ブロードウェイの「メリー・ポピンズ」
本田悦久(川上博)
「メリー・ポピンズ」と言えば、まず思い浮かべるのは、楽し気に傘を拡げて空を飛ぶナニー (子守) の姿ではないだろうか。そもそも、P.L.トラバース原作ファンタジーを大好きな娘のダイアンの為に、ディズニーが「パパが映画を作ってあげる」と約束したことに端を発している。とはいえ、簡単には映画化の許可がとれず、難航した。それまで、ディズニーはアニメーション映画しか作っていなかったし、トラバースは、大のアニメーション嫌いだったというから・・・・・。しかしディズニーは諦めず、20年かけて、漸く交渉が成立したという話が残っている。ディズニー映画の音楽を作ってきたシャーマン兄弟の名曲の数々が、トラバースの心を動かすのに力があったのは紛れもない事実といえる。
1964年に公開された実写映画は、ジュリー・アンドリュースとディック・バンダイクを主役にアニメーションとのコラボレーションで、ファンタジーの世界を、見事に描き出していた。「SUPERCALIFRAGILISTICEXPIALIDOCIOUS」(スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス)、「A SPOONFUL OF SUGAR」(お砂糖ひとさじで) 等で、美しい歌声を響かせるジュリー・アンドリュースは、舞台ミュージカルを離れて、これが映画初出演で、見事にアカデミー・主演女優賞に輝いている。「STEP IN TIME」(ステップ・イン・タイム)「CHIM CHIM CHER-EE」(チム・チム・チェリー) 等を歌い踊るディック・バンダイクの活躍もも見逃せない。この映画は、アカデミー作品賞、作曲賞、主演女優賞など5部門に輝く実写映画としてのディズニーの金字塔といえる。
世界中で大成功を収めたメリー・ポピンズの映画が、舞台化されたのは、ずっと後の2004年9月の英国プリンス・エドワード劇場だった。作詞・作曲は、映画同様、リチャード・シャーマンとロバート・シャーマンの兄弟の珠玉の楽曲が使われた。あの映画のファンタジー感が舞台ではどうなるのか、気になっていたが、2007年10月20日、筆者はニューヨーク・ブロードウェイのニュー・アムステル劇場で念願の舞台を観る機会に恵まれた。
舞台は20世紀初めのロンドン。イギリスでは、19世紀後半から20世紀前半まで、ナニー(子守)を置くのが一般的だった。ご多分にもれず、ジョージ・バンクス氏 (ダニエル・ジェンキンス) とウィニフレッド・バンクス (レベッカ・ルーカー) 夫婦の一家も、ナニーを雇っているのだが、腕白な子供たちに手を焼いて、次々と止めていってしまう。そんな一家に空から舞い降りてきたナニーのメリー・ポピンズ (アシュレイ・ブラウン) は、不思議なパワーで、子供たちをすっかり虜にしてしまう。仕事一筋だったバンクス氏も、いつの間にかナニーの影響で家族の大切さに目覚めていく。
この舞台の成功は、何と言っても、メリー・ポピンズ役のアシュレイ・ブラウンと、彼女の友人の煙突掃除人役のゲイビン・リーの二人の、溌溂とした演技による所が大きい。又、子供たちが、メリー・ポピンズ に連れられて出かけた公園で、バートの絵に飛び込むシーンは、夢のようなカラフルな衣装をつけた出演者たちが、賑やかに歌い踊り、非現実多的な雰囲気を盛り上げ、客席を巻き込んでいく。勿論、メリー・ポピンズの晴れやかなフライング(写真参照)も見逃せない。
出演者全員のパワー溢れる舞台と、珠玉の楽曲の数々が心に残る、楽しい一日だった。(2007年10月20日記)