2011年7月 

 
Classic ALBUM Review【交響曲】

「ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」、バレエ音楽「プロメテウスの創造物」より/ケント・ナガノ指揮、モントリオール交響楽団」(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル SICC-1453)
 「ケント・ナガノ+モントリオール響 ベートーヴェン・プロジェクト」と銘打ったシリーズの第2弾。最初の「プロメテウスの創造物」は序曲以外の曲を耳にすることは殆どないが、如何にもバレエのための音楽であり親しめる。特に3曲目のハープ・ソロで始まるパ・ド・ドゥであったろう第5曲はチェロのソロが活躍し、アダンのジゼル的そしてモーツァルト的で実に愛らしい。最後の第14曲では後に「英雄」の第4楽章で用いる旋律も出てきて、リスナーはここでようやくこの曲が「英雄」と関係付けられたのかが分かる。
 現代楽器でピリオド奏法を採り入れたナガノの演奏は、特に「英雄」の第1楽章に於いて言い方は変だが律儀ともいえる礼儀正しさを感じる。葬送行進曲ではこの奏法のお陰でいやが上にも荘厳な雰囲気が盛り上がる。スケルツォのテンポは中庸ながら管から弦まで楽器間の繋ぎをはじめ一つ一つの音符に至るまで一糸乱れぬアンサンブルを形作り、終楽章でのクライマックスを待つのである。
 それにしてもケント・ナガノは全盛期と言われたデュトワ時代のモントリオール響にあとひとつ「精緻」と言う素晴らしい能力を与えた、と言えるだろう。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review【交響曲】

「マーラー:交響曲《大地の歌》/フリッツ・ヴンダーリヒ(Ten)、ディートリヒ・フィッシャー=ディスカウ(Bar)、ヨーゼフ・クリプス指揮、ウィーン交響楽団」(ユニバーサル ミュージック、グラモフォン/UCCG-1542〈モノラル〉)
 このCDは1964年6月14日の「ウィーン芸術週間」にムジークフェラインでORF(オーストリア放送協会)により収録された初出ライヴである。この30年前のSP時代に発売された初演者ワルター指揮そしてウィーン・フィル、トルボリ(アルト)、クルマン(テノール)のレコードが現在も決定盤としての評価が高いが、独唱者だけを考えた場合、今回の2人はワルター盤のそれを凌駕しているのではなかろうか。特にフィッシャー=ディスカウは素晴らしい。特に最終章「告別」での歌唱では感動を禁じ得ない。またこの録音の2年後、36歳の若さで事故死したテノールのヴンダーリヒの声域の広い絶唱も見事でその夭折が悔やまれる。またこのCDの録音に関して弦楽器ソロの部分での誇張させすぎた編集にいまひとつの不満が残る。(廣兼 正明)

Classic BOOK Review

「指揮者かたぎ」矢崎彦太郎著 春秋社
 フルトヴェングラーや岩城宏之をはじめ指揮者には洞察力に富んだ優れた文筆家が少なくないが、国際的に活躍する矢崎彦太郎もまたエッセイストとしても通用しそうな文才の持ち主だ。この本はパリ、東京、鎌倉、アジアやヨーロッパ各地を旅しながら、その風土や文化をめぐってフレッシュな眼差しで自在に書き綴られている。指揮者の仕事とはどんなものか、各地の音楽状況、美術の見聞記や読書や食べ物の話など話題は尽きない。私もかつて彼と歓談する機会はあったけれど、なにせ忙しい人だし、ふだんは日本にいないから、私に限らずなかなか話すこともできないだろう。だから、演奏会を聴くことのほかに、こうして文章を読み、近況に触れるとができるのは同時代を生きる者としてうれしいことだ。装丁や造本も見事で、手もとに置いておきたくなるきれいな本に仕上がっている。(青澤 唯夫)

Classic GLASS CD Review

ガラスCD「アナログ・マスター・ダイレクト・マスタリング」シリーズ
 ガラスCDはまださほど普及しているとは言えないが、音の鮮度や透明感など従来のCDよりも明らかな進化がうかがえる。カラヤンの『第9』は確かに高音質だったが、マスターテープと比較していないので、どこまで理想に近いものか私には判断できない。しかしMPC音楽賞を受賞したスダーンと東京交響楽団によるブルックナーの『7番』(写真:通常CD)に関しては、演奏会も聴いているし、SACDもじっくり聴き込み、楽曲分析もしたことがあるので、その卓越性が歴然と実感できる。
 今回、ガラスCDの「アナログ・マスター・ダイレクト・マスタリング」シリーズがリリースされた。20世紀を代表する巨匠フルトヴェングラーとアーベントロートがそれぞれベルリン・フィルを指揮したベートーヴェンの『第5』(1937年収録)の復刻盤は、熱気と緊迫感あふれる当時のベルリン・フィルの力演が驚くべきリアリティをもって再現される。実に見事な出来栄えだ。カザルスによるバッハ/無伴奏チェロ組曲(1936〜39年録音)は人類の至宝とも言える名盤だけに、できれば最上の音質で後世に残したい。
 SPのCD復刻盤は世に多いが、ピッチ(音程)が狂っていたり、音のエネルギーが喪失したり、大切な情報が欠落していたりして、杜撰な仕上がりのものが少なくない。だから私はSP盤も大切に保存しているが、竹針を英国から取り寄せなければならないなど不便なことも多い。こうしたガラスCDなど高音質盤の登場が、古い文化遺産の復活に大きな刺激となることを望みたい。
 このシリーズはガラスCDの生みの親でもあるN&Fの西脇義訓氏と福井末憲氏、さらにSP復刻に優れた実績をもつ新忠篤氏が心血を注ぎ、創立100周年を迎えたセーラー万年筆株式会社との共同事業としてスタートしたもの。広く歓迎されることで、さらなるレパートリーの拡充を期待したい。(青澤 唯夫)

Classic CONCERT Review【オーケストラ】

「関西フィルハーモニー管弦楽団第228回定期演奏会〜デュメイ音楽監督就任記念〜」4月29日 ザ・シンフォニーホール
 著名なヴァイオリニスト、オーギュスタン・デュメイが同フィル音楽監督に就任したのを記念して開かれた。いわゆる「弾き振り」で、ベートーヴェンとモーツァルトをそれぞれ2曲演奏した。ヴァイオリン奏者としての堂々たるイメージは、タクトをとっても少しも変わらず、正攻法でオケを引っ張った。各パートの響きのバランスに優れて、テンポは的確かつ明瞭、旋律線の造形にも細心の配慮がうかがえた。
 最後の曲目のベートーヴェン「ピアノ、ヴァイオリン、チェロと管弦楽のための3重奏曲」は、華やかなうちにも密度の高い内容となった。休演したマリア・ジョアン・ピリスに代わって急遽起用された児玉桃のピアノに乱れはなく、パヴェル・ゴムツィアコフのチェロもうまく溶け込んでいる。(椨 泰幸)
(写真提供:関西フィルハーモニー管弦楽団)

Classic CONCERT Review【器楽曲(トランペット)】

「アレン・ヴィズッティ トランペット・リサイタル」 5月16日 銀座ヤマハホール
 近年、日本製の楽器の良さが世界中で見直され、海外の有名な奏者達によってそのカスタムモデルが数々の演奏会で取り上げられるようになってきた。3月の東日本大震災後2か月経ち、だいぶ海外の奏者や指揮者達が日本に戻ってきて、アメリカ・イーストマン音大卒のトランペット一流奏者として活躍している、アレン・ヴィズッティのリサイタルがあった。ビッコロ・トランペットの活躍する、アルブレヒツベルガー作の「コンツェルティーノ」や、自作の「ソナタ第3番」、「アンダンテとカプリッチオ」、ベルシュテット作の「ナポリの主題による変奏曲」などが演奏された。それは超絶技巧を超えたもので、ペタルトーンから楽器の音域表にない高音域まで、装飾音、ピストン半押のブッシェ奏法、重音奏法、トリプル・タンギングなどの技法を駆使してすばらしい演奏だった。後半は有名なガーシュインの「メドレー」、ビゼーの「カルメン」より、フリューゲルホーンに持ち替えてアーレンの「虹の彼方に変奏曲」、スタイガーズの「ヴェニスの謝肉祭」などが演奏された。ピアノ伴奏するグラマーなローラ夫人とも息があっていて良かった。本日使用した楽器は皆ヤマハの日本製で、トランペットB♭がYTR-9335VGP、ピッコロトランペットがYTR-9835、フリューゲルホーンがYFH-8315G、ピアノがヤマハのCFXであった。(斎藤 好司)

Classic CONCERT Review【オペラ】

「関西二期会公演プッチーニ「ラ・ロンディーヌ」5月29日アルカイックホール(尼崎市)
 上演される機会の少ない作品には集客の点で心配があるものの、関西二期会は積極的に取り上げて、存在感を示している。今回はプッチーニから「つばめ」という意味のオペラを選んだ。若い男女の愛と別れという単純なストリーながら、プッチーニ独特の軽快で甘美な旋律が流れ、揺れ動く主役の心情を見事に射抜いている。2日目を見たが、主役に抜擢された上村智恵(マグダ)が、小餅谷哲男(ルッジェーロ)、日紫喜恵美(リゼット)らヴェテラン勢に支えられて好演した。歌手たちの層の厚いのは何にもまして強みであり、レヴェル向上の原動力になるだろう。
 管弦楽は大阪交響楽団。関西二期会と初顔合わせとなった常任指揮者の寺岡清高は大過なくまとめ、中村」敬一の手堅い演出とともに、埋もれた作品に光を当てることに貢献した。(椨 泰幸)
(写真提供:関西二期会)

Classic CONCERT Review【器楽曲(ギター)】

「山下和仁(ギター)」6月3日(金)19:00フィリアホール
 日本が世界に誇る名ギタリスト、山下和仁が、フィリアホール主催[新たなるギターの巨匠たち〜バッハがつなぐギターの宇宙]シリーズ第2弾に登場し、ソロリサイタルを開いた。曲目は前半が、イングランド民謡(藤家渓子編)「グリーン・スリーヴス」、藤家渓子の3作品(「冷たい波と、赤い血と」、「燈火節」、「貝の歌、石の歌」)、アイルランド民謡(藤家渓子編)「夏の名残りのバラ」、後半は山下和仁自身の編曲によるJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲第6番」。アンコールはグルックの「精霊の踊り」と2曲の古謡(「白い小船」、「コンポステラの歌」)。
 高度な感性と技巧に支えられた山下和仁の演奏はさらに磨き込まれ、一段と深められた円熟の境地を感じさせると同時に、さながら孤高の吟遊詩人を思わせるものであった。比類ない集中力と求心力が、演奏に緊張感と高揚感を与え、1音1音吟味された音の連なりのなかに深い想いが構築されていた。ピンと張りつめたピアニッシモも豊かなデリカシーも出色。(横堀 朱美)

Classic CONCERT Review【器楽曲(ヴァイオリン)】

「レイ・チェン ヴァイオリン・リサイタル2011 〜J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ・パルティータ全曲演奏会」6月4、5日 トッパンホール
 昨年に続いて、レイ・チェンの2度目の来日であり、今回はバッハに挑戦。この難曲を弾ききることは非常に難しく、彼がどのような表現をするのかに関心があった。レイ・チェンは生ぬるい叙情による肥満をきびしく避けて、鋭く精密な技術で曲を進めてゆく。積極的に強く内容を訴えるのがレイ・チェンの特徴でもあり、特に速い楽章のテクニックは実に凄い。驚異的なテクニックといってもよく、どんな音もにごらず、音程もしっかりしているのに驚かされた。特によかったのは二日目に弾いたパルティータ第2番「シャコンヌ」で、技巧の熟達と設計の巧みさに目をみはらされ、後半に向かって、内面からの充実した盛り上がりをみせる感動的な演奏であった。テンポも速く、全体に清潔感が漂う。
 レイ・チェンは1989年生まれで、まだ22歳の若手ヴァイオリニストである。既にヨーロッパやアメリカのオーケストラと協演し、着実にキャリアを築いているとのこと。内面的な深さを欲するファンも多いかも知れない。レイは、この作品を今後、何度も弾いてゆくであろう。少しずつ変化してゆき、内面的な深さが加わった時、レイは更に聴き手を感動させるに違いない。大きな可能性をもったレイのバッハを聴いて、久しぶりに幸福な一時をもてた。大震災と原発の悲惨さが今だに脳裏に浮かぶからである。(藤村 貴彦)
〈写真:Uwe ARENS〉

Classic CONCERT Review【協奏曲(ヴァイオリン)】

三浦章宏 コンチェルト・リサイタル」6月16日 東京オペラシティ コンサートホール
 東京フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスター三浦章宏が、恩師・徳永二男指揮の東京フィルをバックに、バッハ、ベートーヴェン、チャイコフスキーの協奏曲を弾いた。音楽がたいへん素晴らしく、筋の通った勉強と様々な経験のつみ重ねがよい結果をもたらしていた。コンサートマスターというえ責任のある職をこなしながら、実に丁寧に弾いたのが印象に残る。この人の長所は自分で確かに音楽を感じ取り、積極的に音楽を作ってってゆく。生硬さがなく、音楽は自然と流れてゆき、音も美しい。三つの協奏曲全体に云えることだが、三浦は曲のすべてを把握し、曲の構想も十分であった。
 オーケストラに入団し、何十年も過ぎると、自ら音楽を感じ、感性のみずみずしさも少しずつ失ってゆく奏者も多い。三浦のように、協奏曲に挑戦し、初心にもどって勉強してゆく事も大切である。三浦の今後の成長を楽しみにし、一晩にこれだけの難曲を弾ききった三浦に改めて拍手を送りたい。(藤村 貴彦)
〈写真:Michiharu Okubo〉

Classic INFORMATION【室内楽】

「第7回大阪国際室内楽コンクール&フェスタ」優勝団体決まる
 日本室内楽振興財団が3年ごとに大阪・いずみホールで開催するコンクールで、優勝団体が5月24日に決まり25日に発表された。審査の対象は3部門に分かれ、弦楽四重奏では10団体(世界各地から応募したのは35団体)、管楽アンサンブルでは12団体(同30団体)、フェスタ23団体(同146団体)が、5月17日から24日まで行われた予選・本選に進出し、栄冠を目指した。この結果、弦楽四重奏はアタッカ・クァルテット(米国)、管樂はモーフィン・クァルテット(フランス)、フェスタはトリオ「国境なきクラシック」(ロシア)が優勝した。堤剛審査委員長は記者会見で「優勝した人達は自らの音楽を持っている。これから経験を重ねて、大きく羽ばたいてもらいたい」と語った。(T)
(写真提供:日本室内楽振興財団)


Classic INFORMATION【室内楽(ピアノ・トリオ)】

「日下紗矢子VOL2-ピアノ・トリオ」
 パガニーニコンクール第2位などそうそうたる受賞歴を誇り、ベルリンの名門、コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートミストレスをつとめるなど、国際的な活躍を続けているヴァイオリンの日下紗矢子。昨年リリースされた、無伴奏作品を集めた初めてのCDも好評だ。この春には、コンツェルトハウス管弦楽団の有志とともに、東日本大震災のチャリティコンサートを行い、話題となった。
 その日下紗矢子が、昨年来好評を得ているトッパンホールのエスポワール・シリーズで、室内楽を披露する。前回のこのシリーズでは大ベテランのブルーノ・カニーノ(ピアノ)と共演して好評を博したが、今回はより若い世代で、国際的に活躍する2人の共演者〜メルヴィン・タン(ピアノ)と、ペーター・ブルーンズ(チェロ)が顔を揃えた。それぞれ個性的な活動を繰り広げる3人、スリリングなアンサンブルを堪能させてくれそうだ。(K)
〈Photo:www.mathiasmartin.de〉
日時 7月2日(土)午後6時
会場 トッパンホール
お問い合わせ トッパンホールチケットセンター 03-5840-2222
URL http://www.toppanhall.com/

Classic INFORMATION【器楽(ピアノ)】

「ケマル・ゲキチ・ピアノ・リサイタル」
 1962年クロアチアに生まれる。81年リスト国際ピアノコンクール第2位、85年のショパン国際ピアノコンクールで本命視されながらも、審査員の意見が分かれて本選に残れず、センセーションを巻き起こした。その時の録音はドイツや日本で人気を呼び、彼の半生を綴ったドキュメンタリー番組がイタリア、米国で放映された。90年代に演奏活動から遠ざかったが、リスト演奏家として知られ、現在、フロリダ国際大学教授。プログラムはリスト特集で、「ハンガリー風英雄行進曲」「システィーナ礼拝堂に」など隠された名曲を意欲的に演奏する。(T)
日時 9月30日午後7時
会場 いずみホール
お問い合わせ先 いずみホール 06−6944−1188 http://www.izumihall.co.jp