2006年7月 

Popular ALBUM Review

「エルヴィスUKナンバー・ワン・シングル・ボックス/エルヴィス・プレスリー」
(BMG JAPAN/BVCZ-39621〜38)

 ロックン・ロール・ビッグ・バン50周年を記念してリリースされたUKチャートで、ナンバー・ワンを獲得したエルヴィスのシングル盤18枚のコンプリート。昨年イギリスでここに収められたシングルを、毎週一枚づつリリースしたところ、3枚がナンバー・ワンを記録、他にリリースされたものすべても5位内に入るという快挙を成し遂げた。まさに“エルヴィスの奇跡”、そんな空前絶後のボックス・セット。忠実に再現された各シングルのオリジナル・ジャケットに、ブラック・ディスクと手のこんだ作りはもちろんのこと、何といっても嬉しいのは、特典として、1957年に日本独自の企画盤としてリリースされた「ラヴ・ミー・テンダー」の10インチ・アナログ・レコードの復刻盤が付いているということだ。(BILLY諸川)

Popular ALBUM Review

「マイケル・フランクス/ランデヴー・イン・リオ」
(コロムビアミュージックエンタテインメント/COCB-53504)
 メジャー・デビュー30年となるフランクスだが、この作品はいい曲が揃っていて、活き活きと自然な流れが美しい。プロデューサー5人によるが、ボサ、サンバ調中心にすっきりとまとまっている。相変わらず知的で甘美なしゃれた歌詞、スマートな音楽性。アクースティックでシンプルに歌いなおした「アントニオの唄」はヴァースも入れ、オリジナルとは比べ物にならない円熟した歌声が印象的。静かな美しい作品やしゃれたスキャット風もあり、ゴッホ、ゴーギャンなどに例を借りて批評家に批判の矛先を向けたり、一貫した特徴を示しながら、締まった好盤に仕上げている。(鈴木 道子)

 
Popular ALBUM Review

「リヴィング・ウィズ・ザ・ウォー/ニール・ヤング」
(ワーナーミュージック・ジャパン/WPCR-12367)

 お願いします、米ブッシュ大統領どの。もう還暦を迎えた老練ロッカーにこのような作品集を出させないようにして下さい。あんまりです、聞くほどに辛くなってしまいます。好きな音楽を好きなようにのんびりやらせてあげたいんです。われわれの至宝ともいえるニール・ヤングをかつてないほど一気に大噴火させてしまって...彼の寿命が縮まったらいったいどうしてくれるんですか? 責任をとって即刻辞めてもらいたいです。事はアメリカだけではありません。このアルバムを聞いて、ブッシュどのと仲の良い某首相(&そのチルドレン)がわがまま勝手に振舞っているどこかの国の行く末にもイメージを重ねてしまうのは私だけでしょうか?(上柴 とおる)

Popular ALBUM Review

「ユア・ヒット・パレードII フィーチャリング・スクリーン・ヒッツ!/ベンチャーズ」
(M&I/MYCV-30384)

 昭和30年から20年以上にわたって親しまれた文化放送≪ユア・ヒット・パレード≫といえば、映画音楽が数多くチャート・インしていた。そんな同番組を賑わした「エデンの東」「遥かなるアラモ」「太陽がいっぱい」「監獄ロック」「ある愛の詩」など懐かしのスクリーン・ヒット・ナンバーをベンチャーズがニュー・レコーディング。まさに同時代を生きた彼らならではの仕上がり。そして、もちろん今年の夏もベンチャーズは全国津々浦々でテケ・テケ・コンサート!(Mike M. Koshitani)

Popular ALBUM Review

「SACRED〜神聖/ロス・ロンリー・ボーイズ」(ソニー・ミュージック/EICP-647)
 テキサス出身のメキシコ系ガルサ三兄弟は今やアメリカン・ロックの主流!グラミー賞を受賞したデビュー・アルバムに続く新作はまさしく縦横無尽な魅力に満ちてさらに密度の濃い内容になりました♪ギターがワウワウ唸るラテン風味あふれる4曲目など彼らならではの迫力で本領発揮ですが、曲が進むうちに色合いが多彩になり、彼らが持つしなやかさが思わぬほどのポップな仕上がりとなってぐんぐんとのめり込まされ、10曲目なんて昔のメロウなキンクスを思い浮かべてしまうほど。またフッとクラプトンの風情を感じたりしてしまうような楽曲もあったりで、ほんとにもう今どきのグループながら‘大人のロック’世代にも自信を持ってお薦めします♪(上柴 とおる)

Popular ALBUM Review

「HERO/カーク・フランクリン」(BMG JAPAN/BVCM-38018〜9)
 コンテンポラリー・ゴスペルのカリスマの最新作。過去のアルバム同様全米ゴスペル・チャートで26週以上No.1をキープしている他、様々なチャートでクロスオーヴァー・ヒットになっている。自らの生い立ちを投影した強烈なメッセージ性に加えて、アース・ウィンド&ファイアーやティアーズ・フォー・フィアーズなど、おなじみの名曲のサンプリング/エレメント使用のセンスも健在だ。日本盤のみ、ゴスペラーズと共演した貴重なテイク「リーン・オン・ミー」やビデオを収録したスペシャル・ディスクを加えた2枚組で発売。(村岡 裕司)

Popular ALBUM Review

「ジェントリー・ウィープス/ジェイク・シマブクロ」
(ソニー・ミュージック/EICP-625

 ジミヘンのようにウクレレを弾く男とも呼ばれるハワイ出身のウクレレ奏者、ジェイク・シマブクロの最新フル・アルバム。タイトルから連想されるように、ビートルズの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」をウクレレ・ソロで演奏。かなりフィットしていてウクレレも泣いています。ウクレレが大好きだったジョージ・ハリスンにも聴かせてあげたい仕上がり。ほかに「アメリカ国歌(スターズ・スパングルド・バナー)」など、全16曲のインストゥルメンタルで今回もウクレレの限界に挑戦している。(広田 寛治)

Popular ALBUM Review

「幻想飛行/ボストン」(ソニー・ミュージック/MHCP-1108)
 このデビュー盤と2作目「ドント・ルック・バック」が紙ジャケット仕様のみならず、待望の‘デジタル・リマスター’で30年ぶりに甦りました!1976年に彼らのデビュー・ヒット「宇宙の彼方へ」を初めて聞いた時はその驚異のギター・サウンドに衝撃を受けましたが、アンプや電子機器などで多くの特許を取った‘ロック界のビル・ゲイツ’ことマサチューセッツ工科大卒のリーダー、トム・ショルツ自らがリマスターを手掛けた今回の盤はこれがもう30年も前にレコーディングされた作品とは思えないほどにとても新鮮な印象を伴う仕上がりで、ふくよかで豊潤な音になって楽曲のクォリティーの高さをより引き立てます。若人には‘新作’として聞いてもらいましょう。(上柴 とおる)

Popular ALBUM Review

「ソングス・オブ・ボブ・ディラン/Various」(BMG JAPAN/BVCM-34048)
 昨年秋に公開された映画『ノー・ディレクション・ホーム』をはじめ、そのサウンドトラック・アルバムの発売やオリジナル・アルバム(紙ジャケ仕様)のリリースなどで、今また改めて、その存在に注目が集まることとなったボブ・ディラン。その偉大なる功績を、ニルソンやパティ・スミス、カウボーイ・ジャンキーズらによるカバー音源で、今いちど、現代で整理し、再確認させるリスペクト・アルバム、全18曲。聞きものは、何といってもエルヴィスの「明日は遠く」で、“エルヴィスの歌が自分のなかにルーツとして流れている”と語ったディランが、この音源を最初に耳にしたときのリアクションを想像してしまう。 “エルヴィス、よくぞオレの歌をうたってくれた”と彼は絶対に狂喜したはずだ、と僕はこの音源を聴いて確信する。(BILLY諸川)


Popular ALBUM Review

「メモリーズ・オブ・ユー/ケン・ペプロフスキー・カルテット」
(ヴィーナス・レコード/TKCV-35372)

 ケンはモダンなクラリネット奏者として有名だが、ここでは味わい深いテナーもたっぷり聴かせてくれるのがうれしい。ベニー・グッドマンで有名な「メモリーズ・オブ・ユー」を2度演奏し、テナー版とクラリネット版の両方を聴かせてくれるのがうれしい。クラリネットを吹くと色気があり、クリアーな音の美しさを存分に生かしており、個性も豊かだ。またテナーではホーキンズとズート・シムズの中間をゆく温かで太いトーンが心地よい。ジャズのエッセンスのようなアルバムだ。(岩浪 洋三)

Popular ALBUM Review

「エヴィデンス/ジ・アイディア・オブ・ノース(キングレコード/KICJ-504)
  ≪富士通ジャズ・エリート≫ジャズ・コンサートで来日して、素晴らしいステージを披露したオーストラリアのアカペラ・グループ、ジ・アイディア・オブ・ノースの4作目。日本盤初登場。ホレス・シルヴァーの「シスター・セイディー」やモンクの「エヴィデンス」などジャズ曲も良いが、メンバーのオリジナル「レイチェル」が特に印象に残る。歌もさる事ながら作編曲の技量にも驚かされる。彼らは本国でつい最近、新作「The Gospel Project」を発表した。(高田 敬三)

Popular ALBUM Review

「モメンタム2006.3.31.16:30/アキコ・グレース」
(コロムビアミュージックエンタテインメント/COCB-53547)

 アキコ・グレースの初ライヴ録音。渋谷のサロンで少人数を前に行った演奏をぼくも聴きに行ったが、ライヴということもあり、よりアグレッシブにパワー全開でピアノを弾いており、ダイナミックだ。しかし、選曲の面では彼女の知的な面がよく出ている。童謡「赤い靴」も面白いし、詩的でいい。「ディア・オールド・ストックホルム」の幻想的な演奏も残るが、彼女の凄さが出ているのが「オール・ブルース」で、奥が深く、大胆で個性的だ。彼女の音楽的レベルの高さは群を抜いている。安力川大樹(b)、小山太郎(ds)が共演。(岩浪 洋三)

Popular ALBUM Review

「TIMES SQUARE LIVE AT STB139/エリック・ミヤシロ」
(ヴィレッジ・ミュージック/URCL11002)

 エリックはハワイ出身のハイ・ノート・トランペッターで、日本で活躍中。彼の存在は貴重で、日本のビッグ・バンドから引っ張りだこだが、本作は自分がリーダーになってのビッグ・バンドで六本木“スイート・ベイジル”でのライヴ録音。近藤和彦、佐藤達哉(sax)、中川英二郎(トロンボーン)、岩瀬立飛(ドラムス)らも加わっており、バンド演奏もリッチで迫力があるが、エリックのハイ・トーンは天井破りで、聴いていると気分がスカッとする。かつてのメイナード・ファーガスンを思い出させるプレイだ。「ダニー・ボーイ」など高音だけでなく、表現の豊かさも味わせてくれる。(岩浪 洋三

Popular ALBUM Review

「SMALL COMBO/矢舟テツロー」(VOZ RECORDS/VOZ-2)
 ブロッサム・ディアリー、ベン・シドラン、ジョージー・フェイムなどから影響を受けたという日本では、珍しいタイプのピアノの弾き語りシンガー、矢舟テツローの2作目のアルバム。自分のオリジナルの他、「ハニーサクル・ローズ」や「二人でお茶を」などをベースに自分の日本語の歌詞を歌ったりして、ユーモアもあり、軽妙でヒップな歌を聞かせる。自分のスタイルを確立する為にいろいろ模索中という感じを受けるがこれからが、楽しみなシンガーだ。(高田 敬三)

Popular ALBUM Review

「RCAスウィング!100/Various 」(BMG JAPAN/BVCJ-38101〜6)
 いきなり、価格で驚いた!何と6枚組で3150円。100曲聴けて、この値段。1曲あたり30円ではないか!30円で、グレン・ミラーの「ムーンライト・セレナーデ」や、デューク・エリントンの「A列車で行こう」、さらにルイ・アームストロングの「この素晴しき世界」、ペレス・プラードの「セレソ・ローサ」などが聴ける、フトコロにも、右脳にもやさしい、優れモノのコンピレーション・アルバム。座右の銘を“生涯ロカビリー”とする僕にとって、何を隠そう、こういったスタンダード・ジャズこそ、実は心の拠り所になっている音楽。ゆえに、愛聴盤として、今この原稿を書いている後ろでも鳴っている。今はちょうど、ベニー・グッドマンの「シング・シング・シング」が流れている。やはり最高である!(BILLY諸川)

Popular DVD Review


「ハイド・パーク・コンサート リマスター版/ザ・ローリング・ストーンズ」
(エイベックス・エンタテインメント/AVBF-22866)

 1969年7月5日、ロンドン/ハイド・パークで行われたローリング・ストーンズのフリー・コンサートの記録。観衆30万人とも50万人とも伝えられたその日のコンサートは、2日前に他界したグループの創始者、ブライアン・ジョーンズへの追悼ライヴという形で行われた。今回、特典映像としてその日に演奏されながらも未発表になっていた「マーシー・マーシー」「ストレイ・キャット・ブルース」「ノー・エクスペクテーションズ」の3曲が初めて登場する。世界中のストーンズ・ファンから驚きと喜びの声が上がっている。若いファンには当時のカルチャー・ムーブメントをしっかりと体験してもらえる一作だ。(Mike M. Koshitani)

Popular DVD Review

「ワン・プラス・ワン 悪魔を憐れむ歌/ザ・ローリング・ストーンズ」
(キングレコード//KIBF-372)

 ローリング・ストーンズが1968年に発表した「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング・シーンを当時フランスのヌーヴェル・ヴァーグの旗手と注目されたジャン=リュック・ゴダールが監督して「ワン・プラス・ワン」という映像作品として完成させた。ひとつの楽曲の録音していく様子を、当時の時代を感じさせるいかにもゴダールらしいシーンをクロスさせながら展開させていく。今回は監督ヴァージョンの「ワン・プラス・ワン」と、イアン・クオリアー編集ヴァージョン「悪魔を憐れむ歌」の両方がデジタル・リマスタリングされ、ファンの前に登場だ。見逃せない!(Mike M. Koshitani)

Popular BOOK Review


「ライク・ア・ローリング・ストーン/グリール・マーカス著 菅野ヘッケル訳(白夜書房)
 アメリカの「Rolling Stone」誌でロック史上もっとも偉大な曲に選出されたボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」がいかにして生まれ、時代を超える不朽の名作として現在 も存在し続けるのかを解き明かす。著者マーカスの博識に驚かされると同時に、その鋭い分析に脱帽させられる。また、エピローグで再現される、1965年6 月15、16日のレコーディング・スタジオでの生々しいやりとりだけでも、読む価値がある1冊だ。ストーズもカバーしているこの曲は、発売当時、ディラン はストーンズのメンバーになりたくて作ったのではないかと想像したファンも多くいたという。(Mike M. Koshitani)

Popular BOOK Review


「アサイラム・レコードとその時代/執筆・天辰保文、北中正和ほか」(音楽出版社)
 イーグルスで名をあげ、ジョニ・ミッチェル、リンダ・ロンシュタット、さらにはボブ・ディランも一時的に身を寄せていたウエスト・コーストを拠点にするアサイラム・レーベルの仕事をていねいにまとめた一冊。レーベルの歴史はもちろん、重要アーティストの紹介、173枚のアルバム・ガイド、さらにはジャクソン・ブラウンら所属アーティストへのインタビューから評論、対談まで、アサイラムのすべてがつまっている。(広田 寛治)

Popular BOOK Review


「'60sロック自伝/鮎川 誠」(音楽出版社)
 ジャパニーズ・ロック・シーンの重鎮、シーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠、彼の音楽体験を見事に纏め上げた一冊。それは、1960年代初頭からの洋楽にはじまる。アメリカのロックンロール、リズム&ブルース、イギリスからのビートルズやローリング・ストーンズ・・。そんなホットなサウンドとの出会いが鮎川のミュージシャンとしてのルーツを作った。彼の音楽の楽しみ方がストレートに伝わってくる。一方で注目すべき点は、本書がまさに60年代の音楽史にもなっているところだ。あの時代をリアル体験した団塊の世代にとっては涙本であるとともに、若い音楽ファンには貴重な歴史書となることだろう。(Mike M. Koshitani)

Popular CONCERT Review

「ジャズ・エリート2006」6月8日 大阪厚生年金会館芸術ホール
 富士通が≪100ゴールド・フィンガーズ≫と交互に一年おきに行っているコンサート≪ジャズ・エリート≫。今年のラインアップは、ヘレン・メリル、ジャネット・サイデル、ハワイのベースを弾きながら歌うブルース・ハマダ、オーストラリアからのアカペラ・グループ、ジ・アイディア・オブ・ノースと変化に富んだヴォーカル・コンサートだった。ジャネット・サイデルや、アカペラ・グループは、これまでライヴ・ハウス出演が多かったが、大きなホールでの公演は、気合が入っていて素晴らしかった。多くのミュージシャンが参加するステージならではのジャネットとブルースのデュオなど、楽しいハプニングもあり素晴らしかった。(高田 敬三)

Classic ALBUM Review

「ベートーヴェン:交響曲第3番《英雄》、第8番/パーヴォ・ヤルヴィ指揮、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン」(BMG JAPAN BVCC-34139)
 このところベートーヴェンの交響曲では「ベーレンライターの新原典版」や「ヘンレ版」を用い、ピリオド楽器を導入しての、テンポの速い颯爽とした演奏が多い。昔のフルトヴェングラーや、ワルター、カラヤンなどの演奏が最も正統的と考えていた聴衆にとっては、この種の演奏はまさに晴天の霹靂であると思う人も多いであろう。しかしこれらの演奏が今最も新しいスタイルであり、多くの若いクラシック・ファンに受けられていることは紛れもない事実である。このヤルヴィの解釈とドイツ・カンマーフィルの一糸乱れぬ演奏を聴いて、快哉を叫びたくなるのは筆者だけではないだろう。この新しく校訂された新原典版には多くの魅力的な新発見がある。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「ベートーヴェン:交響曲全集&序曲集/デイヴィッド・ジンマン指揮、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団、他」(BMG JAPAN BVCE-38097/101〔5CDs〕)
 この全集は「ベーレンライター新原典版(ジョナサン・デル・マール校訂版)」で、上記ヤルヴィ盤と共に誠に魅力的な演奏である。こちらは1997年から始まったベートーヴェン交響曲全曲録音に2004年録音の序曲9曲をフィル・アップした5枚セットのアルバムである。一般的に新原典版による演奏は相当に速いテンポで演奏されているが、楽譜には当然のことながら具体的な速度が指定されているわけではない。この速い演奏に加え、ジンマンは低音弦の数多いスタッカートをスタッカティシモ(新原典版ではどのように表記されているか分からないが)にしたり、あるパッセージでは我々が今まで聴いてきた旋律ではない裏の動きを表に出したりして、まったく新鮮なそしてシャープな歴史的とも言えるベートーヴェンを作り上げてしまった。加うるに驚くほどの合奏技術を持つチューリヒ・トーンハレ管あっての成功でもある。そして最後にこれだけの価値ある全集がたった3,000円で買えるということをも併記しておきたい。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review

UCCP-3330

UCCP3334

UCCP3336

UCCP3337

UCCP3338/9

UCCD-3520

UCCD3524

UCCD3525

UCCD3526

UCCD352

「20世紀の巨匠シリーズ「エドゥアルト・ベイヌム(1901〜1959)」の芸術」
(ユニバーサル・ミュージック 全10種)
《マーラー 交響曲「大地の歌」》(UCCP-3330)
《メンデルスゾーン 交響曲第4番「イタリア」、 モーツァルト 交響曲第29番》
(UCCP3334)
《ドビュッシー「夜想曲」、「海」、他》(UCCP3336)
《ヘンデル「水上の音楽」》(UCCP3337)
《ブラームス 交響曲全集》(UCCP3338/9)
《ベルリオ_ズ「幻想交響曲」他》(UCCD-3520)
《マーラー 交響曲第4番 他》(UCCD3524)
《ラヴェル「ボレロ」、「ラ・ヴァルス」他》(UCCD3525)
《シベリウス 交響詩「フィンランディア」、「悲しきワルツ」他》(UCCD3526)
《ブリテン「春の交響曲」、「青少年のための管弦楽入門」》(UCCD352)

 「指揮者の中には楽員のためよりも、聴衆のために指揮する人もある音楽では、決して音楽以外のものを聴いてはいけない。」これはマニュエル・ローザンタールの言葉である。ベイヌムは1945年、メンゲルベルクの後を継いでコンセルトヘボウの音楽監督権終身指揮者に任命されたが、このオーケストラはメンベルクの濃厚な「解釈」が音楽の全てを覆っていた事は誰でもが知っている事である。ベイヌムは音楽に「解釈」を必要としないという信念をもっていた。ブラームスの交響曲全集はどの指揮者で聴くよりも、ベイヌムの演奏は感情の表出が押さえられ、造型も整然としているのである。テンポは中庸。リズムは明確で歯切れが良い。あくどい感じや感情に溺れる所がないのだが、全体が大きくうねる一つの抑揚ともいうべき流動感に満ちているのがベイヌムのブラームスである。
 ベイヌムのマーラーはブラームスと同様な印象を受け、例えばマーラーの「第4交響曲」をワルターと聴き比べてみると面白い。ワルターはこの交響曲を美化し過ぎているような感じを受けるが、ベイヌムのそれは明快で瑞々しい抒情に溢れている。この曲に対する概念を一変させたといえるほどの名演。「大地の歌」も息づくような自然に歌う表現で、さらりと仕上げている。ベイヌムの清澄な音楽性にこそこの作品の正確にふさわしいとも考えられ、バーンスタインのそれとは全く逆である。
 フランス音楽にも定評のあったベイヌムだが、ラヴェルやドビュッシ_は、ベイヌムのゲルマン的な気質の上に、それを新しい現代の感情によって具体的に表現した一つの典型ともいえ、端正な中にも力強い生命力を燃やしており、特に「ラ・ヴァルス」と「海」が良い。ベイヌムの没後からおよそ47年が過ぎた。ベイヌムがカラヤンと同じ歳まで生きていたならば、更に巨匠的風格を増
したであろう。ベイヌムの評価はこれから始まるといっても良い。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「ライヴ・イン・ラマラ/バレンボイム指揮、ウエスト=イースタン・ディヴァン・オーケストラ」(ワーナーミュージック WPCS-11909)
 W-EDO は、バレンボイムが、民族や宗教の違い、中東の政治的分裂を超えて若い音楽家たちを結びつけようと、文学批評家E.W.サイードと共に設立。名称はゲーテの『西東詩集』に由来。ここに収められているのは、アンダルシア自治政府の経済的支援やスペイン政府の計らいで全関係者が外交官パスポートを得て実現したパレスチナ自治区のラマラにおける演奏会のライヴ(2005年8月)。曲はベートーヴェンの「運命交響曲」モーツァルトの「協奏交響曲K.Anh.9」エルガーの「エニグマ」より「ニムロッド」。自由と平和、偉大なる勇気、心開いて知ることの大切さを考えながら聴いてほしいCD。(横堀 朱美)

Classic ALBUM Review

「モーツァルト:交響曲第40番〈1〉、ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲〈2〉/ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団〈1〉、ユーディ・メニューイン(ヴァイオリン)〈2〉ルツェルン祝祭管弦楽団〈2〉」(アイヴィ〈ナクソス〉8.110996)
 1947-9年にかけてのフルトヴェングラーとヴァイオリンのメニューインの歴史的な録音。第二次世界大戦終了から戦後復興に手が着き始めた頃のもの。モーツァルトの第1楽章はぐいぐいと押して行く悲愴感に満ちており、コーダで諦めたように落ち着く。第2楽章はそのままのムード。第3楽章ではメヌエットとトリオの対比が見事、そして終楽章はそれほど速くないが素晴らしい構築美を見せている。ベートーヴェンでは31歳のメニューインが61歳のフルトヴェングラーと渡り合う風格溢れる見事な演奏を披露、60年を経た現在でもその色は褪せない。特に第1楽章は絶品。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review

「《オペラティック・ファンタジー》/東京佼成ウインド・オーケストラ 指揮:斎藤一郎」(佼成出版社/KOCD3024)
 東京佼成ウインド・オーケストラはプロの吹奏楽団だが、今回はオペラの序曲やセレクションを吹奏楽に編曲し、現代の感覚にあった曲として古典を甦らせ、すばらしい作品に仕上げていた。管楽器の奏者たちがみごとに歌いあげて、優雅で華麗に演奏されており、吹奏楽という従来のイメージをまったく覆すような出来栄えだった。中でも序曲「ローマン・カーニバル」、喜歌劇「こうもり」セレクションは秀逸だった。(斎藤 好司)

Classic ALBUM Review

「ロバート・クラフト・コレクション《シェーンベルク作品集第4集セレナード 管弦楽のための変奏曲 バッハ作品の管弦楽編曲集》ロバート・クラフト(指揮)」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557522)
 シェーンベルクといえば、12音技法を最初に取り入れた作曲家として有名だが、作風は後期ロマン派のそれであり、決して無機的ではない。構成は無駄がなく建築的。管弦楽のための変奏曲は、ブ_レーズ、メータ、ショルティー等の名盤があるが、クラフトは表情が細やかで、すっきりと快く,少しも作りごとの嫌みを感じさせない演奏であり、スケールも大きい。バッハ作品の管弦楽曲編曲は、シェーンベルクの編曲の巧みさを知る上で興味深い。シェーンベルク嫌いな人にも聴いてもらいたいアルバムである。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「シューベルト ピアノ・ソナタ第2番 ピアノ・ソナタ第3番《5つのピアノ曲》、ピアノ・ソナタ第6番/ゴットリープ・ヴァリッシュ(ピアノ)」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557639)
 ピアノ・リサイタルでシューベルトの後期のソナタを弾くピアニストは多いが、初期のソナタを取り上げる人は少ない。人気がなく評価があがらないのが初期のソナタである。しかし、初期のソナタもシューベルト特有の歌に満ちあふれ、抒情性も豊か。ウィーン生まれのピアニスト、ヴァリッシュは、端正に整えられた表現で、内側に清純な音楽性が流れている。アルバムの中では、シンプルな音の中に多彩な感情が見えかくれする第6番の演奏が印象に残る。シューベルトの初期のピアノ・ソナタを学習する人にとって格好の一枚。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「カバレフスキー ピアノ協奏曲第1番・2番/パン・インジュ(ピアノ)、ドミトリ・ヤブスキー指揮、ロシア・フィルハ_モニ_管弦楽団」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557683)
 カバレフスキーは芸術の大衆化を目指し、一貫して理解し易い音楽に取り組み、管弦楽曲では「道化師」が有名。ピアノ協奏曲を4曲残したカバレフスキーだが、第一番は1929年、第2番が1935年の作である。ラフマニノフとプロコフィエフのようでもあり、急楽章は快速艇のような趣があって、実にスピーディー。それに対して、第2楽章は表情豊かな音楽で、時には心地よい眠
りを誘いそうになる。カバレフスキーはショスタコヴィッチと同時代の作曲家だが、同じソ連に生きた作曲家の作品を聴き比べてみるのも面白い。(藤村 貴彦) 

Classic ALBUM Review

「アルゼンチンのギター音楽集第2集/ビクトル・ビリャダンゴス(ギター)」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557658)
 キューバ、ブラジルのギター音楽は知られているが,アルゼンチンのそれは我が国ではほとんど紹介されていないのが現状である。クラシック・ギターの世界は幅が広い。ボサノバ、フォルクローレ、タンゴ等のテイストが強いポピュラー音楽風の小品が次々と登場し、聴いていて飽きさせない。アルバムの中ではモスカルディーニのドニャカルメン(南米のワルツ)が良い。南米の香りが伝わってくるような音楽である。ビリャダンゴスのギターも精彩に富んでいて雰囲気豊か。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「タヴァナー:エルサレムのための悲歌/ジェレミ_・サマリー指揮、ロンドン合唱団・管弦楽団 他」 (アイヴィ〈ナクソス〉8.557826)
 タヴァナ_はイギリスの作曲家で新作が常に話題となり,エルサレムの悲歌は2003年に結成されたロンドン合唱団の「パレスティナ/イスラエル」プロジェクトにおける,共同作業的な作品。キリスト教,ユダヤ教,イスラム教のテキストを一緒に用い,世界の平和を希求してこの曲は作曲された。旋法とオスティナートの活用が目立ち,平明でわかりやすい。グレッキの「悲歌のシンフォニー」を彷佛させ,現代人の心を癒す。タヴァナ_の音楽は聴き手を神秘な世界に誘い,エキゾティックな音響も魅力的である。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「ショスタコヴィッチ:バラード《ステパン・ラ_ジンの処刑》バリトン独唱・混声合唱と管弦楽のための交響詩《十月革命》5つの断章」 (アイヴィ〈ナクソス〉8.557812)
  「ステパン・ラ_ジンの処刑」は交響曲第13番「バービー・ヤル」とほぼ同時代に書かれたものだけに交響曲の内的エネルギーの劣らない迫力。スターリン後のいわゆる雪どけ後の作品が収められたアルバムだが、人間の内面的苦悩を表現する傑作である。交響詩「10月革命」は、1967年の作であり、同じタイトルをもつ交響曲第2番「十月革命に捧げる」は1927年の作。40年の年月が過ぎ去ったショスタコヴィッチの作品を聴き比べてみるのも興味深い。ショスタコヴィッチが生きたソ連の政治体制とは一体なんであったのか?(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review

「プロコフィエフ:アレクサンドル・ネフスキー(メゾ・ソプラノ,合唱と管弦楽のためのカンタータ)、組曲《キージェ中尉》/カザドシュ指揮」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557725)
 アレクサンドル・ネフスキーは、エイゼンシティンが監督した映画のための音楽であり、金管の咆哮,オーケストラに楔を打ち込む打楽器の連打、豊かな合唱の響き等スケールが実に大きい。「キージェ中尉」もファインツィンメル監督の映画音楽。1933年祖国に復帰したプロコフィエフの映画音楽は、モダニズムが影を潜め明快で新鮮。カザドシュの指揮は、リズムや強弱の生かし方が見事である。ラドヴィア国立合唱団の力強さと表現の豊かさもこのCDの魅力。ライヴだけに熱気も伝わってくる。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「パヴロワ(1952〜):ヴァイオリンと弦楽オーケストラのためのモノローグ、組曲《オールド・ニューヨーク・ノスタルジア》(2002年改訂)、バレエ組曲《ラミレス》」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557674)
 パヴロワはロシア生まれニューヨーク在住の女流作曲家。作風はロマンティックで甘美な旋律は、まさにロシアの演歌であり、その音楽は哀愁が漂う。難解な現代音楽に真っ向から反対したパヴロワの作品は全てが美しく物悲しいのが特徴。アルバムの中では、ライト・ジャズの旋律を取り入れた「オールド・ニューヨーク・ノスタルジア」がトランペットのソロを使用し旋律、和声、リズム、楽器法にこの作曲家の独自性がよくでている。懐古ムード満点のパヴロワの音楽は今後多くの人に聴かれるだろう。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「バラダ(1933~)交響曲第5番《アメリカン》(世界初録音)、プラハ・シンフォニエッタ(世界初録音)、ディヴェルティメント集《パソドブレ風に》」(アイヴィ〈ナクソス〉8.557749)
 バラダはスペイン・カタルーニャ生まれの作曲家で、ナクソスからリリースされたディスクで世界的に注目される存在に。交響曲第5番、9・11同時テロの悲惨を扱った第1楽章、黒人霊歌風の歌謡的な第2楽章、第3楽章はウェスタン音楽に変貌する。暗から光へ、絶望から希望へと展開される音楽であり、どこか出口を求めて動くような激しいものを感じさせ、ポジティヴな力にみなぎった作品。プラハ・シンフォニエッタは、弦楽器の特殊奏法の中に、モーツァルトの楽曲に似たメロディーが入り込む。多彩な音色感ともども、一つの雰囲気を醸成している。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「ハリス(1898〜1979):交響曲第3番、交響曲第4番「民謡交響曲」(管弦楽と混声合唱のための)」(アイヴィ〈ナクソス〉8.559227)
 ハリスはカリフォルニア大学バークレー校で学んだ後、パリに留学。中世旋法を用いた独特なアメリカ的作風を確立し、歌劇以外のあらゆる分野の作品を残した。交響曲第3番は単一楽章で4部から成り、ニューヨーク都会派の音楽。それに対して交響曲第4番は、まさに西部劇の音楽であり、ジョン・ウェインが出演した騎兵隊の「黄色いリボン」が使用され、実に楽しい。「ウェスタン・カウボーイ」と「ネグロ・ファンタジー」と題された楽章は、まさにアメリカ民謡である。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「エル=コーリー(1957〜):管弦楽のためのダンス《鷹のダンス》、交響的映像《地上の神々》、交響的組曲《夜と愚者》、管弦楽のためのレクイエム、他」(アイヴィ〈ナクソス〉8・557691)
 エル=コーリ_はレバノンのベイルートに生まれ、パリに移住して活躍中の作曲家。レバノンはイスラエルとパレスチナとの戦闘地域でもあり、戦火がたえない。コーリ_は戦争の悲惨さを自からの目で見て来たのであろう。神と人間の関係の精神的なテーマを有し、特に管弦楽のためのレクイエムや交響詩第1番(レバノン炎上)等は、聴くものを沈んだ気分に誘い込む。内容が深く、個性豊かな感性に支えられた作品である。弦楽器の静謐な祈りに似た楽想は美しい。名指揮者ピエール・デルボーの演奏だけあって、最高の効果が発揮されておると思う。(藤村 貴彦)

Classic ALBUM Review


「青木十良/バッハ:無伴奏チェロ組曲第5番+「鳥の歌」」(N&F NF20302)
 90歳の日本のチェリスト、青木十良が何とバッハの無伴奏組曲第5番のレコーディングにチャレンジした。先ずチャレンジしたことに驚き、そしてその出来栄えに完全脱帽である。90歳での商業レコーディングは世界中で今まで実際にあったのだろうか、万一あったとしても希有の出来事でこれほど見事に弾いた例は筆者も知らない。「青木十良」の名前は年配の音楽ファンなら知っているだろうが、このCDをなにも知らずに聴いたら、まさか90歳の音とはどう考えても信じられない。多分無念無想の境地に入り込んでの音であろう。余白に入っているカザルスの「鳥の歌」はまさにカザルス本人が乗り移っているかのようだ。 (廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「ワーグナー:歌劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》全曲/ハンス・クナッパーツブッシュ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、パウル・シェフラー(バス・バリトン)、ヒルデ・ギューデン(ソプラノ)、ウィーン国立歌劇場合唱団、他」(アイヴィ〈ナクソス〉8.111128〜31)
 1950-51の共に9月、ウィーンのムジークフェラインで収録。クナッパーツブッシュが得意としていた「マイスタージンガー」での3種類ある録音(ヤ52バイロイト、ユ55ミュンヘン)の中ではこれが最初のものである。当時はLPの初期でSPに較べ1枚当たりの収録時間が飛躍的に伸びたため、アメリカやヨーロッパのレコード会社はこぞってオペラの録音へと進出し始めた頃である。このウィーン盤のキャストは素晴らしく、ハンス・ザックスを歌っているパウル・シェフラーは当時ワーグナーの第一人者でその力強い歌唱力は絶品であった。その他エヴァ役ヒルデ・ギューデンの美声、ベックメッサー役カール・デンヒの幅のあるバス・バリトン、ポーグナー役でザックス役も超一流のオットー・エーデルマンの深みのある声、そしてダヴィッド役アントン・デルモータの張りのあるテノール等、当時の「名歌手」たちがクナの絶妙な棒のもと、ウィーン・フィルをバックに競い合った聴き応え十分の歴史的遺産である。(廣兼 正明)

Classic ALBUM Review


「エリザべ_ト・シューマンの歌曲録音集(1930〜1938)エリザべート・シューマン(ソプラノ)他」(アイヴィ〈ナクソス〉8.111099)
 ウィーンのオペラ界に20年も君臨したシューマンは、反面ドイツ歌曲の最高の歌い手の一人として仰がれた。シューマンはドイツ風に練られた明澄な美声で、言葉が明晰なのが特徴。メンデルスゾーン、シューマン、ブラームスは、彼女の芸術を語る際に欠かせないものである。弱音の使用は卓抜で、それを巧妙に用い,聴くものに訴えかける。「歌の翼」や「子守り歌」は、十分に気持ちを載せて柔らかく歌い上げられ、出色の出来ばえ。SPでは未発売だった音源(4トラック)を含む一枚である。(藤村 貴彦)

Classic DVD Review


「ヴェルディ:歌劇《椿姫》全曲/ノラ・アンセレム(ソプラノ)、ホセ・ブロス(テナー)、レナート・ブルゾン(バリトン)他、ヘスス・ロペス・コボス指揮、王立劇場管弦楽団&合唱団(マドリッド交響楽団&合唱団)、演出:ピエル・ルイージ・ピッツィ(装置、衣装とも)」(アイヴィ〈オーパス・アルテ〉OA0934D)
 マドリッド王立劇場公演2005年3月22、26日収録のDVD。このところ人気急上昇のフランスのプリマ、ノラ・アンセレムの最も得意とするヴィオレッタは、このDVDでも案の定極めつけの出来栄えを示している。ドラマティックな部分もさることながら、彼女が得意とするアリアに於ける最弱音での長いパッセージがこのオペラに対しても独特の効果をもたらせている。加えてアルフレードのホセ・ブロスの声の素晴らしさ、父親ジェルモン役、レナート・ブルゾンのベテランの渋さがスパイスの役割を果たしている。そしてセット、衣装までも担当したルイージ・ピッツィの凝った演出がこの「椿姫」の価値を一段と高いレベルに引き上げている。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review
「バーバラ・ヘンドリックス・モーツァルトの夕べ」(5月19日 フェスティバルホール)
 舞台姿にどこか気品があり、大歌手の風格が漂っている。聴衆の歓声には手を振ってにこやかに応え、持ち前の魅力を惜しみなくふりまく。バーバラ・ヘンドリックスは今なお健在で、6年ぶりに日本公演が開かれた。私は大阪で聴いたが、大ホール(2300人収容)にもかかわらず、歌声は客席の隅々にまで明瞭に届いた。たゆまざる訓練の賜物であろう。米国出身では今や最右翼のポストを手に入れた。
モーツァルト作品だけをそろえた中で、最後に歌った「哀れなわたし、ここはどこなの」が出色の出来栄えであった。レチタティーボとアリアを織り交ぜながら低音域から高音域への移行は滑らかで、劇的な感情表現も抜群の冴えをみせた。歌劇「イドメネオ」のアリア「父を失ったとしても」には切々とした哀感がにじみ出て、ソプラノの本領を遺憾なく発揮した。発声には時折艶がかかり、底光りする。
川本統脩の指揮する大阪センチュリー交響楽団のサポートは、やや平凡に終わった。ヘンドリックスの豊かな声量に押され気味で、もう少し感情を吐露していいだろう。交響曲第40番はそつなく仕上げたものの、楽想に潜む沈鬱な世界への切り込みが少し甘かった。(椨 泰幸〉

Classic CONCERT Review
「関西二期会オペラ《ノルマ》」(5月27日 アルカイックホール〈尼崎市〉)
 美声が会場をひと呑みするベルカント唱法は、<オペラの華>である。今や「演出の時代」とはいえ、オペラは歌声を抜きにしては語れない。歌が下手ではいくら傑作オペラでも台無しである。聴衆とは残酷なもので、ソプラノやテノールに人間離れしたノドを要求し、見事に決まればブラボーの嵐で迎えるが、ちょっと外れるとそっぽを向く。名場面を迎えると、主役たちの聴かせる美音を今か今かと胸をときめかしながら待ち受ける。これもベルカント・オペラの楽しみであろう。
ベッリーニ「ノルマ」はドニゼッティ「ルチア」と並んで、ベルカント・オペラの双璧である。ここではソプラノが重責を担い、プリマドンナ・オペラといわれる所以である。高名な歌手は当然のこと、実力をあまり知られていない人が抜擢されて、見事に大役を果たした時でも、会場はわきかえる。関西二期会の公演(5月27日)を聴いて、そのことを実感した。
斉藤言子は難役のノルマに果敢に挑戦し、期待以上の成果を収めて、関西でも屈指のベルカント組にリストアップされた。海外はもちろん国内でもこの組は人材がひしめいている。気を緩めないでさらに磨きをかけてほしい。宗教の儀式を統べる女司祭長としての品格を備えるとともに、愛に破滅して千々に心の乱れる女を演じて、タイトル・ロールの名に恥じないものがある。数々のアリアの中でも「清らかな女神よ」はよくコントロールされて、秀逸であった。
ノルマの愛人でローマ総督ポリオーネ役の二塚直紀も好演した。若い巫女アルダジーザへ愛が傾いてノルマと争う3重唱の場面では、よく通るテノールで存在感を発揮した。さらに場数を踏んでいけば、大成することであろう。ローマの圧制に反抗して結束するトルイドの人々の合唱もよく訓練されていた。松本重孝の演出は手堅く、舞台も全般に沈んだ色調で統一して、愛の破局と永遠性を巧みに象徴した。これがベルカントの良さを効果的に引き出し、主役たちの熱演につながった。(椨 泰幸〉

Classic CONCERT Review

写真:大澤 正
「バンベルク交響楽団」(5月28日 京都コンサートホール)
 ドイツでは小さな都市といえども、恐ろしいほど音楽の実力を備えている。バンベルク響もその一つで、世界のメジャー・オーケストラに拮抗して、一歩も引かない気構えである。まさに音楽大国ドイツの面目躍如たるものがある。目下欧州で人気上昇中の指揮者ジョナサン・ノットに率いられてやってきた。英国人とはいえドイツ音楽との相性はかなりいいのであろう。厚みのある響きを苦もなく引き出して見事に調理する。指揮者のことをシェフともいうが、言い得て妙である。バンベルクの首席を務めて6年になり、オーケストラとの呼吸もぴったり。
ロマン派音楽の粋ともいえるマーラーの「交響曲第5番」を演奏した。マーラーの人生観を投影したような曲で、東洋的な諦念が語られて、西洋的な耽美の世界と交錯する。第1楽章の葬送行進曲では幽明境をさまよい、オーケストラの足取りも重たい。第2楽章では一転して強烈なトウッティによって現世の混迷が暗示される。起伏に富んだ旋律の余韻が、ハイライトの第4楽章アダージェットへ巧みに反映されて、物憂い世界へ誘った。ノットは楽曲の隅々までよく読み込んで、奥行きの深い描写に成功した。
若手のホープ庄司沙矢香を迎えて、プロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲第2番」を演奏した。庄司には思い切りのよさがあり、きびきびしたところが身上である。的確なテクニックに裏打ちされて、フィナーレの後までも爽快な印象を残す。プロコフィエフの第3楽章でそのことがはっきり表れて、コーダへ向けてひたむきに突き進む響きには熱気がこもり、曲想を余すところなく伝えていた。一方、繊細にうたいあげるパートでは、ボーイングはもちろん全身の動きもゆったりして、詩情を漂わせる。名器ストラディヴァリウス<ヨアヒム>から生まれる旋律は自在である。(椨 泰幸)

Classic CONCERT Review

写真:森口 ルミ
「ロシア交響楽団《ジーズニ》」(日本初演 5月30日 フェスティバルホール)
 チャイコフスキーは第5交響曲(1888)を完成した後に、次の交響曲をつくる構想を練っていた。しかし、なぜか仕上げることを断念して、第6番悲愴に取り掛かり、1893年に初演した後間もなく死去した。この幻に終わった交響曲は第1楽章(変ホ長調)のみ完成して、後にピアノ協奏曲第3番に転用された。チャイコフスキーはこの他にピアノと管弦楽のために「アンダンテとフィナーレ」を残した。
チャイコフスキーの考えをもとに、これらの楽曲を交響曲に編曲する試みも、これまで行われたが、ロシアの現代作曲家ピヨートル・クリモフ(1970年生まれ)は、研究者たちと協力して新しく「ジーズニ」(ロシア語で人生の意味)として発表した。交響曲「シーズニ」は上記の楽曲の構成に従い、変ホ長調、3楽章制をとっている。
チャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団は1996年に設立された。西本智実は2004年から芸術監督兼首席指揮者に就任し、今年5月にロシアで「ジーズニ」を同交響楽団とともに世界初演したのに続いて大阪で日本初演の運びとなった。
「ジーズニ」の第1楽章アレグロは、明るく軽妙な第1主題が呈示され、第2主題は哀愁を帯びている。時にユーモラスな旋律が流れ、金管は力強い。第2楽章アンダンテは詩情豊かにうたわれ、弦楽器と管楽器の対話も優美である。第3楽章フィナーレは一転して冒頭の活気が戻り、マーチ風に展開し、打楽器の一打で瞬間に暗い表情をたたえるが、すぐに立ち直ってコーダはダイナミックに締めくくる。全曲にはチャイコフスキー的な感傷と爆発するエネルギーが横溢して、人生を肯定的に受け止めているようだ。この交響曲が全作品の中でどのような位置を占めるのか、さらなる研究を待ちたいが、交響曲第5番と第6番を結ぶ「架け橋」として、大作曲家の創造の秘密を探る手掛かりになるだろう。
西本は初演を任されて溌剌とした気分がうかがえた。チャイコフスキー音楽のエッセンスを凝縮したようなこの「未完の交響楽」に対する西本の思い入れが、タクトの支えになり、楽曲に清新な生命を与えていた。この曲に先立って、第5番が演奏された。チャイコフスキーのあふれ出るような感情の量感を巧みに掬い上げていたと思う。(椨 泰幸)

Classic CONCERT Review

「ウィーン・ヴォーカル=インストゥルメンタル・ゾリステン」(6月6日 紀尾井ホール)
 ウィーン・フィルのメンバーが作っているグループには色々な種類のものがある。元ウィーン・フィル第1ヴァイオリン首席だったペーター・ゲッツェルがウィーン・フィルの弦4人とピアノ、ソプラノ、メゾ・ソプラノの計8人から成る異色のアンサンブルを組織して来日、前半のモーツァルトを始め、メリー・ウィドウ等の誰もが知っている曲をこのメンバー用にアレンジして演奏、ウィーン訛りのリズムで聴衆にウィーンの香りを満喫させた。(廣兼 正明)

Classic CONCERT Review

写真:三浦 興一
「ボローニャ歌劇場来日公演 ドニゼッティ:《連隊の娘》」(6月9日 文化村オーチャードホール)
 数あるイタリアの劇場のなかでも、スカラ座に次ぐ実力を誇ると言われるボローニャ歌劇場。今回の来日公演3演目のうち一番人気となったのは、これが日本で初の本格的舞台上演となったドニゼッティ《連隊の娘》。聴衆の目当ては、世界最高のベルカント・テノール、ファン・ディエゴ・フローレスだった。
 そのフローレスは、期待通りの完璧な歌唱。一声で彼と分かる、繊細だが芯の通った輝かしい声は圧倒的、テクニックも万全で、まったく危なげがない。凄い歌手である。ベテランのプラティコら他の歌手も総じて良く、音楽の息遣いを飲み込んだカンパネッラの指揮、ウイットに富んだサージの演出と相まって、思い切り楽しめる舞台に仕上がっていた。(加藤 浩子)

Classic INFORMATION

大阪いずみホール/ザ・フェニックスホール連携「武満徹作品」9月に公演
 大阪のいずみホール(06−6944−1188)とザ・フェニックスホール(06−6363−7999)は連携してコンサートを共同で実施する。ホール間の連携公演は他に例がないという。本年度は没後10年を迎えた作曲家武満徹の作品を取り上げ、9月に公演を4回行う。
住友生命の開設したいずみホールは、レジデントオーケストラとしていずみシンフォニエッタ大阪を2000年に設立し、作曲家西村朗氏を音楽監督に迎えて、現代音楽の演奏に力を入れている。一方、ニッセイ同和損害保険によって設立されたザ・フェニックスホールは、大阪大学助教授の伊東信宏氏が担当してレクチャー・コンサートを行ってきた。両氏の企画をもとにホール間の連携による武満作品のコンサートが実現した。日程は次の通り。
9月2日午後6時30分 いずみホール 東京混声合唱団 武満並びに彼の影響を受けた作曲家の作品▽13日午後7時ザ・フェニックスホール 作曲家猿谷紀郎が武満を語る いずみシンフォニエッタ大阪・アンサンブルなど出演、ヴェーベルンの作品も演奏▽14日午後7時 いずみホール ピーター・ゼルキン(ピアニスト)が武満とバッハの作品を演奏▽23日午後4時 いずみホール いずみシンフォニエッタ大阪定期演奏会 飯森範親の指揮で「3つの映画音楽」の他に伊左治直との共同作品などを演奏、西村、伊東両氏によるトークも行われる。4公演セット券14,000円。(T)

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「大阪フィルハーモニー交響楽団《3大交響曲の夕べ》」(8月20日 フェスティバルホール)
 大阪フィルハーモニー交響楽団では「3大交響曲の夕べ」を8月20日午後5時からフェスティバルホール(06−6231−2221)で開く。曲目はシューベルト「第8番未完成」、ベートーヴェン「第5番運命」、ドヴォルザーク「第9番新世界より」で、大作曲家のつくった名曲をそろえて一挙に演奏し、夏休み中の青少年や新しいファン層の開拓を狙っている。指揮は小林研一郎。料金は3,000〜7,000円。(T)

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サイトウ・キネン・フェスティバル松本市で8月17〜9月12日開催
 サイトウ・キネン・フェスティバル松本が8月17日から9月12日まで松本市で開催される。病の癒えた小沢征爾が舞台に復帰し、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」を指揮する。フィレンツェ歌劇場との共同制作で、演出に奇才ジャン・カルマンを起用し、ジョセフ・ヴァン・ダム(バリトン)らが出演する。また小沢などの指揮でサイトウ・キネン・オーケストラが出演、室内楽も開かれる。主な日程と会場は次の通り。お問い合わせは同フェスティバル実行委員会(0263−39−0001)へ。
 <サイトウ・キネン・オーケストラ>8月20日午後3時、ザ・ハーモニーホール、ロバート・マン指揮、モーツァルト「交響曲第35番ハフナー」など▽9月1日午後7時、松本文化会館、アラン・ギルバート指揮、マーラー「交響曲第5番」など▽9月9、11、12日各午後7時、同会館、小沢征爾指揮、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番皇帝」(ピアノ内田光子)など。
<室内楽>8月17日午後7時、ザ・ハーモニーホール、ロバート・マンら4人によるバルトーク弦楽四重奏曲第6番など▽8月31日午後7時、同ホール、ヴァン・ダム バリトン・リサイタル シューベルト「冬の旅」▽9月7日午後7時、市民芸術館、内田光子ピアノ・リサイタル、モーツァルト「ピアノ・ソナタ第15番」など。
<メンデルスゾーン オラトリオ「エリア」>8月27日午後3時、28日、9月2日各午後6時30分、9月3日午後3時、市民芸術館、小沢征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ、東京オペラシンガーズ、歌手のヴァン・ダム、ナタリー・シュトゥッツマンらが出演。(T)
〈写真:サイトウ・キネン・フェスティバル松本実行委員会、撮影:ほそがや博信〉

Audio WHAT'S NEW
  
「デノン DVD-3930」(¥210,000/税込み)
(デノンコンシューマーマーケティング http://www.denon.co.jp/
 ≪DVDプレーヤー最終章≫と銘打って登場した高級ユニバーサルプレーヤーである。姉妹機DVD-2930とともにハイビジョン画質に迫る1080p HDMI出力を装備するなど、基本性能と充実した装備の 両面で、同社のフラグシップDVD-A1XVAに肉薄した。DVD-3920はCDなどPCM信号の音質改善を実現する「Advanced AL24 Processing」を搭載しており、空間表現や微小信号の再現にも際立った能力を発揮する。(山之内 正)

Audio ALBUM Review

「ジャン・フルネ ラストコンサート ベルリオーズ 序曲『ローマの謝肉祭』 モーツァルト ピアノ協奏曲第24番、ブラームス 交響曲第2番/ジャン・フルネ指揮、伊藤恵(ピアノ)、東京都交響楽団」 (フォンテック FOCD 9270/2)
(フルネが指揮活動に終止符を打った昨年12月の都響定期公演の記録である。12月20日に行われたサントリーホールのライヴを2枚のハイブリッドSACDに収録し、翌日の東京文化会館の公演をDVDに映像とPCM音声で収録した全3枚組の豪華な仕様で発売。プログラムは共通だが、マルチチャンネルSACDでは臨場感豊かな録音を堪能し、DVDでは会場を包む熱気を映像と追体験することができる。広がりと厚みが両立した優秀録音。(山之内 正)