2011年12月 

 
Classic ALBUM Review【交響曲】

「ティーレマン|ウィーン・フィル/ベートーヴェン:交響曲全集/クリスティアン・ティーレマン指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、アネッテ・ダッシュ(ソプラノ)、藤村実穂子(アルト)、ピョートル・ベチャーワ(テノール)、ゲオルク・ツェッペンフェルト(バス)、ウィーン楽友協会合唱団」(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル、SONY CLASSICAL /SICC-20140〜6 CD6枚組+DVD〈生産限定盤〉)
 このところティーレマンの人気は止まるところを知らない。今回のベートーヴェン交響曲全集は、2008年12月から2010年4月にかけてティーレマンとウィーン・フィルが本拠地ムジークフェラインザールで行った「ベートーヴェン交響曲全曲チクルス」のライヴ盤である。この演奏には従来から数多く使われてきたブライトコプフの旧版を使用し、近頃はやり始めた速いテンポのピリオド楽器、ピリオド奏法とは全く異なる旧態然とした懐かしいベートーヴェン、と言いたいのだが、ティーレマンはアゴーギク、デュナーミクを多用し、そして新たに音を被せ彼自身の新しいベートーヴェン像を誕生させた。それは全体的に遅いテンポだが、アゴーギク、デュナーミクの見事な使い方により、かなり重厚さが増している。このようなことから編成の大きな近代オーケストラのマッシヴな迫力を感じることが出来る。ティーレマンの新解釈と伝統的な美しい音色のウィーン・フィルの組み合わせが作り上げたこの新全集は、軽いベートーヴェンを好まない多くのファンにとっては、誠にうれしい贈り物となろう。なおティーレマン、ウィーン・フィルの楽員へのインタビューなどのドキュメンタリー映像「メイキング・ヴァン・ベートーヴェン」がボーナスDVDとして添付されている。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review【協奏曲(ピアノ)】

「ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 /マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)、クリスティアン・ティーレマン指揮、シュターツカペレ・ドレスデン」(ユニバーサル ミュージック、ドイツ・グラモフォン/UCCG-1556)
 久しぶりに胸の躍る組み合わせのCDがリリースされた。大御所ポリーニのピアノ、今話題の指揮者ティーレマン、オーケストラはシュターツカペレ・ドレスデン、そして曲はブラームスのピアノ協奏曲第1番である。既にポリーニとティーレマンは約1年前にミュンヘンでこの曲を共演しており、今回のドレスデンではティーレマンが来年から首席指揮者となる伝統あるシュターツカペレのサポートで2度目の共演が実現することとなった。演奏は第1楽章ピアノ・ソロが入る以前の重厚な序奏から緊張感漂うムードに包まれる。その後ピアノのソロがあたかもオーケストラの一楽器であるかのように加わり次第に存在感を高めていくのだが、ソロはあくまでもオーケストラと対等の立場以上になることはあまりない。この曲でのポリーニのオーケストラに対する助奏的表現の中にある素晴らしい音楽性が聴く人々の心を完全に捕らえるであろう。全曲を聴いてポリーニとシュターツカペレ(ティーレマン)の相性の大切さがよく分かった。 (廣兼 正明)

Classic DVD Review【交響曲・管弦楽曲】

「ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調《運命》作品67、R.シュトラウス:交響詩《英雄の生涯》作品40/小澤征爾(指揮)、バイエルン放送交響楽団(ニホンモニター、DREAMLIFE/DLVC-1227)
 21年前の小澤とバイエルン放響のライヴ。これは熱気溢れる見事な演奏といって良いだろう。当時小澤はすでにボストン響の音楽監督として活躍していたが、まだ50歳半ばでこのDVDでも元気溢れる指揮ぶりを見せてくれる。最初の「運命」は甚だオーソドックスだが、堂々としたこれぞ模範的な「運命」の演奏と言える。指揮を勉強する人たちにとっては、またとないテキストとなり得るであろう。後半のR.シュトラウス「英雄の生涯」でも小澤はバイエルン放響を自在に操り、彼の意図する密度の濃いシュトラウスの音楽を構築することに成功した。そしてコンサートマスターのエルネ・シェベスティエンの見事なソロも小澤の指揮に花を添えていることを付け加えておこう。(廣兼 正明)

Classic Blu-Ray DISC Review【交響曲・管弦楽曲】

「サイモン・ラトル ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 3D イン・シンガポール
ラフマニノフ:交響的舞曲 作品45、マーラー:交響曲第1番 ニ《巨人》/サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(EMIミュージック・ジャパン、EMI CLASSICS/TOXW-4001《3D》)

 昨年11月に行われたベルリン・フィルのアブダビ、パース、シドニー、シンガポール4都市演奏旅行の最終地シンガポール・エスプラネード・ホール演奏会でのブルーレイによる3Dライヴである。再生してみてまず第一にその映像の鮮明さに驚かされる。オーケストラ・メンバー一人一人、各々の楽器、そして観客個人まで細部に亘りリアルに映し出される様は他の録画媒体では決してあり得ない。そして3Dでの舞台上の臨場感はまた格別である。その上、肝心の演奏も素晴らしい。またそれにプラスしてコンサートマスターが樫本大進であることが我々日本人にとってうれしい限りである。事実ラフマニノフの交響的舞曲の第2楽章での樫本のソロの上手さは格別である。後半に収録されているマーラーの《巨人》もラトルの音楽性とベルリン・フィル以外では真似のできない見事なアンサンブルが調和し合い、ここにこのコンビによるもう一つの名演が作り上げられたと言えよう。ラトルが演奏会の最後にもらった花束を笑顔で客席に投げるシーンは、ラトル自身が完璧な演奏だと認めた何よりの証拠であろう。(廣兼 正明)

Classic BOOK Review【音楽論】


「西洋音楽論〜クラシックに狂気を聴け / 森本恭正・著」(光文社新書)
 1970年代後半に20代で東京の現代音楽シーンに頭角を現し、その後、ウィーンに本拠ユキ・モリモトの名前で作曲活動と指揮活動を国際的に展開してきた著者の書き下ろし。クラシック音楽が本当はアフタービートであることなど、著者が幅広い音楽活動のなかで実感した、音楽理解のポイントを指摘する。日本の近代化と欧化思想が辿ってきた、ヨーロッパへの接近の角度、理解の程度、受容の質。音楽による見事な比較文化論である。(石田 一志)

Classic CONCERT Review【器楽曲(ピアノ)】

「ボリス・ベレゾフスキー・ピアノリサイタル」 10月6日 いずみホール
 モスクワ生まれのピアニストらしく、プログラムの前半にロシアの作曲家の作品を並べた。近年脚光を浴びつつあるメトレルの「おとぎ話」から6曲を弾いた。情趣に富んだ旋律で、スラブ魂が息づいている。彼と同時代に生きたラフマニノフの「10の前奏曲」は、小品ながら魅力あふれる内容で、ベレゾフスキーの一音一音に巨匠への敬愛の念がうかがえた。圧巻はプログラム後半のリスト「超絶技巧練習曲」で、圧倒的な音量と繊細な旋律の交差する作品を、高度のテクニックと鋭敏な感性で弾いた。取り分けダイナミックな奏法にチャイコフスキー国際コンクール優勝の片鱗が光っている。(椨 泰幸)
(写真撮影:樋川智昭)

Classic CONCERT Review【アンサンブル(弦楽合奏)】

「イ・ムジチ合奏団」 10月9日 ザ・シンフォニーホール
 結成60周年を記念するプログラムを携えてやってきた。映画音楽でアカデミー賞受賞作品を中心に編曲して聴かせた後、お得意のヴィヴァルディ・ヴァイオリン協奏曲集「四季」で締めくくった。曲目の中には坂本龍一「ラストエンペラー」のテーマやエンニオ・モリコーネ「海の上のピアニスト」から採られたものもあり、伝統を誇るアンサンブルは楽しそうに弾いて、音楽の醍醐味を満喫させてくれた。イ・ムジチの四季か、四季のイ・ムジチかと絶賛された絶品も、年代を経ても色あせることなく、爽やかな持ち味を今に止めている。四季の変化の豊かな日本列島に暮らす人々にとって、ヴィヴァルディの名曲は理屈抜きに体感させてくれる。アンサンブルの人気の秘密がここに隠されていると思う。(椨 泰幸)
(写真提供:ザ・シンフォニーホール)


Classic CONCERT Review【室内楽(ピアノ四重奏)】

「アンサンブル・ラロ」 10月20日 びわ湖ホール
 洗練された感覚のピアノ四重奏団である。出身はロシア、ラトビア、ドイツと異なるが、その違いを巧みにブレンドしてこくのある味わいが滲み出ている。曲目はメモリアル・イヤーにちなんで、マーラー「ピアノ四重奏曲の断片」(第1楽章)とリスト「忘れられたロマンス」「エレジー第1番」「同2番」などを演奏した。哀愁を帯びたメロディーに託されたリストの心境をさらりと歌い上げて、印象を深くした。NHK交響楽団首席コントラバス奏者の吉田秀を加えたシューベルトピアノ五重奏曲「ます」は、躍動感にあふれて、フィナーレを飾った。(椨 泰幸)
(写真提供:びわ湖ホール)

Classic CONCERT Review【声楽曲(ソプラノ)】

「リクライニング・コンサート 第83回 ソプラノの日 世界が愛するディーヴァ登場」 10月24日 Hakuju Hall
 好評のリクライニング・コンサートだが、今回の出演者もすごい。全豪オペラ・コンクールで優勝し、メータ、マゼール、小澤征爾らの指揮するオーケストラでも歌った中嶋彰子の登場だ。レパートリーはシューベルトの「野ばら」、ヴェルディの「マクベス」より「いつまでも一つの汚れが」等。後半には中山晋平の「ゴンドラの唄」まで飛び出し、国境や時代を超えた名曲の数々にすっかりいい気分になったし、MC(もちろんマイクなし)では歌詞の大意をわかりやすく説明してくれるのも嬉しかった。ホール全体に共鳴する生の歌声は、マイクを通した歌に慣れてしまった僕のような耳にはすこぶる刺激的だった。指揮者としても知られるニルス・ムースの、歌に寄り添うかのようなピアノ伴奏も実に快かった。(原田 和典)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「東京交響楽団、東京オペラシティシリーズ第64回定期演奏会」11月3日 東京オペラシティコンサートホール
 今回の指揮は大友直人、プログラムはホルスト:セント・ポール組曲、グリーグ:ピアノ協奏曲、シベリウス:交響曲第5番の3曲。グリーグのソロを弾いたホーヴァル・ギムセ(写真)は欧米で活躍中のノルウェーのピアニストだが、この曲が持つ叙情性を排除し、どちらかと言うとヴィルトゥオーゾ的な演奏であるため、何となく場違いな感が無いではない。そして大友指揮のオーケストラとそりが合わないのか、多くの所でアインザッツの不一致が目立った。今回のメイン、シベリウスでもオーケストラの乗りが今一つ良くなかったが、これらのことは指揮者の責任もあるように思う。シューベルト・チクルス時の素晴らしかった弦にも、今回の演奏では陰りの部分が若干感じられたのは残念である。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review【器楽曲(ピアノ)】

「萩原麻未 ピアノ・リサイタル」11月17日、紀尾井ホール
 昨年度の当ミュージック・ペンクラブ賞「ベスト・ニュー・アーティスト」を受賞した萩原麻未がリサイタルを催した。昨年のジュネーブ国際コンクール<ピアノ部門>で日本人初の優勝を獲得した実力、ならびにその将来性をともに示す東京デビューとなった。
 冒頭ハイドンのソナタでは緊張も見えたものの、次のベリオで本領発揮。表現力と巧みな技術力がただものでない。続くラフマニノフでも豊かな即興性を表現し、ダイナミックな音楽性の持ち主であることは間違いない。独特のテンポ感と豪快なテクニックのピアニストだ。
 萩原の持ち味はその現代性にあるようだ。とはいえ、後半のシューマンでは一転、詩情味あふれた一面も見せた。表現力の幅の広さという点で、彼女は人一倍スケールが大きい。同時に課題も見せた。曲の締め方にもう一つ丁寧な処理がほしい。終わった瞬間の濁りが何度か気になった。だがこれは容易に解決するだろう。大切なのは、この感性をさらに育てる環境なのだろう。(宮沢 昭男)
〈写真:武藤 章〉

Classic INFORMATION【アンサンブル(声楽)】

「びわ湖ホール声樂アンサンブル」
 世界には民族性に根ざした様々の音楽が分布して、多くの人達に感動を与えている。同ホール声樂アンサンブルでは「民族音楽の様々」をテーマにして、紹介してきた。今回は日本に焦点を当て、現代作曲家による抒情的な作品を演奏し、ハンガリーも取り上げる。曲目は池辺晋一郎「東洋民謡集」、林光編曲「混声合唱による日本抒情歌曲集」、コダーイ「マトラの風景」など。指揮は田中信昭。(T)(写真提供:びわ湖ホール)
日時 1月28日午後2時(第48回定期公演) 
会場 びわ湖ホール

日時 2月1日午後7時(第5回東京公演)
会場 紀尾井ホール
お問い合わせ びわ湖ホール 077-523-7136 http://www.biwako-hall.or.jp/


Classic INFORMATION【オーケストラ】

「いずみシンフォニエッタ大阪」
 第28回定期演奏会のプログラムでは「抑圧からの挑戦」のタイトルを掲げて、旧ソ連の横暴にも屈しなかった作曲家の傑作を紹介する。曲目はデニソフ「室内交響曲第2番」、ショスタコーヴィチ「ピアノ協奏曲第1番」など。新実徳英「室内協奏曲第U番」(委嘱新作・初演)も演奏する。指揮は飯森範親、管弦楽は同シンフォニエッタ、奏者は金子三勇士(ピアノ)、菊本和昭(トランペット)。(T)(写真提供:いずみホール)
日時 1月28日午後4時
会場 いずみホール(大阪)
お問い合わせ いずみホール 06-6944-1188 http://www.izumihall.co.jp


Classic INFORMATION【宗教曲(ミサ曲)】

「オランダ・バッハ協会 合唱団&管弦楽団《ロ短調ミサ曲》」
 2008年に初めて来日し、《ヨハネ受難曲》で聴衆に鮮烈な印象を残したオランダ・バッハ協会が、この12月に再来日を果たす。演目は、バッハの超大作《ロ短調ミサ曲》。オランダ・バッハ協会は、芸術監督のフェルトホーヴェンの指導のもと、きわめて高い水準を維持しているピリオド奏法の団体であり、オリジナルな研究成果に基づいた演奏は説得力に満ちている。とりわけ合唱は精度が高く、表現力豊かであり、バッハの開拓した合唱のありとあらゆる可能性が開陳される《ロ短調ミサ曲》は大いに期待が持てる。チャールズ・ダニエルズ、ドロテー・ミールズ、ピーター・ハーヴェイらトップクラスのソリストの共演も楽しみだ。(K)
日時:12月9日(金) 19時
会場:東京オペラシティコンサートホール
お問い合わせ:アレグロミュージック 03-5216-7131
http://www.allegromusic.co.jp/

Classic INFORMATION【宗教曲(オラトリオ)】

「ヘンデル・フェスティバル・ジャパン公演 オラトリオ《サムソン》」
 2003年にヘンデル研究家の三澤寿喜氏によって設立され、ヘンデルの知られざる作品を積極的に日本に紹介している「ヘンデル・フェスティバル・ジャパン」。足かけ10年目となる2012年の年明けに、オラトリオ《サムソン》を取り上げる。旧約聖書に登場する英雄サムソンの最後の1日を描いた、ヘンデル畢生の大作だ。めったに上演の機会のない作品であることに加え、今回の上演にあたっては、ヘンデルの『新全集』において批判校訂版の『サムソン』が刊行されるのに先立ち、この版にもとづいた演奏用の楽譜が提供されており、『新全集』版にもとづく世界初演となる点も注目される。主催者の三澤自らの指揮のもと、波多野睦美、辻裕久ら日本のトップクラスのソリストが集うのも嬉しい。(K)
 日時:2012年1月9日(月、祝) 15時
会場:浜離宮朝日ホール
問い合わせ:アレグロミュージック 03-5216-7131
ヘンデル・フェスティバル・ジャパン公式HP http://handel-f-j.org/index.html

Classic INFORMATION【バロック・オーケストラ】

「フライブルク・バロック・オーケストラ バッハ《管弦楽組曲》全曲」
 ピリオド楽器によるオーケストラの代表格であり、古楽シーンをリードしつづけてきた名門、フライブルク・バロック・オーケストラが初めての来日を果たす。そのレベルの高さ、表現力の豊かさゆえに「ピリオド楽器オーケストラのベルリン・フィル」とも称され、オペラにコンサートにひっぱりだこの人気楽団で、初来日は意外といえば意外。演目には、バッハ器楽の精華であり、この団体が得意とするレパートリーでもある《管弦楽組曲》が選ばれた。音楽の「歓び」あふれる作品とそれにふさわしい演奏で、2012年の聴き初めはいかがだろう。(K)
 日時:2012年1月11日(水) 19時
会場:東京オペラシティコンサートホール
お問い合わせ:東京オペラシティチケットセンター
03-5353-9999 http://www.operacity.jp