2007年6月 

Popular ALBUM Review

「オールド・スクール/ココ・テイラー」(P-VINE RECORDS/PCD-23952)
 78歳なってもいまだ現役を続ける“ブルースの女王”ココ・テイラー。今年7月には≪ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル≫での来日が決定している。7年ぶりのリリースとなる本作は、クリス・ジョンソン、ボブ・マーゴリン、ビリー・ブランチといったシカゴのトップ・ミュージシャン達がバックにつき、“モダン・シカゴ・ブルース”の王道をいくサウンドを繰り広げている。その上に、土の中に深く食い込む鍬のように、ココの歌のフレーズひとつひとつが深く刻まれている。煌びやかな虚飾はなく、長年積み上げたまさにOld Schoolな真実だけがそこにある。数年に一度しか届かないレジェンドの歌を十分堪能したい。(菊田 俊介)


Popular ALBUM Review

「ライヴ・ベック ’06/ジェフ・ベック」(ソニー・ミュージック/MHCP1362)
 昨年4月、満年齢61歳の時点で収録された最新ライヴ。これまではサイト上のみで販売されていたものだ。メンバーは大絶賛を集めた05年の来日公演時からヴォーカルが抜けたラインナップ。ピノ・パラディーノ、ヴィニー・カリウタといった実力派とともに、アンサンブルを重視しながらも、一切の妥協を排してギターに真正面から向かっていくベックの姿が印象的だ。60年代まで遡る選曲も申し分なく、最後は近年のライヴの定番「オーバー・ザ・レインボウ」で締めくくっている。(大友 博)

 
Popular ALBUM Review

「ヴォルタ/ビョーク」(ユニバーサルミュージック/UICP1083)
 ビョークの久々の勝負盤である。本作の目玉は、なんといってもアメリカで現在、トップを行くR&B系のサウンドメイカー≪ティンバランド≫の参加である。といっても、完全にティンバランド・ファンの度肝を抜くビョーク・サウンドになっているところが、さすが。しかも同じアルバムで、英国の有名テクノ・アーティスト、マークベル(ソロ・ユニットとしてLFOを主宰、LFOは元2人組で、90年代を代表するテクノ・アーティスト。最近はエイフェックス・ツインともコラボしている)もとりあげているところが、スゴイ。全く違う素性の編曲陣2組を同じマナイタに載せて、自分の世界にしてしまうところは、アーティストとしての面目躍如である。ビョークは暗くて、という人もいるかもしれないが、今回はこうした英米を問わぬトラック・メイカーの活躍も手伝い、大変にポップで(ビョークとしてのポップスだが)、最もポピュラリティーを獲得する盤になることは間違いない。世界ポップスをリードする、とてつもない強力盤。前開きでシールを貼って閉じる変形ジャケットも超異色(メーカーさん、ご苦労様ですね、これは)。(サエキ けんぞう)

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「リマインダー/ファイスト」(ユニバーサルミュージック/UICO1130)
 カナダから強力な盤が届いた。もともと日本でも、フレンチ系女性シンガー・ファンの間で、ものすごく密かに盛り上がっていたファイスト。前作『レット・イット・ダイ』は、フランスでゴールドをとっている。カナダ本国ではプラチナ。そのことが示すように、英語の歌だが、おそらくフランス語圏のアーティストではないだろうか?ともかく曲、歌唱が素晴らしい。同じくカナダ系のk.dラング、ジョニ・ミッチェルといった大物をホウフツとさせるファイストの今作は、けっして大仰になることのないウィスパーぎみの歌唱が、ジワジワと心にしみいる。ポップス、ロックを良く知っていると思われるメロディーへの情熱は、なぜかキャロル・キング初期を思い出させた。最近は、フランスのウィスパー系歌手、ケレン・アン(東芝EMI)が仏語を捨て、英語でアメリカに殴り込みをかけているが、こうした動きは、米国主導のポップス業界に、心地よい刺激をもたらすことは間違いないと思われる。(サエキ けんぞう)

Popular ALBUM Review

「トリビュート・トゥ・ジョニ・ミッチェル/ヴァリアス」
(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-12662
)
 一癖も二癖もある実力者たちが揃ってジョニを讃えながら、自己も主張している。充実した内容で、実に面白い。プリンス、ビョーク、JTはじめ、近年注目のスフィアン・スティーヴンスはいきなり意表をつくファンファーレで「パリの自由人」を表現。エルヴィス・コステロは「イーディスと親玉」に映画を感じ、ホーン中心のオーケストラを与えている。裏声を交えた滑らかな歌声のk.d.ラングも美しい。ジョニの音楽・詩のすばらしさと、幅広いジャンルから選りすぐったアーティストの個性とのドッキングが見事で、聴き応えのある絶品となっている。(鈴木 道子)

Popular ALBUM Review

「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック/スライ&ファミリー・ストーン」
(ソニー・ミュージック/MHCP-1304)

 ブラック・ミュージックが大きく変貌していった1960年代後半から70年代前半にかけての時代を、それこそ≪the other≫などのディスコティックでダンスして過ごしていたひとりとしては今回のスライ&ファミリー・ストーンの紙ジャケ復刻8枚はまさに涙もの。中でもファースト・ヒット「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」をフィーチャーした68年の本作に感動を覚える。12分以上の「ダンス・トゥ・ザ・メドレー」はまさにその後“DJのつなぎ”を予測させかつ、ダンス教則作品でもあった。このセカンド・アルバムをステップにしてスライはますます革命的なアルバムを発表していたのだった。(Mike M. Koshitani)

Popular ALBUM Review

Limited Edition

Original recording remastered

「スタンド!/スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーン」
(ソニー・ミュージック/MHCP-1306)

 1970年代において最も重要なムーヴメントのひとつとなったファンクを牽引したスライ・ストーンの69年の傑作。ロック的な要素も大胆に取り入れたサウンドと、公民権運動を経た新しい時代を生きるアフリカ系アメリカ人としてのメッセージ性も打ち出す、ファンクのスタイルはほぼこの作品で完成された。「ドント・コール・ミー・ニガー・ホワイティ」のようなアグレシッヴな作品を生んだことがそれまでのR&Bと最も違うところだった。(高見 展)

Popular ALBUM Review




「HARD TO FIND 45s ON CD, Vol. 9: 1957-1959/Various」(ERIC 11527)*輸入盤
「HARD TO FIND 45s ON CD, Vol.10: 1960-1965/Various」(ERIC 11528)*輸入盤
 イギリスのエイスが出している「ゴールデン・エイジ・オヴ・アメリカン・ロックンロール」と共に、オールディーズ・ファン必携のシリーズがアメリカのエリックが出している「ハード・トゥ・ファインド・45s・オン・CD」だ。最近は発売頻度が減ってもうネタ切れかと思っていたが、23曲入りのVol.9、24曲入りのVol.10が4月に発売された。カメオ・パークウェイの原盤がついに去年CD化され、CDで入手できない全米のヒット曲の数はぐっと減った事は間違いないが、ヒットした当時のシングル盤と同じヴァージョンとなると、まだまだCD化されていないものが数多くある。なかにはオリジナルと聴き比べてもほとんど違いがわからない程よく似ている録音もあるが、それが別テイクだという事を知ってしまうと、どうしてもオリジナルが欲しくなるのものだ。そんな例がアダム・ウエイドのチャート・ヒット3曲。今回、嬉しい事にその中の「テイク・グッド・ケア・オヴ・ハー」のオリジナル・ヒット・ヴァージョンがVol.10で初めて収録された。また、ダニー・ブルックスの「ミッション・ベルズ」も、これまでのような余計なエコーがない、オリジナルの音が聴けるようになった。さすがに初CD化の曲は少なく、なかにはチャートの60位以下とか、ホット100にもランクされなかった曲が混じり、いささか水増しの感はあるものの、これまでタイム・ライフの通信販売CDにしか入っていない曲が多く収録されているので、やはりお薦めだ。(宮内 鎮雄)

Popular ALBUM Review

「ワム・バム/スティーヴ・マリオット」(MSI/MSIG 0371〜2)
 スティーヴ・マリオットのハンブル・パイの1973年来日公演はローリング・ストーンズを初めて体験した時と同じくらい感激した。このアルバムは故スティーヴ・マリオットの未発表音源を専門に発掘しリリースしているワッピングワーフ・レコーズからの4作目、2枚組だ。1枚目は76年にグレッグ・リドリー、ヴィッキー・ブラウン、クレム・クレムソン、イアン・ウォレス、メル・コリンズ、ブラックベリーズからなるオールスターズと録音したセッションから。2枚目はアレクシス・コーナーほかで客演したヴァージョン。ディラン、ストーンズほかの多くのカヴァーも収録されている。(Mike M. Koshitani

Popular ALBUM Review

「Denim/竹内まりや」(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCL-10407)
 何といってもこのタイトルにこのジャケット。長い人生における喜怒哀楽を‘素敵に色褪せた’綿素材のデニム生地に例えたものだが、6年ぶりに発表したオリジナル新作には竹内まりやにしか出せない素敵な色合いが生み出されている。それは彼女がずっと輝き続けて来たからではあるのだが、そうか、年をとるということはより自然体に近づくことなのか、とも改めて感じ入った。久々のセンチメンタル・シティ・ロマンス、学生時代のバンド仲間である杉真理にもちろん、山下達郎。五十代になって初めての新作アルバム。最終楽曲「人生の扉」に綴られた人間賛歌に触れ、思いも新たに‘嗚呼、美しき五十代’♪(上柴 とおる)


Popular ALBUM Review

「Hug/大上留利子&ジェニファーwith白百合少女合唱団」
(シルバーバーチレコーズ/XQBA-1501)

 今や伝説のアマチュア・ロック・コンテスト「8.8.ROCK DAY」に大型ファンキー・ソウル系バンド、スターキング・デリシャスのヴォーカルとして登場し、全国区で話題をさらった日本版‘クイーン・オブ・ソウル’の元祖、大上留利子。その後ソロに転じ、ここ20年来は地元大阪でヴォーカル教室を主宰しつつ地道に活動を続けて来た大上が満を持して12年ぶりに発表した新作は、昨年暮れの‘大上一族’の公演を収めたライヴ盤。おなじみのR&B楽曲等に加えて冒頭に特別収録された今や大上の十八番ともいえる「大阪で生まれた女」のスタジオ新録音ヴァージョンも聞きもの。大上の慈愛に満ちた眼差しと包容力に「8.8.〜」から重ねた30年という年輪の深さを感じさせる。(上柴 とおる)

Popular ALBUM Review

「Rising Shun/Shun Kikuta」(Yotsuba Records/BCSKS-1)
  シカゴをベースにして活躍しているジャパニーズ・ブルースマン、ギターのスペシャリストでもある菊田俊介の7年ぶりのニュー・アルバム。彼は現在ココ・テイラーのバンドの一員としても活動しているが、シカゴ・ブルースの大御所ココをはじめハーモニカのビリー・ブランチ、そして菊田の旧友でもあるJ.W.ウィリアムスらが今作に参加。オリジナル・ブルースに加えてココの「Voodoo Woman」、ジェームス・ブラウンの「It's A Man’s Man’s World」、ビートルズの「Yer Blues」も収録。本場のブルース・シーンで鍛え抜いている菊田ならではの力作だ。(Mike M. Koshitani)

Popular ALBUM Review

「月に願いを/バーバラ・キャロル・トリオ」(ヴィーナス・レコード/TKCV-35398)
  バーバラは息の長いピアニストだ。ユ50年代はバップ・ピアニストとして鳴らしたが、現在は“キャバレー”で人気の弾き語りとしてN.Y.で活躍している。この新作でも堂々たるピアノ・トリオの演奏と渋いが味わいのある歌を聴かせる。ジェイ・レオンハート(b)、ジョー・コクゾー(ds)が共演し、「バット・ノット・フォー・ミー」「お友達になれないの」「いつかどこかで」「あなたが好き」などのスタンダードをトリオで演奏し、曲によって歌っている。大人の芸がたっぷり楽しめる。(岩浪 洋三)

Popular ALBUM Review

「グレート・ギャツビー〜フィッツジェラルドに捧ぐ/ナンシー・ハロウ」
(ミューザック/MZCF1129)

  ナンシー・ハロウの一連の文学をベースにした歌のアルバムの第4作目。アメリカを代表する作家、スコット・フィッツジェラルドを主題にして彼女自身が作詞作曲した歌をグラディ・テイトと共に歌う文学的香りの高い奥行きのある作品だ。フィッツジェラルドとその美人妻ゼルダは、彼の代表作「グレード・ギャツビー」の主人公のジェイ・ギャツビーと恋人のデイジーの人物像に重なり合う。そんな彼らの生涯を歌で綴ったものだ。ミュージカル化の話もあるようだ。ジャズ・シンガーとしての彼女の歌もさることながら、彼女の作詞作曲面での素晴らしさも強く印象づけられる。(高田 敬三)

Popular ALBUM Review

「ララバイ・フォー・ユー〜トシコの子守歌/秋吉敏子」
(コロムビアミュージックエンタテインメント/COCB53640)

 このところ、秋吉敏子の旧作が何枚かCDで再発されているが、本作は初CD化で価値が高い。1歳半になった娘、マンデイ満ちるに捧げて演奏した子守歌、童謡集だが、荒川康男(b)、原田寛治(ds)が共演したピアノ・トリオで、彼女が編曲し、快適なモダン・ジャズになっている。とくに「毬と殿様」は今も彼女の重要なレパートリーになっているし、「スリー・ブラインド・マイス」もグルーヴィにスウィングする。彼女の名盤のひとつなのだ。(岩浪 洋三)

Popular ALBUM Review

「クロース・トウ・バカラック/平賀マリカ・ウィズ・マンハッタン・ジャズ・クインテット」
(ポリスター/MTCJ-3044)

 このところバート・バカラックの曲がリバイバルしているが、本作はバカラック集で、「ルック・オブ・ラブ」「サン・ホセへの道」「アイル・ネバー・フォール・イン・ラブ・アゲイン」などヒット曲がみんな歌われているが、平賀マリカは歌唱力も表現力も抜群で、みごとな歌いっぷりでバカラックが現代に甦った。MJQのジャジーなサウンドと各人のソロ、デビッド・マシューズの編曲もレベルが高い。(岩浪 洋三)

Popular DVD Review

「ドント・ルック・バック〜デラックス・エディション/ボブ・ディラン」
(ソニー・ミュージック/MHBP95〜96)

 ディラン最後のアコースティックツアーとなった1965年5月の英国公演のドキュメント映画。監督はペネベイカー。今回発売されたデラックス・エディ ションは、67年に劇場公開され、現在でもロック映画の最高傑作に位置づけられているオリジナル「ドント・ルック・バック」に、200時間にもおよぶ未 発表アウトテイク映像から新たに製作された「65ツアー再訪」を加えた2枚組DVD。本編「ドント・ルック・バック」が人間ディランに重点を置いていた のに対し、「65ツアー再訪」ではディランの演奏シーンがたっぷり収録されている。また2枚のDVDとも、副音声でディランのロードマネジャーを務めていたボビー・ニューワースとペネベイカー監督が、詳細な解説を語っている。さらに、コレクターアイテムとなっていた幻のペーパーバック『ドント・ルック・バック』の復刻版(全訳つき)や、プロモーション・ビデオの第一号作品といわれる「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」の映像でつくられたパラパ ラ本もついている。そのほか、ボーナスとして貴重な映像や音源も収録されている。(菅野 ヘッケル)

Popular CONCERT Review
「ビヨンセ」 4月10日 東京ドーム
 たとえ豆粒程度の小ささでしかないとしても、光っているひとを、生で見るのは実にいいものだ。自分までオーラのおすそわけをいただいたような錯覚に陥る。それにしてもビヨンセ。時代を味方につけた者だけが持ちうる輝きと、スター性に魅了された。見られることをとことんまで考慮した(としか思えない)度重なる衣装変えも、あでやかとしかいいようがない。歴代のヒットに交え、大ヒット映画「ドリームガールズ」関連曲を歌うコーナーもあった。とはいえ、全体にメロディーをかなりフェイクし、大声やハイトーンを張り上げてシャウトしていたのには、ちょっと妙な後味を感じたが・・・。そんなに気張る必要はないのになあ。(原田 和典)
写真:Eiji Tanaka

Popular CONCERT Review
「25年目のDUB」3月19日 新宿/ピットイン
 “どくとる梅津バンド”としても知られるグループ。梅津和時(アルト・サックス他)、片山広明(テナー・サックス他)、早川岳晴(ベース)、菊池隆(ドラムス)の4人で1981年に結成された。89年に解散したことになっているが、定期的に再結成がおこなわれており、この日も何回目かのリユニオンであった。途中、ブランクがあっても、彼らの演奏の密度が落ちることはない。それを当ライヴは証明した。後半ではサプライズ・ゲストとして忌野清志郎が登場。『夢助』からの「誇り高く生きよう」を筆頭に、涙が出るほど素晴らしいヴォーカルとギターを聴かせた。どこが闘病中なのかまったくわからないパワフルなステージ。誰も何も彼から音楽を奪うことは出来ないのだ。清志郎LOVE!(原田 和典)

Popular INFORMATION
「Japan Blues & Soul Carnival'07」
 今年も恒例のジャパン・ブルース&ソウル・カーニバルが開催される。今回のヘッドライナーは、1960年代から活躍しているシカゴ・ブルースの女王/ココ・テイラー。7年ぶりの新作「オールド・スクール」をひっさげてのステージは今から多くのファンの期待を集めている。彼女のバンドのギタリストがシカゴを本拠地にして活躍している菊田俊介ということも注目の的だ。そして、これまたシカゴで活動するギタリスト/ローリー・ベルのステージにもブルース・ファンは黙っていられない。そのほか日本側からは吾妻光良&スウィンギング・バッパーズ、マダムギター長見順が出演する。
7月18日(水)大阪・なんばHatch ココ・テイラー/ローリー・ベル
7月19日(木)名古屋・ボトムライン ココ・テイラー/ローリー・ベル
7月20日(金)東京・渋谷duo music exchange ココ・テイラー
7月21日(土)東京・Blues Alley Japan ローリー・ベル
7月22日(日)東京・日比谷野外音楽堂 ココ・テイラー/ ローリー・ベル/吾妻光良&スウィンギン・バッパーズ/マダムギター長見順
http://www.mandicompany.co.jp/hp2007/live/bands_07/bands07.html

Classic ALBUM Review

「マーラー:交響曲第2 番 ハ短調《復活》/デイヴィッド・ジンマン(指揮)、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団、ユリアーネ・バンゼ(Sop.)、アンナ・ラーション(Contralto)、スイス室内合唱団」(BMG JAPAN/BVCC-38471-2)
 3月新譜で出た第1番「巨人」に続くジンマン、チューリヒ・トーンハレのマーラー第2弾。師モントゥ譲りであるジンマンの楽器配置(ヴァイオリン、ハープ、管楽器やバンダ)は特質に値する優れた録音により、普通の再生機器で聴いてもこの効果をかなり明確に捉えることが出来る。そして何よりも彼が醸し出すマーラーの歌は実に軽やかで美しい。特に第2楽章の美しさは格別だ。耽美というより清潔感に溢れており、聴いた後に残る清々しさがジンマンのマーラーなのだ。また第4楽章、第5楽章で歌うアルトのラーション、第5楽章のソプラノ、バンゼの共に節度のある歌唱は、二人の声質が似ていることと相俟って、このCDの成功に大きく寄与していると言えよう。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review

「チャイコフスキー:バレエ《白鳥の湖》作品20(全曲) マリインスキー劇場版/ワレリー・ゲルギエフ(指揮)、マリインスキー劇場(キーロフ歌劇場)管弦楽団」(ユニバーサル ミュージック/UCCP-1124-5)
 ゲルギエフのこのCDはマリインスキー劇場版というだけあって、完全に舞台での踊りを念頭に置いた演奏である。テンポ一つをとっても実際の舞台を彷彿とさせてくれる。例えば第1幕第1場の2曲目「ワルツ」など悠揚迫らぬテンポで通しており、舞踊手が踊ることを十分に考えていることの現れである。それと微妙なポルタメントは心憎いまでの音の演出と言えよう。その他第2場「白鳥たちの踊り」第2曲の「パ・ダクシオン」の実に情感のこもった曲作り、第5曲の「情景」におけるスラーの効果等、1曲1曲の見事な音の構築はまさにゲルギエフの本領である。数ある「白鳥の湖」の中でこれほどまでに舞台を思い起こさせる演奏は希有と言えるのではないか。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review

「リサイタル!/川久保賜紀」ガーシュウィン/ハイフェッツ編:「ポーギーとベス」より、ショスタコーヴィチ/ツィガーノフ編:4つのプレリュード、サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ、ほか 川久保賜紀(vn)、イタマール・ゴラン(pf)(avex-classics AVCL-25140)
 近年欧米で目覚ましい活躍を続ける若手、川久保賜紀のリサイタル盤。小品集だが、名曲お国めぐり的な変化に富んだ凝った選曲と、並のヴァイオリニストではない多彩な表現力で、ヴァイオリン演奏の多様な可能性を快く堪能させる。決してメカニカルに響かない冴えた技巧と、豊かな感情表現。銘器を駆使した音色の美しさを、SACDマルチチャンネルが鮮やかに伝える。ゴランのピアノも親密な、ツボを心得た好演だ。(青澤 唯夫)

Classic CONCERT Review

「リクライニング・コンサート・シリーズ/ヴァイオリンの日」3月8日 Hakuju Hall
 《心からリラックスできるクラシック・コンサートを》という趣旨で好評継続中の「リクライニング・コンサート・シリーズ」第36回目に、ヴァイオリン奏者ジェラール・プーレが大きくフィーチャーされた。彼は1995年にフランス芸術文化勲章を、99年には文化功労賞を受賞している名手。川島余理のピアノのサポートを受けて放たれる生音は豊かで図太い。メンデルスゾーンの「ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調」もよかったが、圧巻は川島のオリジナル「ヴァイオリンのための組曲」。密林の中を方位磁針もなしに、ただひたすら進んでいくようなスリルを感じた。本コンサート・シリーズの演奏時間は大体60分目安なのだが、プーレたちは90分近いライヴを披露。よほどのっていたのだろう。(原田 和典)

Classic CONCERT Review
「オブロー クラリネット アンサンブル 第19回演奏会」 2007年4月13日 川口リリア音楽ホール
 新年度が始まる好季節にクラリネット8重奏団による最高の演奏会があった。「オブロー」はプロのクラ集団として32年の歴史を誇っており、皆名手ばかりである。「炎」(コミペス)を独奏した杉本亜矢は眞の炎が燃え立つかのような素晴らしい情景を表出した。8重奏では「絵のない絵本」(樽屋雅徳)、「叙情小曲集」(グリーク)、「ロミオとジリエット」(プロコフィエフ)など見事に演奏された。メンバーが2人ほど入れ替わりまた新生な薫りがして良かったが、バセットホルンの斎藤紀一が居ないのは老齢な渋い響が薄れ寂しい。今回は特にプリマドンナのエスクラリネットが輝いていた。エスクラは音が立って鋭くなりがちなのに加藤純子は優しく歌い優雅だった。(斎藤 好司)
〈写真:武川賀一)

Classic CONCERT Review
「エディタ・グルベローヴァ・ソプラノ・リサイタル」4月14日 ザ・シンフォニーホール
 最初にリートを歌った時は、やや平凡に感じた。モーツァルト「すみれ」、シューベルト「ます」、ブラームス「<5つの歌>より‘ひめごと’」。「おや、こんなものかな」と首を傾げた次第である。ところが、休憩をはさんでオペラ・アリアに入ると、俄然火を噴いた。ドニゼッティ「<シャモニーのリンダ>よりあ‘ああ、あまりにも遅すぎた’」では、当代きってのコロラトゥーラの片鱗をみせた。ドニゼッティ「<ルチア>より‘あたりは沈黙にとざされて’」で、その輝きは隠しようもなく、自在のコントロールで会場を圧倒した。ころころと声を震わせるアリャビエフ「夜鳴きうぐいす」は、片手をノドに当てて、茶目っ気たっぷり。それでいて、気品を失わない。アンコールを終えた後、満場総立ちになり、拍手が鳴り止まなかった。グルベローヴァは今、円熟の極みにある。ピアノのフリードリヒ・ハイターも絶妙のサポートで、ディーヴァに仕えた。(椨 泰幸)
(写真提供:ザ・シンフォニーホール)

Classic CONCERT Review
スロヴェニア国立マリボール歌劇場「ラクメ」4月18日 フェスティバルホール
 作曲家レオ・ドリーブはバレエの名作「コッペリア」で知られているものの、オペラは余り上演されない。生前はむしろオペレッタを得意としていた。オペラ・カンパニーも欧州の小都市に本拠地を置き、初めての来日である。内容も英国士官とインドの高僧の娘の恋物語で、日本にはなじみが薄いオペラである。期待と不安の入り混じった中で幕を開けたが、題名役に起用されたデジレ・ランカトーレの熱演でいっぺんに盛り上がった。近年アンサンブルが重要視される中で、傑出したスターもまた必要なことを、改めて認識させてくれた。
 ランカトーレのつややかな声には伸びがあり、要所をよく引き締めて、存在感を示した。コロラトゥーラの華といえる第2幕の「鐘の唄」は抜群の安定感で乗り切り、新進ながら並々ならぬ才能である。中音域から低音域へかけても滑らかで、将来が楽しみである。男声では高僧ニラカンタ役のモリーリョ・オイト(バス)が光り、緊迫感に包まれた場面で見せ場をつくった。指揮者のフランチェスコ・ローザはオーケストラを無難にまとめた。もう少し大きくうたわせて、メリハリをつけたいところである。演出は手堅く、オリエンタル・ムードを漂わせることに苦心していた。(椨 泰幸)

Classic CONCERT Review
「正戸里佳 ヴァイオリン・リサイタル」5月11日 津田ホール
 正戸里佳は今春、桐朋音大に入学したばかり。昨年パガニーニ国際ヴァイオリンコンクールで第3位入賞する。出だしこそ緊張もあったが、次のベートーヴェンでガラッと変化した。音楽が強靭な意志を示す。それに乗ずるかのように彼女の音楽も勢いを増し、集中力ある音楽と大人びた表現力。大須賀恵理のピアノのリードも冴えた。イザイの無伴奏で巧みな即興性を見せ本領発揮、逸材振りを披露する。ラヴェルでは変幻自在のリズム感に溢れ、豊かな音楽性を示す。波に乗った彼女は実に強い。さらに終曲パガニーニ/イ・パルピティが圧巻だ。技巧性に富み、左手指の動きは鮮やか。将来性も如実なリサイタルだった。(宮沢 昭男)

Classic CONCERT Review
「東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団第208回定期演奏会」5月15日 東京オペラシティコンサートホール
 プログラムは第2次大戦にかかわりのあるフランス音楽であり、「−そして、地には平和」への道程を追尾するのがテーマ。指揮者の矢崎彦太郎は、1979年よりパリに拠点を移し、現在フランスで活躍している。それだけに深いデリケートな表現力で、聴き手を豊かなフランス音楽の世界に誘い込む。特に日本ではめったに演奏されないオネゲルの「交響曲第2番」は印象に残った。矢崎は弦を豊かに響かせ、第2楽章の抑制された表現、そして第3楽章の溢れる想いをドラマチックに運ぶ。緩急濃淡が結びついた演奏であった。永い間フランスに身を置いている矢崎の成果かもしれない。
 プログラムの後半はフランシス・プーランクの「グローリア」。ソプラノの半田美和子は実に美しい声で、深い感動を秘めた歌い方に心を打たれた。(藤村 貴彦)

Overseas Classic CONCERT Review
「三枝成彰:レクイエム/モナコ初演」 5月5日 モンテカルロ歌劇場
 日本を代表する作曲家のひとりとして、オペラを中心に活発な創作活動を繰り広げている三枝成彰。初の日本語リブレットによる《レクイエム》(曽野綾子作詞)として話題を呼んだ《レクイエム》(1998)が、このたび三澤洋史の指揮によりモナコで初演された。シャルル・ガルニエの設計になる豪華なオペラハウスには、現モナコ大公のアルベール殿下も来場、現地の関心の高さをうかがわせた。
 弦楽器を中心に高い技術を誇るモンテカルロフィルハーモニー管弦楽団は、凝ったオーケストレーションと叙情的なメロディが交錯する《レクイエム》の世界を流麗に表現。テノール・ソロの樋口達哉の、リリックでいて芯の通った声、美しい日本語も魅力的に響いた。合唱を担当した六本木男声合唱団倶楽部もアマチュアながら健闘、合唱フーガを生かした〈聖なるかな〉には拍手が起こり、全曲終了後にアンコールとなって成功に貢献した。だがこの日の主役は作曲者だった。自らも合唱に加わっていた三枝が舞台中央に現われると、スタンディングオベーションになっていた会場が大きく沸き、作品が聴衆に与えた感動を裏づけていた。(加藤 浩子)

Overseas Classic CONCERT Review
パリ・オペラ座公演「ヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》」5月6日 新オペラ座
 ヴェルディの 20番目のオペラに当たる《シモン・ボッカネグラ》(1857初演、1881改訂)は、1970年代にクラウディオ・アッバードによる復活上演が行われて以来、中期の旋律美と叙情性を、円熟期の巧みなオーケストレーションで包み込んだ個性的な作品と認められ、オペラハウスのレパートリー入りしている名作である。パリのオペラ座ではこれまで3つのプロダクションが上演されているが、今回は2006年に制作された最新のプロダクションの再演が行われた。
 特筆すべきは音楽面でのレベルの高さ。主役のフヴォロストフスキーは、きわめて安定したまたむらのない声で、悲しみを抱えた主人公を豊かに表現、ヒロイン役のオルガ・グリャーコワも、澄んで膨らみのあるよく通る声で、情熱的な娘役を創造した。ヒロインの恋人役のステファノ・セッコも、スピントな声を存分に発揮し、情熱的な青年を熱演。加えて指揮のジェイムズ・コンロンが、スコアの繊細さとドラマ性を際立たせる見事な音楽作りで、《シモン》の音楽の美しさを再認識させてくれた。対してヨハン・シモンズの演出には、舞台を現代に置き換えた以上の意味が感じられず、荘重かつ細やかな音楽との乖離が目立った。(加藤 浩子)

Classic BOOK Review

「スコット・ジョプリン 真実のラグタイム」伴野準一著 春秋社刊
 19世紀末、数々のヒット曲を生み出しながら病に倒れた黒人作曲家の栄光と挫折を、綿密な調査・研究と取材で追跡した傑作ノンフィクション。「物語は音楽の理解を助けるが、それは真実の物語でなければならない」と語る筆書だけに、作られた伝説やヒーロー物語を排して、明るい音楽の下に隠された悲しみや絶望をえぐり出す。ラグタイムに真実の音楽、真実の物語を見出した労作だ。
 なお、本書と同時に楽譜「スコット・ジョプリン/ピアノ・ラグ集」(編:近藤譲、運指:ローレンス・M・マクガレル 春秋社刊)が20年ぶりに新装版で復刊された。有名な23曲が収録されていて、初見でも弾けるような曲も多く、実に楽しい。(青澤 唯夫)

Classic INFORMATION
いずみホール企画「日本を代表する室内オーケストラで聴く/ベートーヴェン交響曲全曲演奏会」記者発表 5月2日 銀座 三笠会館
 ウィーンの楽友協会ホールを範とした優れた音響条件と意欲的な企画で、関西のみならず首都圏の音楽ファンからも注目を集めている大阪のいずみホールが、このたび室内オーケストラによるベートーヴェンの交響曲全曲演奏シリーズを企画、東京で記者発表が行われた。全5公演は、オリジナル楽器による「オーケストラ・リベラ・クラシカ」から、ホールのレジデント・オーケストラである「いずみシンフォニエッタ大阪」まで、5つの室内オーケストラで分担されるが、これはいずみホールの規模(821席)と、大編成によるベートーヴェンが主流であることを考えてのことだという。会見にはいずみホール音楽ディレクターの礒山雅氏をはじめ、指揮者の鈴木秀美氏と飯森範親氏が同席、活発な質疑応答が行われた。
問い合わせはいずみホールチケットセンター 06-6944-1188。(K)

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「ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団」7月1日 ザ・シンフォニーホール
 近年イタリアから名指揮者が輩出しているが、アントニオ・パッパーノもその系譜を継いでいる。英国コヴェント・ガーデン王立歌劇場の音楽監督は、イタリアの名門オーケストラの同じポストも引き受けて、今や日の出の勢いにある。このたびドイツ音楽を引っ下げて大阪公演に臨む。曲目はベートーヴェン交響曲第5番「運命」、マーラー交響曲第1番「巨人」。料金は8,000〜18,000円。お問い合わせはザ・シンフォニーホール(06−6453−6000)へ。(T)
(写真提供:ザ・シンフォニーホール)

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ローマ・イタリア歌劇団「セビリアの理髪師」7月8日 フェスティバルホール
 生きのいい新進人歌手を中心に選抜された歌劇団が来日する。新人歌手の登竜門として知られるイタリア中部の古都スポレートの声楽コンクールで優勝した人達を中心に結成している。ここからはオペラ界を担うスターを送り出して、実績を誇っている。難関を突破した実力者たちの競演に期待したい。出し物はロッシーニの傑作オペラ「セビリアの理髪師」で、ロジーナのアリアなど聴かせどころが待ち構えている。料金は4,500〜15,000円。お問い合わせはフェスティバルホール(06−6231−2221)へ。(T)