え、第三幕のソロも軽やかであった。アブデラーマンはスカラ座バレエ団プリモ・バレリーノのミック・ゼーニが演じた。その他のソリスト達、群舞も良い踊りであった。


チャイコフスキーと比べると民族色と管弦楽法の重厚さを加えたグラズノフの音楽はやがて失われる世界の豊麗さを示してあくまでも美しい。今回の上演の白眉となったのは、ロシア音楽のエキスパートであるミハイル・ユロフスキーによるバレエのテンポを完璧にリスペクトした指揮と、それに応えたスカラ座管弦楽団のかつてないほどの素晴らしい演奏であった。失われた時代はここにまざまざと蘇ったのである。

スカラ座オフィシャル・サイト「ライモンダ」のページ:
http://www.teatroallascala.org/en/season/opera-ballet/2010-2011/raymonda.html

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