2010年6月 


Audio What’s New


「部屋の影響を受けにくい優れたコンパクトスピーカー」
英モニターオーディオから新しいコンパクトスピーカーのラインが登場した。Apex(英語で頂点)である。5.1ch再生に対応するラインナップだが、同社上級ラインのGS(ゴールドシグネチュア)シリーズのサテライト(サラウンド)としても位置付けられている。一方、従来からのラディウスHDはシルバーRXシリーズのサテライトになる。コンパクトブックシェルフ形式のApex 10、センタースピーカーApex40は、高強度のアルミダイキャストのエンクロージャーを採用、メタリックブラックとパール調ホワイトグロスの2種類の外装色が選べる。専用スタンド、壁掛け用ペンダント等設置のためのアプリケーションも用意されている。Apex10/40のドライバーはPlatinum、GSの技術を踏襲する新開発で、C-CAMバスドライバーはディンプルコーン理論を取り入れた5.5インチRSTコーンを採用。C-CAMトゥイーターは25mm径のゴールドドームで高域特性が35kHzを超えている。スーパーウーファーApex AW-12も用意されエンクロージャーは厚さ30mmのMDFのラッカー仕上げ。
今回はApex 10をステレオで試聴した。小なりと雖も、モニターオーディオの長所が集約されている印象。フロントバスレフ形式になり一言で表現して開放的な鳴り方である。明るくシャープな解像感でサイズに似合わずスケール感が豊か。ピアノは透明感に加え芯の厚味と楽器全体が鳴る響きが出る。バランス上は中高域中心だが中低域に結構厚味があるので音色にコントラスト感がある。ボーカルはボリュームを抑えて聞くと色付のないリアルな歌が楽しめる。部屋の影響を受けにくい優れたコンセプトの製品である。あまりパワーは入らないからコンパクトネスによる定位感、つながりを活かし空間的広がりとスケール感を楽しみたい。(大橋 伸太郎)
MONITOR AUDIO Apex 10
【主な仕様】
■型式:2ウェイ バスレフ型
■周波数特性:60Hz〜35kHz
■感度:87dB(1W@1m)
■公称インピーダンス:8Ω
■最大音圧レベル:110.8dB
■ユニット:
120mm RSTミッドバスドライバー、25mm C-CAMゴールドドームトゥイーター
■クロスオーバー:3.0kHz
■外形寸法:140W×250H×140Dmm
■質量:3.95kg
■価格:¥52,500(一本・税込)
■問合せ先:http://www.hifijapan.co.jp/

Audio ALBUM Review

「バッハatカザルスホール−オルガン作品の精髄/水野均」(MF22202)
 Moltofine(洗練された、優美な)は高品位録音を旨とするN&F社の高音質レーベルでレーザーマスタリングシステムにヨーロッパで主流のフィリップスのODMEAMSを使用、N&F社専用のラインを指定してマスタースタンパーからのダイレクトプレスで製造をおこなっている。収録時のダイナミクスを損ねずに演奏を再現するCD制作を旨としている。水野均は1999年より「カザルスホール・オルガニスト・イン・レジデンス」を務め、ヨーロッパ各地でもソリストとして、あるいはオケ、室内楽、合唱との共演を活発に行っている日本の誇る気鋭である。水野が演奏するオルガンは同ホールの創立十周年を記念しドイツの名匠ユルゲン・アーレントが17世紀末のハンブルクのオルガン建造家アルプ・シュニットガーの楽器に着想を得た<北ドイツ・バロック様式>で製作された。高さ6.0m×幅6.6m、パイプ数2414本、ストップ数418補助ストップを含めると44)、風圧75mmという威容。ここでの水野はこの大型オルガンと対話しJ.S.バッハのポピュラーな名曲を中心に「鳥の歌」(カタルーニャ民謡)までを演奏、DSD録音が捉えたその響きはホールに染み渡り聴き手の心に深く沈潜していく。(大橋 伸太郎)

Audio ALBUM Review

「アルベニス・ピアノ名曲集/下山静香」(MF22803)
 イサーク・アルベニスは日本では「イベリア」等のギター編曲が親しまれているが、フランス近代音楽との関連性を強く感じさせながら伝統音楽の味わいを発散する名曲の数々を作曲したスペイン近代ピアノ音楽の大家である。そのアルベニスの代表曲を収めた最新好録音ディスクが登場した。演奏の下山静香は、桐朋学園(室内楽研究科修了)卒業後、スペインに留学、デ・ラローチャに師事し、アランフェス、マドリード、バルセロナ他各地でリサイタルを行い、「スペインの心を持つピアニスト」と称賛された若手女流である。今回の録音は、静岡県湯河原市の丘陵の頂に建つ檜チャリティー・コンサートホールで同ホールの1960年代製のスタインウェイを演奏、「旅の思い出」op.71、「スペイン組曲」op.47より、「2つのスペイン舞曲」op.164等アルベニスの代表曲を曲の様式感を丁寧に踏まえつつスコア上の全ての音符を慈しみ、楽曲に込められた情緒と風土感、特にスペインの光の輝きを見事に再現している。さて、本CDは総檜造の同ホールの音響を活かしたややオフマイクのDSD録音で、力のないオーディオシステムの場合、音の輪郭の不鮮明なもやっとした演奏に聞こえるが、システムの性能が上がるほど明澄さを増し音場に透明感が生まれ、下山のピアノの芯がくっきりと浮かび上がる。再生システムの実力が露呈する試金石といえよう。(大橋 伸太郎)

Audio Blu-ray Review

「ワーグナー:楽劇《トリスタンとイゾルデ》 バイロイト祝祭劇場2009」 (オーパスアルテ/OABD7067D)
 誰もが知るリヒャルト・ワーグナーの古今無双の名曲でしかも聖地バイロイトでの2009年の上演記録。論議の的はクリストフ・マルターラーの演出。というか私の周辺はほぼ例外なく否定派。結論を先に言うと私は高く評価する。第二幕でイゾルデは若作りの厚化粧、色惚けして心ここにあらずの中年ブルジョワ婦人として登場する。恋愛やセックスが本質的に持つエゴイズム、客観的に見た時の滑稽さ、醜悪を表現しているのだ。名曲をずっと表面的に美化してきたロマンティックな<官能美>を剥ぎ取り、恋愛という人間の本然の中に潜む矛盾や不条理をクローズアップすることで性愛という曲の本質へ切り込んだのである。嫌なら目を瞑って聴けばいい。演奏と歌唱は非常な充実ぶりである。音声形式はPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.0chの二種、映像コーデックはMPEG−4AVC。日本語字幕無。ブックレット付。(大橋伸 太郎)

Audio Blu-ray Review

「カヴァッリ:歌劇《恋するヘラクレス》 ネーデルラント・オペラ2009(オーパスアルテ/OABD7050D)
 太陽王ルイ十四世の成婚記念に当代随一のオペラ作曲家ベネチアのカヴァッリにマザラン枢機卿が作曲を委嘱して完成した一種の音楽劇である。300年来再演されることはなかったが最近復活、昨年ネーデルランドオペラで上演した舞台の収録。仏とスペイン王家の婚姻を寿ぐ序幕から始まるが、舞台に十四世が登場、初夜の床入りで輿入れした王女のドレスを脱がして押し倒すとそのまま劇の主人公の好色なヘラクレス(エルコーレ)に変身する風刺的な演出にまず笑わされる。息子の許婚者に横恋慕しその父親を殺害するヘラクレスの横暴をゼウスが懲しめ結婚の尊厳を称揚する寓話劇だが、演出(デイヴィッド・オールデン)の諧謔的な意図にヘラクレス役のルカ・ピサローニを始め歌手陣がよく応えている。アムステルダム音楽劇場の広大な舞台に大仕掛な舞台装置が次々登場、録音も素晴らしく明澄な歌唱とピリオド楽器のシャープな響きが秀逸、全プログラム261分(本編198分)と非常に長尺だが一見の価値がある。日本語字幕無。音声形式はPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.0chの二種、映像コーデックはMPEG−4AVC。日本語字幕無。ディスク二枚組ブックレット付。(大橋 伸太郎)

Audio Blu-ray Review

「ヴェルディ:歌劇《ファルスタッフ》 グラインドボーン音楽祭2009(オーパスアルテ/OABD7053D)
 シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』をオペラ化したヴェルディ晩年の名作の2009年英グラインドボーン音楽祭での上演ライブ。元来英国が舞台の作品なのでリチャード・ジョーンズによる大胆な演出が試みられ、時代設定は第二次世界大戦に勝利したばかりの1940年代、騎士ファルスタッフはダブルの背広を纏い戦勝で軍人やアメリカ人が幅を効かすのがイマイマしくてならない老人実業家として登場。つまり、英国的な演劇性を前面に出した舞台でクリストファー・パーヴィズが巨体を揺すっての軽妙な演技で難しいファルスタッフ役を達者に演じている。指揮はウラディーミル・ユロフスキで流麗・洒脱。音声形式はPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.1chの二種、映像コーデックはMPEG−4AVC。日本語字幕無。ブックレット付。(大橋 伸太郎)

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「ホアキン・アチューカロ ブラームス:ピアノ協奏曲第2番(オーパスアルテ/OABD7054D)
 ブラームスは2曲のピアノコンチェルトを作曲したが、第二番変ロ長調は四楽章構成で彼のヴァイオリンコンチェルト同様に管弦楽の比重の大きい大曲である。ホアキン・アチューカロはスペインのピアニストで1959年にリバプールの国際コンテストに優勝して楽壇に登場、以来英国との縁の深いわけだがデビュー50周年の区切りにロンドンのジャーウッドホールでロンドン交響楽団と共演した時の映像である。ブラームスの南への憧れが込められた夢見るような濃密なメランコリーがこの曲の味わいだが、一音一音魂を込めてピアノの鍵盤に音符を打ち込む篤実な演奏スタイルで成熟したロマンティズムを醸し出す。音声形式はPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.1chの二種、映像コーデックはMPEG−4AVC。日本語字幕無。ブックレット付。(大橋 伸太郎)

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「ベルリオーズ:歌劇《トロイアの人々》パリ・シャトレ座2003(オーパスアルテ/OABD7059D)
 このベルリオーズ畢生の大作オペラを収めた映像というと、1980年代にレーザーディスクで発売されたメトロポリタン歌劇場の上演が真っ先に思い出され、映像から本作に親しんだ方も多いと思う。本ディスクは2003年10月7日 パリ・シャトレ座での上演記録で、物量にモノを言わせたコスチュームプレイの感があったメト版と対照的に明解な視点の演出(演出・装置・衣裳:ヤニス・コッコス)が試みられ、作品の中核が明らかになった感がある。このオペラは第一幕、第二幕が滅亡前夜のトロイ、第三幕以降は神託によりトロイを逃れたエネ(エアネス)とカルタゴの女王ディドン(ディドー、ダイドー)の愛憎の物語になるが、第一幕、ギリシャ軍の十年の包囲が解かれて喜びに沸くトロイ人達に「木馬を城内に引き入れてはいけない。燃やしてしまいなさい。」と警告するカサンドル(カサンドラ)役アンナ・カテリーナ・アントナッチの演技と歌はシリアスな緊迫感に満ちていて出色である。見終わって現代日本社会に置かれた「トロイの木馬」とは何かと考えさせられ、重苦しい気持ちになった。つまり、現代的なインパクトを見事に生み出しているのである。ディドン役のスーザン・グレアム、エネ役のグレゴリー・クンデもリリックな好演である。音声形式はPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ5.0chの二種、映像コーデックはMPEG−4AVC。日本語字幕無。ブックレット付。(大橋 伸太郎)

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「ライヴ・アット・モントル 1993 & 2006/ B.B.キング」(ヤマハミュージックアンドビジュアルズ/YMXB-10109)
 B.B.が初来日した時(1971年)深夜TVに出演して約一時間演奏を披露した。離れて暮らしていた祖母が偶然放送を見ていてあくる日「体が自然に動いて仕方がなかったよ。」と興奮して電話をしてきたのを思い出す。B.B.がブルースメンとして異例の世界的なポピュラリティを得て長きに渡って第一人者でいるのも、この一瞬で誰をも捕まえる歌と演奏の包容力にある。本作はデビュー44年目の1993年にモントルージャズフェスティバルに出演した時のライブ映像で3管9名の大編成だが、ゆったりと揺れるリズムと泣きのギターは不変である。クック・カウンティ・ジェイルでのライヴや初来日した頃に比較して音色が明るくなった。鮮鋭でクリアなHD映像でコーデックはMPEG-4AVC、音声形式はリニアPCMステレオとDTS-HDマスターオーディオ、ドルビーデジタル5.1chの三種。サラウンドに演奏をこぼし5chをフルに使った臨場感重視のバランス。(大橋 伸太郎)

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「ビル・エヴァンス ザ・ラスト・トリオ・ライヴ'80(完全版)」(バップ/VPXR-71087)
 不世出のジャズピアニストの死の約一か月前のノルウェー・モルデでの公演記録である。当初TVで放送された4曲がビデオ発売されたが、2006年に全11曲が収録されたバージョンがDVDで登場し話題を呼んだ。本作はそのブルーレイディスク化である。クローズアップの手元を見ると指が腫れ上がって膨れている。やはり音楽家であった兄の自殺の痛手もあり重度の麻薬中毒であったエヴァンスは著しく健康を損ねていた。この後、N.Y.のライブハウスに出演するが二日目に演奏が出来なくなり途中でステージを降り、4日後に51歳で死去したのである。本作の貴重さの所以である。4:3の画質は別段HD (コーデックMPEG-4AVC)でなくてもよいレベルだが、リニアPCMステレオの音質は大きく改善されピアノの芯をよく捉えている。特典映像(フォトムービー)“Knit For Mary F”を収録。(大橋 伸太郎)