ミュージック・ペンクラブ・ジャパン
ミュージック・ペンクラブ・ジャパン

エッセイ 2018年5月号

ブロードウェイの「メリー・ポピンズ」

本田悦久(川上博)

メリー・ポピンズ 「メリー・ポピンズ」と言えば、まず思い浮かべるのは、楽し気に傘を拡げて空を飛ぶナニー (子守) の姿ではないだろうか。そもそも、P.L.トラバース原作ファンタジーを大好きな娘のダイアンの為に、ディズニーが「パパが映画を作ってあげる」と約束したことに端を発している。とはいえ、簡単には映画化の許可がとれず、難航した。それまで、ディズニーはアニメーション映画しか作っていなかったし、トラバースは、大のアニメーション嫌いだったというから・・・・・。しかしディズニーは諦めず、20年かけて、漸く交渉が成立したという話が残っている。ディズニー映画の音楽を作ってきたシャーマン兄弟の名曲の数々が、トラバースの心を動かすのに力があったのは紛れもない事実といえる。
 1964年に公開された実写映画は、ジュリー・アンドリュースとディック・バンダイクを主役にアニメーションとのコラボレーションで、ファンタジーの世界を、見事に描き出していた。「SUPERCALIFRAGILISTICEXPIALIDOCIOUS」(スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス)、「A SPOONFUL OF SUGAR」(お砂糖ひとさじで) 等で、美しい歌声を響かせるジュリー・アンドリュースは、舞台ミュージカルを離れて、これが映画初出演で、見事にアカデミー・主演女優賞に輝いている。「STEP IN TIME」(ステップ・イン・タイム)「CHIM CHIM CHER-EE」(チム・チム・チェリー) 等を歌い踊るディック・バンダイクの活躍もも見逃せない。この映画は、アカデミー作品賞、作曲賞、主演女優賞など5部門に輝く実写映画としてのディズニーの金字塔といえる。
 世界中で大成功を収めたメリー・ポピンズの映画が、舞台化されたのは、ずっと後の2004年9月の英国プリンス・エドワード劇場だった。作詞・作曲は、映画同様、リチャード・シャーマンとロバート・シャーマンの兄弟の珠玉の楽曲が使われた。あの映画のファンタジー感が舞台ではどうなるのか、気になっていたが、2007年10月20日、筆者はニューヨーク・ブロードウェイのニュー・アムステル劇場で念願の舞台を観る機会に恵まれた。
 舞台は20世紀初めのロンドン。イギリスでは、19世紀後半から20世紀前半まで、ナニー(子守)を置くのが一般的だった。ご多分にもれず、ジョージ・バンクス氏 (ダニエル・ジェンキンス) とウィニフレッド・バンクス (レベッカ・ルーカー) 夫婦の一家も、ナニーを雇っているのだが、腕白な子供たちに手を焼いて、次々と止めていってしまう。そんな一家に空から舞い降りてきたナニーのメリー・ポピンズ (アシュレイ・ブラウン) は、不思議なパワーで、子供たちをすっかり虜にしてしまう。仕事一筋だったバンクス氏も、いつの間にかナニーの影響で家族の大切さに目覚めていく。
 この舞台の成功は、何と言っても、メリー・ポピンズ役のアシュレイ・ブラウンと、彼女の友人の煙突掃除人役のゲイビン・リーの二人の、溌溂とした演技による所が大きい。又、子供たちが、メリー・ポピンズ に連れられて出かけた公園で、バートの絵に飛び込むシーンは、夢のようなカラフルな衣装をつけた出演者たちが、賑やかに歌い踊り、非現実多的な雰囲気を盛り上げ、客席を巻き込んでいく。勿論、メリー・ポピンズの晴れやかなフライング(写真参照)も見逃せない。
  出演者全員のパワー溢れる舞台と、珠玉の楽曲の数々が心に残る、楽しい一日だった。(2007年10月20日記)

ミュージカル「メリー・ポピンズ」日本初演

本田浩子

最高のホリデイ 1964年に制作されたディズニー映画「メリー・ポピンズ」は、実写とアニメーションが合成されたファンタジー・ミュージカルとして、世界中を魅了した。P.L.トラバースの原作を元に制作されたこの映画は、アカデミー・主演女優賞に輝いたジュリー・アンドリュースと多才なディック・バン・ダイクの活躍と、リチャード・M・シャーマン、ロバート・B・シャーマン兄弟の作詞・作曲の楽曲の素晴らしさが、いまだに心に残る、家族で楽しめる作品だった。2004年にはロンドンで、2006年にはブロードウェイでステージ・ミュージカルとして登場して、再び大きな話題を呼んだ。今回、東急シアターオーブで日本初演版がオープン、3月26日に観劇の幸運に恵まれた。
 ロンドンの桜並木通りのバンクス家の主のミスター・バンクス(山路和弘と駒田一のタブル・キャスト、この日は山路和弘)は、厳格で中々気難しい。やんちゃな子供たちジェーン(4人の交互出演、この日は岡菜々子)と、マイケル(4人の交互出演、この日は竹内彰良)に手を焼いて、子守(家庭教師)たちは次々と止めていってしまう。そんな状態に手を焼いたミスター・バンクスは、時間に正確で厳しくしつけてくれる人を探そうと、自ら面接すると言い出す。慌てた子供たちは、優しくて、ゲームをたくさん知っているきれいな人が欲しいと手紙を書いてくる「♪完璧な子守」。そんな願いをミスター・バンクスが承知する筈もなく、手紙は破られ、暖炉に捨てられてしまう。
 ところが、どこから現れたのか、リビングには傘を持った女性(平原綾香/濱田めぐみ)が立っていて、お探しの子守のメリー・ポピンズですと、自己紹介。子供たちは自分たちの希望通りの子守に大喜びするが、ミスター・バンクスは戸惑いを隠さない。
 不思議な登場に合わせるように、ポピンズのカバンからは、入る筈のない長ーい洋服掛けや大きな電気スタンドが出てきて、子供たちを驚かせる。ポピンズと散歩に出た子供たちは、ポピンズの友達の煙突掃除人のバート(大貫勇輔/柿澤勇人)に出会う。子供たちはポピンズと共に、バートの描いた絵の中にとびこんでしまい、まさに不思議な楽しい夢の体験をする。「♪最高のホリデイ」の歌と踊りが弾む。勿論、ミスター・バンクスは子供たちの素敵な体験話を作り話と素っ気ない。
 子供たちはもうポピンズに夢中、その上「♪スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」という不思議な言葉を教わり、大喜び。バンクス家は、楽しさと喜びに溢れてきて、今までは、気難しい夫のご機嫌を損ねないようにビクビクしていた妻のミセス・バンクス(三森千愛/木村花代)もすっかり明るくなっていく。
 ポピンズが子供たちを連れて、ミスター・バンクスの勤め先の銀行に行く途中、ハトの餌を売っているバードウーマン(島田歌穂/鈴木ほのか)に出会う。ここまでの陽気で楽しい歌と踊りと違い、バードウーマンは「♪鳥に餌を」を、しっとりと歌い上げる。一方、バートと仲間の煙突掃除人たちは屋根の上で「♪ステップ・イン・タイム」と陽気に歌い踊る。真面目一方で仕事一筋のミスター・バンクスは、仕事で失敗し、職を失いかけてしまい、初めて家族の大切さに気付く。
 幸せを取り戻した家族を見届けると、ポピンズはトレードマークの傘を広げて舞い上がっていく。「♪チム・チム・チェリー」「♪お砂糖ひとさじで」「♪凧を揚げよう」他、聞き覚えのある、たくさんの楽しい歌と踊りを繰り広げるこの「メリー・ポピンズ」は、5月7日迄、東急シアターオーブで、続いて梅田芸術劇場で6月5日迄上演している。メリー・ポピンズと子供たちに会いに出かけてみましょう!!!

舞台写真提供: 東宝演劇部

帝劇ミュージカル「1789~バスティーユの恋人たち」再演

本田浩子

 4月11日、フレンチ・ロック・ミュージカル「1789-バスティーユの恋人たち」の再演を観に帝劇に行く。宝塚の「ベルバラ」、そして「レ・ミゼラブル」がフランス革命の代表的ミュージカルといえるが、農民出の青年を主人公にしたこの大作ミュージカルは、一味違う魅力を持っている。ドーヴ・アティアとフランソワ・シュクェの脚本に、ロッド・ヤノワ、ウィリアム・ルソー、ジャン・ピエール・ピロ等、総勢12人の作曲家がミュージカル・ナンバーを作曲、ドーヴ・アティア、ヴィンセント・バギュアン、フランソワ・シュークェの3人の作詞家が詩をつけ、2012年10月に、パリで初演、好評を博し、スイス、ベルギーでもツアー公演を実現させている。
 今回の舞台は、宝塚版、2016年の帝劇での初演同様、潤色・演出は小池修一郎、5月12日まで帝劇での上演で、続いて、6月2日から新歌舞伎座での大阪公演が待っている。
 幕が開くと、そこはフランス、マリー・アントワネット王妃 (凰稀かなめ/龍真咲) をはじめ、貴族たちの贅沢三昧な生活のしわ寄せを受けて、人々の不満は限界に達していた。税金取り立ては厳しく、支払えない農民に、ロベール伯爵 (岡幸二郎) は、土地没収を言い渡す。そんな無謀に抗議をしたロナン (小池徹平/加藤和樹) は、ロベール伯爵の怒りを買い、伯爵の命で銃が放たれる。しかし、犠牲になったのは、息子をかばったロナンの父 ・・・激しい怒りと無念さを胸に、いつか土地を取り戻そうと、ロナンはパリをめざす。
 パリに出てはきたものの、仕事もなく途方に暮れるロナンは、革命を起こそうとしている代議士のロベスピエール (三浦涼介)、弁護士のデムーラン(渡辺大輔)、ダントン (上原理生) と出会う。無学のロナンと違いインテリの彼らだが、彼らの「自由と平等」をという思想に共鳴して、仲間に入る。ロナンを追って妹のソレーヌ(ソニン)もパリにやってくる。
 ひょんなことから、王妃とスウェーデ貴族のフェルゼン (広瀬友祐) の密会現場を目撃してしまったロナンは、後をつけてきた秘密警察(坂元健児他)の兵士たちから、王妃を庇う侍女オランプ (神田沙也加/夢咲ねね) にひと目惚れしてしまう。農民出のロナンと、彼を憎からず思うオランプとの身分違いの恋がみのる日が来るのだろうか。
 貴族たちへの不満は日増しに募っていき、ロベスピエール、デムーラン、ダントンそしてロナンは、民衆を味方に革命の先頭に立つ。民衆の不満を叩きつけるような歌とダンスは、2016年版同様、劇場に響き渡り観客を否応なく革命の嵐に引きずり込む。一方、王妃とフェルゼン、ロナンとオランプの二組の恋人たちが歌う場面は、ロマンティックなだけに、その甘さが悲しい別れを暗示する。
 マリー・アントワネット王妃とフェルゼンは勿論のこと、ロベスピエール、デムーラン、ダントンら革命家はじめ、実在した人物が多く登場する舞台は、骨太なリアリティを増している。「革命の兄弟」「全てを賭けて」「この愛の先に」「悲しみの報い」など、馴染みやすく心に残る楽曲の数々とダンスナンバー、そして何より出演者全員の初演時に勝るとも劣らない熱気が、観客を改めて1789年の激動の嵐に巻き込んでいく。

写真提供: 東宝演劇部